切迫した状況
多少のやり取りによってマコトもミレイも精神的には落ち着きを取り戻してきた。が、周りの環境的には全然落ち着いていなかった。まだ森のど真ん中にいるというのもあるし、ミレイがハッとしたように言い出したことが何より問題だった。
「そうだ、こうしてる場合じゃありません!早く森を出なければ!」
「ど、どうしたんだ?」
「アーマードベアですよ!……ってそうだ、何も覚えてないんでしたね。……移動しながら教えます!」
ミレイは方角を確認し、移動を始めた。なのでマコトも付いていく。そして何があったのか、ミレイは語り始めた。
ミレイは回復術も扱うが仕事としては薬師であり、薬を作る原料の薬草を冒険者の依頼に出していた。それをマコトがよく受けており、今回はミレイも同行した。そして、薬草を採取している最中に……
「アーマードベアが現れたんです!」
ミレイの声色に含まれる緊迫感から、それが並々ならぬ事態であることをマコトは察する。
「アーマードベアっていうのは、金級の冒険者が複数人で討伐にかかるくらいの魔獣なんです。こんな街の近くの森に現れるなんて……!すぐに領主に伝えないといけません!」
マコトには理解できない単語もあったが、マコトなりに噛み砕いて考える。
(……アーマードベア、つまり、熊?熊が街のすぐ近くに出没した……)
ものすごく緊急事態だ。ミレイが慌てていることもあって、マコトにも焦りが生まれてくる。そして同時に疑問が湧く。
「そんな奴からどうやって逃げ出したんだ?」
「それは……」
ミレイは一瞬顔を曇らせるが、そんな場合ではないとすぐに判断したのだろう。その点について説明を始めようと口を開きかけ、何かに気づいたように足を止めた。
「今、この森は……どうなってるんですか」
苦々しげにミレイはつぶやく。どうしたのかと問いかける前に、四方から唸り声が響く。
「……これは」
マコトは声の方に目をむける。その先の茂みからゆっくりと姿を現したのは狼であった。群れのようで、見えるだけで複数匹確認できる。明らかに気が立っており、今にも襲いかかってきそうな様相だ。
「ウルフル……、縄張りは避けたのに……!」
「ちょっと、まずいんじゃないか!?」
ミレイはちらりとマコトを見て、改めて狼……ウルフルに顔を向ける。
「いえ、このくらいの魔獣であれば、私でも……!」
そう言い切る前に、ウルフル達はミレイとマコトに飛びかかる。心の準備もできていないマコトは身を強張らせ、目をぎゅっとつぶる。……しかし、訪れるだろうと予想した痛みはなかった。そっと目を開けるとそこには半透明の壁が生まれており、ウルフル達はそれにはじき返されていた。
「……マジックウォール!」
「ミレイ……?」
また、ミレイがなにかしていることはマコトにも分かる。が何が起こっているのかは分からない。マコトを置いてきぼりにして、状況は進んでいく。
「悪いけど、手加減はできないからね!マジックエッジ!」
ミレイがそう言うやいなや、ミレイから衝撃波が放たれる。それはミレイの正面にいたウルフルを捉え、吹き飛ばした。それを見て他のウルフルは怯んでいる。
「さ、さっきの回復術ってのもそうだけど、これなんなんだ!?」
「ごめんなさい、後で!マジックエッジ!」
ミレイは、マジックエッジなる技をもう一度放つ。それはまたウルフルを吹き飛ばす。ウルフル達は完全に怯えており、距離を取り始めた。
「このまま逃げてくれれば、……?」
遠巻きにこちらを囲んでいたウルフル達が急に辺りを気にし始めた。仲間内で何かを伝え合うように吠えている。その中の一頭が一際大きく吠えたかと思うと、ウルフル達はその群れごとミレイ達へ向かって走り出した。
「マジックウォール!……あれ?」
走り出したウルフルの群れはミレイ達の横をすり抜け、走り去っていった。マコトは突然のことに呆気にとられてしまう。しかしミレイの反応は違った。
「まずいかもです」
ミレイは周辺へと意識を向け、視線を忙しく動かす。
「ここはウルフル達の縄張りの外です。そして今も、なにかに追われるように逃げ出しました」
そこまで言われて、マコトも初めて状況のまずさに気付く。
「……それって、もしかして……」
その時、地響きのような鳴き声が響く。マコトとミレイはすぐさまそちらを確認する。
遠目でも3メートルはゆうに超えるだろうと分かる巨躯。丸太のような四肢と、硬く鋭い爪と牙。全身を包む体毛はその体をより大きく見せる。
そんな怪物が、唸りながらこちらに向けて歩を進めている。ミレイに聞かずとも、その正体は分かる。
アーマードベアが、そこにいた。