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星に願いを、異世界に拳を  作者: シンゲン
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突き立つナイフ

町はにわかに騒がしくなっていたが、奴隷の身には関係ない。……いつも通りに夜は来て……、いつも通りに躾の時間はやってくる。フタバは憂鬱な気持ちで地下に連れられ、今日も今日とて鉄格子の内側に押し込められた。


だが、いつもと違う所が一点ある。何故だかイチも一緒に鉄格子の中に入れられたのだ。躾はいつもなら順番に行われるが一体どういう事かとフタバが思っていると、またも不可解な事にアレオロがネイクを退出させた。そして、懐から何かを取り出す。それは……リンゴだった。


「……そのまま……かじっても良いが。リンゴというのは切った方が食べやすい」


そう言って、牢の中へ投げ入れる。リンゴが石の床に転がるが、困惑するフタバは手に取ることもしない。アレオロが何をしたいのかさっぱり分からないし、それはイチも同じようであった。アレオロは無表情のまま、言葉を続ける。


「……どちらかだけ、解放しよう。これで……斬りたまえ」


そう言って、今度はナイフを牢の中に放り込む。ますます理解できない行動だが、聞き流せない単語が聞こえた事だけは分かった。


「解放……って。どういう事?リンゴを切れば良いってこと?」


アレオロは質問には答えない。ただ、無言でこちらを見ている。気味が悪くなったフタバはリンゴとナイフに目を移す。リンゴは見る限り何の変哲もないが……このナイフ。果物ナイフと言うにはあまりにも刃渡りが長く、武器と言って差し支えない。


(これでリンゴを切って、それで解放……?……そんな訳ない。この悪魔が考えそうなことと言ったら……)


「ふ、フタバ……?よく分かんないけど、これで解放してくれるって言うなら、切ってみる……?」


「……違うわ。そうじゃない」


「え……?」


「コイツはね、私達に……殺し合いをしろって言ってるのよ」


「……えぇ?」


信じたくないと言わんばかりにイチの声が震える。だが、どちらかだけという言葉の意味を考えれば、ここに辿り着く。相手を斬って、生き残った方だけを解放すると、そう言っているのだ。フタバは冷たい鉄格子を熱く感じるほど強く握りしめ、アレオロをにらみつける。


「……馬鹿にしないでよ。あんたなんかの口車に乗って、イチを……サンゴを殺したりなんて……!」


イチのドジには散々苦しまされた。怒りを抑えきれなくなってもいる。だからと言って、殺したりなど……、殺したりなどは……。


「言い切れんか?殺したりなどはしない、と」


「……っ!」


思い返せば……亜人狩りに捕まり奴隷となったのも、逃げる際にイチが転んだからだ。それを見捨てられず、二人一緒に捕まった。奴隷となった後も、イチの尻拭いに終止して酷い目に合わされる。……殺したくなどない。これは本音だ。……だが、恨みにも似たこの割り切れない感情も、確かに本物であった。


「やはり、亜人はそうなのだな」


「ぐっ……ぐぅっ、お前がっ、お前のせいだろうがぁっ!」


「……だ、そうだが、お前はどう思う、イチ」


ハッとしてフタバがイチへと顔を向けると、ギュッとナイフを握りしめてこちらを見つめるイチがいた。イチにいつもの笑顔はなく、悔しげに口を歪ませている。そんなイチを目の当たりにして、フタバが必死に蓋をしてきた感情が溢れ出してしまう。


「……ふっ、ざけんなよ!私がっ!どれだけ!お前のために我慢したと思ってるのよ!いつもいつもいつも!何回助けてやったのよ!その私に、ナイフを、向けるの!?……サンゴ!!」


「……そうだよね」


湧き出る激昂を肯定され、フタバは面食らう。予想外の返答に声が出せず、その間にイチはフタバに語りかける。


「いつも、いつもいつも……ずっと迷惑かけてばかりだったよね。私のせいで……ずっとユーリを苦しめてた。駄目なお姉ちゃんでごめんね」


激昂と不意打ちとで止まっていたフタバの思考が動き出す。良くない、絶対に良くないことが起こる。フタバがそう察知した時にはもう、イチの体は動いていた。


「バイバイ、ユーリ。大好きだよ」


「サンゴ、待っ……!」


フタバが伸ばした手が届く間もなく、イチの腹部に深々とナイフが突き立つ。倒れゆくイチのその姿は、フタバにはまるで永遠のようにも感じられた。だが、ドサリとイチが床に投げ出される音でフタバは我に返る。そうして、フタバは倒れるイチにすがり付いた。


「ば、……バカ!バカ!バカ!なんであんたはそうバカなのよ!……っ、な、ナイフ、ナイフを抜かないと……」


お腹に突き刺さるこの異物がイチの生命を奪い続ける気がして、フタバはナイフを抜いてしまう。だが当然の事ながら、傷口を塞ぐナイフを抜けば血は余計に溢れ出す。それを見て、フタバは更に取り乱した。


「あ、あぁ、血が、血が!死んじゃ駄目!サンゴ!」


何でもいいから傷を塞がないといけない。そう思い傷口を手で抑えて見るも効果はない。なにか、なにか手段はないかと考え、そこで薬の存在を思い出した。急いで小瓶を取り出して、イチの口元にあてがう。


「飲んでっ!……っ、飲め!勝手に死なないで!一人にっ……!私を一人にしないでよぉっ!」


……フタバが必死にイチを救おうとしている間、アレオロはと言えばイチの取った行動に対して目を見開き驚愕していた。


「これは……そんな、馬鹿な。獣人は……亜人は、野蛮で粗暴で、自分の事しか考えない。獣なのだ!だから……だから殺したのだろう、ベイル……!」


よろよろとふらついて壁に持たれかかり、頭を抱える。アレオロの目には眼前の光景ではなく、過去、信頼していた亜人が自らの首を掻き斬った時の姿が浮かんでいた。


「違うのか……?やはり違うのか……?ならば、なぜ……!ベイル……!本当に君だったのか……!?なぜなんだ!……カイネはなぜ死ななければならなかった……!カイネ……。あぁ……ミラ、ミラ……。私を……なぜ置いていった。なぜ……なぜ、なぜ!」


髪を掻きむしりながら、狂気を溢れさせていくアレオロ。彼の脳内には過去の映像が鮮明に映し出されていくのであった。

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