森のオーケストラ
ヘラヘラと笑みを浮かべる少女と、それを睨みつける魔族。異様な雰囲気の中、先に動いたのは魔族であった。しかし攻撃の対象は少女ではなく、倒れているバルドである。
魔族からすれば、先にとどめを刺すのが安全策だ。時間が経てば、また目を覚ますかもしれない。それで危機に陥ることも無いだろうが、動き回られると単純に面倒だ。距離の遠い少女を一旦無視し、倒れ伏す男に対し口を開こうとして……顎を打ち上げる強い衝撃が走った。
魔族は目を丸くして、またも飛び退く。ダメージは大して受けていないが、何をされたのか分からなかったのが問題だ。魔族はもう一度少女を睨みつけるが、いまだにやけ面でぼさっと立っている。何を考えているのかさっぱり分からないが、恐らくはコイツの仕業に違いないと、次は少女に向けて口を開く……前に、またもや顎を撃ち抜かれた。顎を抑えて狼狽していると、少女が話しかけてくる。
「……ねぇ今はさ、引いてくれない?どうせ二人くらい逃しちゃってるし、あんたらの存在はどうせバレちゃうんだしさ。私ら殺した所で、もう得もないでしょ?」
きわめて軽い口調で少女はそう言う。魔族にはそれが無性に気に障った。だから今日初めて……人間に聞こえる声で発声する。
「得だとか、損だとか……そんなことじゃない。ムカつくんだよ……お前らは」
「ムカつくって……なにに?」
「お前達は私達を魔族と呼ぶ。全く気に入らない」
「……うん、それはごめんね。ま〜でも、それらしい振る舞いをする奴もいたし、私達だけのせいにされてもね」
その言葉を聞いた途端、魔族のこめかみに青筋が走った。怒りを隠しきれず、震えた声で魔族は言う。
「私達が悪いと、そう言いたいのか?」
「そうじゃないよ。君は悪くない。でも、私も悪くない。そこの彼も」
「ありえない事を抜かすな!」
魔族は激昂して、少女へと詰め寄る。そしてそのまま、首を刈り取るように蹴り入れた。だが、その脚は少女には当たらず空を切る。
「なっ……」
「あーあ、バレちゃった」
少女がそう言うと、その姿は霧散する。魔族はもしやと思い、素早く飛びのいて即座に音波による探知を始めた。すると……目には見えない所から反響がある。
「……幻影と、透明化かっ」
「御名答〜」
そう言いながら少女は姿を現す。……が、それは青年の姿を形取っていた。声もいつの間にか低くなっている。
「これが本当の僕の姿だよ」
「何でもいい、もう見つけたなら……殺すだけだっ!」
魔族は口を開き、音波爆発を浴びせる。……が、それはまたも空を切った。
「ふふ、うっそー。簡単に姿を晒すわけ無いじゃん」
「……どこまでも、おちょくってくれる……!」
「いやいや。化け物の魔族相手に、そんな事できないよ〜」
「きっ……さまぁっ……!……ぐぐっ……がぁっ!」
魔族は怒りで体を震わせている。血管が切れてしまいそうなほど頭に血が上っている様子であったが、……魔族は不意に、自らの腕に噛み付いた。歯が食い込み、血が出るほど強く。数秒そうしてから、血塗れになった腕から口を離す。口周りには自身の血がべっとりと付いていた。
「わぉ。ホントに化け物みたいだね」
「……お前、私を怒らせようとしてるな?」
「……あら」
「強く噛むのは怒りの解消に丁度いい。自分の腕なら痛みで頭も冴える。一石二鳥と言う奴だ」
血に塗れた口を手のひらで拭いながら、魔族は言う。
「お前は必死に自分に目を向けさせようとしてる。だが……私を倒せるなら、とっくにそうしてるよな? ……お前の行動自体が目眩ましなんだ。私にそこの奴を殺させない為の……。ふん、それが分かれば……」
そう言うやいなや、魔族は倒れるバルドに全力で駆け寄って足を振り上げる。その頭を蹴り潰すために。
「っ、やめろ!」
……その音は、魔族でなくとも気付けただろう。守る為に駆け寄ってくる足音と少女の叫び。これでは自分がどこにいるのか教えているようなものだ。狙い通りだと魔族はほくそ笑む。そして振り上げた足で、近付いてきた少女を薙ぎ払おうと力を込めた……その刹那。魔族は、目に見えない少女に気を回していた為に即座に気付けなかったが、横から一つの影が飛び出してきていた。魔族がその影を視認した瞬間にはもう遅く、綺麗な飛び蹴りが脇腹に突き刺さる。まるで大砲でぶち抜かれたかのような威力の飛び蹴りに、魔族は驚愕しながら吹っ飛んだ。
「バルド!大丈夫か!」
躍り出た影は先ほどこの場から逃げた男……つまりはマコトであった。蹴り飛ばした魔族が地に伏せているのを確認したマコトは、すぐにバルドへ駆け寄り安否を確認する。意識はないようだが息はあるようで、胸を撫で下ろした。そこに少女が声をかける。
「ナイスタイミング!じゃ、そこの人抱えて!」
「だ、誰だ!?」
「味方!早く!」
「……この声は」
「何でもいいから、早く逃げるよ!」
「っ、分かった!」
マコトの返事を確認して、少女は付近に沢山の幻影を出現させる。マコトはバルドを抱えつつも、周囲を確認して大きめの倒木を見つけ、足を差し込んで全力で蹴り上げた。
「な、なにしてんの?」
「合図だ。よし、逃げよう」
マコトは、打ち上げた倒木が他の木々の頭上を越えるまで高く上がったのを確認してから、素早くその場を後にする。
痛みにうずくまっていた魔族はやっとの思いで起き上がっていた。周りは幻影だらけで、やっと見つけたマコトの背中はもう遠く小さくなっている。だがこのままむざむざ逃してなるものかと、口を開き爆破を試みる。だが、木々に邪魔され届かない。脇腹は痛むが、追いかけるしか無いと足に力を込めたその時……ざあっ……と、森がざわめいた。
「……くそが」
魔族が小さく悪態をついた瞬間……空が歪む。大気を乱す嵐のような暴風が、一つの塊となって魔族に襲いかかるのであった。
〜〜〜
少し離れた空中にて、それを起こした人物、フィメラトが満足気に口角を上げる。マコトが打ち上げた木を目印に、特大の魔法をぶち込んだのだ。
「……あんなに耳障りな音を、よくも聞かせてくれたわね。お礼にこっちも聞かせてあげるわ。旋風に舞い上がる落ち葉の共鳴。暴風に吹かれる木々のざわめき。嵐が織り成す森のオーケストラ!……と言うには少し、騒々しいかもね?」
「おーい、フィメラト!」
下から聞こえたその呼びかけに気付いたフィメラトは、軽やかに地面まで降りていく。そこにはバルドを担いだマコトがいた。フィメラトは着地せず、そのままマコトの背中にしがみつく。
「っと、フィメラト?」
「もう魔力少ないから背負って」
「ああ、分かった。しっかり捕まってろよ!」
マコトはバルドとフィメラトを抱えながらも、スピードを落とさずに森の外まで走っていくのであった。




