躾
マコト達が晩の食事に向かった頃。場所は変わってアレオロの館のその地下……。石で作られた無機質な通路を進むと奥には広めの部屋がある。中にはまた別の通路へ繋がる扉もあるが、何より目を引くのは鉄格子で仕切られた部屋……牢屋が設置されている。この場所自体は前の町長が用意した緊急時のシェルター兼脱出路だ。だが、この部屋に鉄格子を取り付け、牢としたのはアレオロだ。冷たい石と鉄格子が自由を阻むその部屋で、今日も亜人奴隷の悲鳴が響いていた。
「あぁあうぅぅう!」
「今日は……2回か。少ないじゃないか。なぁ、イチ」
今鉄格子の内側にいるのは、鞭を振るうネイクと振るわれるフタバ。鉄格子の外でそれを見ているのはアレオロとイチだ。アレオロに呼びかけられたイチは酷く青ざめ、言葉を失っている。しかし、イチは大事なことを忘れていた。鉄格子の中からネイクが言う。
「イチ。ご主人様の呼びかけを無視するとは何事ですか。一回追加です」
「あ、あぁ……!ごめんなさい……!」
弾ける鞭の音とつんざく悲鳴が部屋を満たす。目を逸らすことも、耳を塞ぐことも、罰の対象になる。イチは友人が傷つけられるのを見ているしか無い。……そしてフタバの番が終われば、今度はイチが鉄格子の中で罰を受けるのだ。
……この屋敷では亜人奴隷に対して、“躾”が行われている。一日の終わりに働きぶりを評価し、その結果次第で罰か褒美かのどちらかが与えられる。……減点方式なので、褒美なんてものはほとんど貰えないのだが。どういうシステムかと聞かれれば、とても単純なものだ。
イチにミスがなければフタバに褒美を。
フタバにミスがなければイチに褒美を。
イチがミスをしたらフタバに罰を。
フタバがミスをしたらイチに罰を。
この四つがルールだ。だがどれだけ気をつけたところで、ミスがない、なんてことはまずない。ミスの判定を行うのは基本的にメイド長のネイクだが、いくらでも難癖をつけてくるのだ。それに、万が一褒美があったとしても、気が抜けない。例えば、過去にフタバにミスが無い時があり、イチに褒美としてご馳走が振る舞われた事があったのだが……教えても貰ってもいないマナーがどうだと言って、フタバに山のように罰が与えられることになった。どちらにせよ、ただただ奴隷の二人を苦しめるためのルールである、と言うことだ。
フタバに三回。イチに一回の鞭が振るわれて、本日の躾の時間はおしまいとなった。アレオロとネイクは早々に引き上げ、フタバとイチがその場に残される。イチも鞭で打たれたばかりだが、そんな事はどうでも良いと言わんばかりにフタバに近寄る。
「……フタバ。ごめんね……大丈夫……?」
「ええ……。イチこそ大丈夫?」
「……大丈夫だよ!僕はお姉ちゃんだから!いくらでも我慢できるよ!」
そうは言うが、実はフタバはイチに対して頭を抱えたくなるのを我慢している。“イチ”と“フタバ”は幼馴染だ。イチの方が一つだけ年上で、そのせいか姉面をしたがる。だが、はっきり言ってイチは底抜けにドジで、とんでもないマヌケだ。張り切れば張り切るほどから回るタイプで。ミスの数は毎回イチのほうが多い。今日にしても罰の数に差がある訳だが、ほぼ毎日そんな感じなのだ。
自分のミスによって自分が傷つけられるのならまだ、まだ百歩譲って納得しようもある。だが、他者のミスで与えられる理不尽な痛みは、フタバの中に強い怒りを生み出し……、それがイチにも向くようになっていた。いつも仕様のないドジをしては、この世の終わりみたいな顔をする。それがどうしようもなく腹立たしくなるのだ。
……これが、あの悪魔共の魂胆だということも理解していた。意図的に不和を起こさせ、仲違いするさまを見たいのだろうと。その手には乗りたくないと思っていても、湧き出る怒りを抑えるのはだんだんと難しくなっていった。フタバがぎゅっと目を瞑り、感情のコントロールに努めること五秒。大丈夫と心の内で言い聞かせ、口を開く。
「部屋に戻りましょう。ここは冷えるから……」
「うん、……そうだね」
そうして二人は与えられた部屋へと戻る。ここから逃げだそうにも、逃げる場所なんてない。町の周囲に建てられた壁の外では、少女二人の命など吹いて飛ぶほどの小さな灯火に過ぎない。痛みに耐えながら一日一日を消化していく他に、生きる術は無かった。
……移動の際、不意にカチャリと音が鳴る。その音で、フタバはメイド服にしまい込んだ薬のことを思い出すが……それをイチに差し出す気にはなれなかった。
〜〜〜
「あの二人は、どうだ?」
アレオロの寝室にて、安楽椅子に座るアレオロが問いかけた。それに答えるのは、扉の側に控えるネイクだ。
「少し時間はかかりましたが……そろそろ良いかと」
「そうか。……下がっていいぞ」
失礼致します、そう言ってネイクは部屋から退出した。一人になったアレオロは静かに目を閉じて、椅子を揺らす。そうして、夜は更けていった。




