町での出来事
マコトたちが森の探索をしていた頃、一人町に残ったミレイは窓際で頬杖をついていた。
マコトもフィメラトも不在というこの状況。少しでも状況を前に進めたいと思っても、一人だと危険かもしれないし、できる限り目立つ行動は避けたい。能動的に動けないなら、できることは窓から通りを眺めることくらいしかなかった。
「二人とも、大丈夫ですかね……」
漏れ出るのは、もう何回目かも分からない心配の声。安全な部屋で待つしかない自分に歯噛みする思いだが、こればっかりは仕方ない。時計に目を向けると、時間は昼過ぎという所であった。そろそろお昼ご飯をと考えたが、その前に一回通りを流し見る。
「……あ」
そう言えば、と思う。昨日亜人メイドの二人がこの通りにいた、というのもこのくらいの時間帯だったはずだ。おそらく買い物かなにかで町に出るのだろう。
……要するに、フタバの姿をそこに見つけたのである。昨日は追い返されるような形になったが、なんとか接点は作っておきたい相手だ。
そこからのミレイの動きは機敏だった。急ぎ部屋を出てパタパタと階段を駆け降り、宿を飛び出す。フタバの背中はまだすぐそこにあった。
「待って下さい!」
フタバは自分が呼ばれているとは思っていないのだろう。振り返りもせずスタスタと歩いていく。ミレイは彼女を呼び止めるため、走り寄ってその手をフタバの肩に置いた。
「あぎゃっ!!」
「えっ!?」
途端に悲鳴を上げて、フタバは路上にうずくまった。突然の事にミレイは驚くが、そこは回復術が使える身だ。即座に介抱を始める。
「大丈夫!?怪我を……!?」
フタバは目をぎゅっと瞑って、歯を食いしばっている。どう見ても痛みに耐えている表情だ。服に血が滲んだりはしていないため、出血はしていないようだ。であれば打撲などが考えられる。すぐにでも確認したいが、ここは公衆の往来。意識がないわけでもないのに、服を脱がして確認することはできない。
「……っ、ごめんね!」
「ち、ちょっとっ……あぎゃうぅっ!……うぅ……」
ミレイはフタバを抱きかかえる。体に触れて力を加えるためどうしても痛みを与えてしまうが、部屋に運びさえすれば回復できる。傍から見ると誘拐にしか見えないが、亜人と関わりたくない町人からは何も言われない。ミレイは、面倒がなくて逆にありがたいかも、などと思いつつ足を速めた。
部屋に戻りフタバをうつぶせで寝かせる。服を脱がせるためだ。エプロンの結び目を解いて外し、ワンピースの背中側にある留め具を外して開く。そして見えた背中に、ミレイは絶句した。
隙間もないほどの傷跡がそこにはあった。裂傷の跡、ミミズ腫れ、青痣、様々な傷だ。
「……っ、だ、大丈夫ですよ!回復術をかけますからね!」
ショックを受けるミレイであったが、今はフタバを苛む痛みを取り除くことが先だと、回復術をかけようとする。だが……
「余計なことしないでっ!」
フタバがバッと起き上がり、かざしたミレイの手を弾く。その衝撃でまたも痛みを覚えたようだが、必死に我慢している。
「余計って、傷だらけじゃないですか!治さないと!」
「傷が治ってるのがバレたら、サンゴがもっと酷い目に合う!我慢しないといけないの!」
「……ど、どういうことですか?……サンゴって?」
フタバはしまった、といわんばかりに手で口を隠す。それを見てミレイは悟る。
「町長に……アレオロに、虐待されてるんですね……?」
フタバは露骨に目を逸らす。これでは、はいそうです、と言っているようなものだ。ミレイは湧き上がってくる怒りを抑えながら、あくまでも冷静に問いかける。
「サンゴっていうのは、誰ですか?その子も酷い目に?……それにイチって子も居ましたよね。その子も?」
「……服を、着せて。一人じゃできないの」
どうやらなにも答える気は無いようだ。フタバの話からするに、答えるまでここで引き止める……なんてことをしたら、サンゴと呼ばれた子がどうなるか分からない。ミレイは言われた通りにするしかなかった。
ミレイがワンピースの留め具をつけると、フタバは自分でエプロンの紐を結んだ。それからフタバは二、三度大きく息をつく。そしてベッドから立ち上がると背筋をピンと伸ばし、何事もなかったかのように部屋を出ていこうとする。
「待って下さい」
「……なんでしょう。仕事が遅れているのですが」
ミレイは荷物を漁り、液体の入った小瓶を数本取り出した。そして、それをフタバへと手渡す。
「生命力を活性化する薬です。少しだけ、傷の治りが早くなります。あくまでも自然治癒力を後押しする程度の効果ですから。これくらいなら大丈夫でしょう?」
「……」
疑いの目で小瓶を見るフタバに、ミレイはハッとする。そこで、すぐにフタバに語りかけた。
「一本、どれでもいいので選んでください。私が目の前でそれを飲みます」
フタバは一瞬驚いたような表情を浮かべた。すぐに無表情に戻ったが、ミレイに従い無作為に選んだ小瓶を一本差し出す。ミレイはそれを受け取り、躊躇なく飲み干した。
「……大丈夫です。これはお薬ですから」
「……」
ミレイに対しては怪しんだままのようであったが、受け取った方が早いと思ったのだろう。小瓶を三本メイド服にしまい込み、最後にミレイを一瞥してから、フタバは部屋を出て行くのであった。
〜〜〜
フタバは痛みに耐えながらも、急ぎ買い物を済ませて屋敷に戻る。息を荒くしながらようやく到着した館の玄関には、冷たい目をしたメイド長ネイクが立っていた。
「随分と、遅かったですね」
「……っ、申し訳ありません!」
フタバはすぐさま頭を下げて謝罪する。ここで言い訳はしない。理由など関係なく、結果を責められている。経験上、下手に理由を説明するのは悪手だとフタバは知っていた。
ネイクは黙ってフタバへと近づき、ぽん、と肩に手を置き、そしてグッと手に力を入れた。……当然フタバには激痛が走るが、歯を噛み締めて呻いてしまうのをなんとか耐える。
「一応聞いておきます。なぜ遅れたのですか?」
「……」
フタバは自分を回復しようとした……名前も聞いていないことに思い至るが、それはともかく……あの女性の顔が浮かぶ。だがなんとなく、正直には言いたくなかった。
「……申し訳……、ありません。道で……こ、転んで、しまいまして……」
「転んだだけでこんなに遅れるのですか?」
「体勢を……整える、のに、時間が……ぁぅ……っ」
痛みで返答が途切れ途切れになっても、大したことではないとばかりに顔色一つ変えず肩を抑えつけるネイクであったが……不意にパッと手を離した。
「そうですか。……一つ、足しておきます。速やかに仕事に戻るように」
フタバを心配する素振りなどは一切見せず、ネイクは屋敷の中に戻っていった。服の裾をギュウッと握りしめて痛みを堪えるフタバは、しばらく頭を上げられずにいるのだった。




