バルドの指導
街を出てしばらくは平原地帯を歩く。見通しが良く、潜むには全く向いていない地形だ。そのため一行はまだそれほど警戒もせず歩みを進めていく。そんな中、バルドは歩きながら地図を広げた。昨日の段階で調達していたようだ。
「タニアの町を中心に北部から東にかけて森が広がっている。この森は比較的魔獣も少なく、危険度は高くない。潜むにはうってつけの場所だ。目撃証言もこの付近だな」
バルドは地図を指差し、横から覗き込むマコトに示す。
「まずは北方面を探索し、そこから東側へ足を伸ばしていく。いいな?」
「分かった。……この印は?」
確認を促されたマコトが地図を眺めていると、一つ気になるものがあった。手書きで赤い丸が点々と印されているのだ。バルドに聞いてみると、したり顔で説明を始める。
「これは、水場だ。町の人から情報を集めて、場所をまとめた」
「水場?」
「拠点を持たない集団が一番困ること。それが水の調達だ。いくら節約しようとどんどん消えていくものだと言うのに、生きるために必須だからな。だが、貯めようとしてもすぐに腐るし、まとまった量になると重たくて移動が不便だ。ではどうするか」
バルドは答えはここにあると言わんばかりに、地図を手の甲で仰ぐ。
「一番手っ取り早いのは、自然の恵みを頂戴すること……と言うことだ。そうなると簡易拠点は自然と水場の近くになりやすい」
「なるほど……」
よくよく考えてみれば、森を無作為に探した所で人の痕跡など早々見つけられはしない。習性や行動を予測して当たりをつけるというのは、冒険者として必須技能だろう。
「ちょっと良いかしら」
マコトが感心していると、後ろから呼びかけられる。フィメラトだ。不貞腐れているように見えたので終始無言を貫くものかと思っていたが、多少なり思うところはあったのかもしれない。表情は不機嫌そうなままではあるが。
「私は魔法で空を飛べるわ。ある程度当たりがついてるなら、わざわざ徒歩で近づかなくても空から偵察できるわよ」
フィメラトの提案は非常に効率的な内容だと言えるだろう。空を飛べるというアドバンテージは大きいように思える。しかし、バルドの表情は渋い。
「ふむ……。試しに聞いておこう。マコト、お前ならどう判断する」
「お、俺なら?……戦闘の可能性もあるし、体力は温存したい。魔力は回復しやすいし、そういう意味では魔法は積極的に使ってもいいんじゃないか?」
「一理あるな。だが考えとしては視野が狭い。30点だ」
「うっ、低い……」
厳し目の点数にがっかりするマコトに代わり、今度はバルドが考えを話す。
「手早く偵察が終わるに越したことはないが……今回は森の探索だ。遮蔽が多く視認が難しい以上、離れた所からの偵察は信頼度が低い。しかも空中では身を隠すことができない。逆にこちらが見つかる可能性はけして低くないだろう。自分が一方的に相手を認識している状況こそが最も有利なんだ。だからこそ、隠密性こそを最も重視するべき、と俺は考えている」
「……そう。確かに、その通りかもね」
フィメラトは顔を背け目を伏せた。少しばかり口を尖らせているようにも見える。自分の力を示して見返したいと思っているのかもしれない。それを察してかバルドは言う。
「そう拗ねなくても良い。今みたいな提案自体は悪くない。思いついたことはどんどん言ってくれ。マコトもな」
その呼びかけにマコトは元気よく、フィメラトは小さく返事をするのであった。
〜〜〜
いよいよ森に入り探索をするマコト達であったが、木々を掻き分け草を踏みしめと、そのように探索する関係上か時間はあっという間に過ぎていく。地図に示された水場の三分の一程度を周る頃には、もう空は赤くなり始めていた。まだ何も見つかってはいなかったが、暗くなってからの森の探索は危険である。なので一行は本日の探索を切り上げ、町へと戻る事とした。
その帰り道、疲れ切ってクタクタのフィメラトを背負いながらマコトは歩く。森を歩くことに自信ありげだったフィメラトも、ぶっ通しでの散策は流石に堪えたようだ。
「今日は、なにも見つからなかったな」
「何も見つからないのが一番良いんだがな。とは言え、まだ未探索の場所が残ってる。明日が勝負だな……」
バルドの足取りはしっかりしていたが、それでも疲れは溜まっているようだ。くたびれたように言葉を吐く。そこで、ふと思った疑問がマコトの口から零れ出た。
「……なぁ、バルド。なんで冒険者はパーティを組まないんだ?」
「んん?なんだ藪から棒に」
「ずっと気になってたが、誰かに聞く機会がなかったんだ。今回の依頼でも、手分けして探せる分複数人で取り掛かったほうが効率がいい。それに、パーティを組んだほうが一人じゃ厳しい依頼でも受けられたりするんじゃないのか?」
マコトの質問にバルドは怪訝な表情を浮かべる。バルドからすれば常識も常識だといったところなのだろう。それでも、バルドはちゃんと答えてくれるようだ。
「何故パーティを組まないか。色々と理由はある。……そうだな……例えばアーマードベア。緊急性なんかによって多少は前後するが……これの討伐報酬の相場は、大体8千リュミルって所だ。素材売却も含めれば……約1万6千ってところか?お前は実際に倒したらしいが、どう思う」
マコトはそう聞かれて脳内で日本円換算してみたが、大体160万円位だ。
「どうって……十分な金額じゃないか?」
「まぁそうだな。額面上はかなりの稼ぎになる……ように見える」
「見える、ってことは……実はそうでもない?」
「アーマードベアは強敵だ。そもそも複数人でかかろうが常に命の危険がある。しかも、武器も防具も一つ間違えればおしゃかだ。道具なんかもかなり消費するかもしれないな。仮に4人で向かって討伐できたとして、一人約4千リュミルだ。武器防具の損耗があればそこから2千近くは飛んでいく。そして道具の補充にも少なく見積もって500程……手元に残るのは幾らだ?」
「1500リュミル……」
「ばかばかしいだろ、命をかけてそんな稼ぎじゃ。それなら安定してこなせて、所持品の損耗も少なく済むような依頼を一人でこなしたほうがよっぽど実入りがいい」
「なるほどな……、でもそんなんじゃ誰も難しい依頼を受けなくなるんじゃないのか?」
「と、思うだろ?だが、アーマードベアみたいな化け物を一人で簡単に討伐できる人ってのもいる。ミルドラルさんとかな。だから、報酬は現状より上がらない。結果として、命をかけて上を目指す奴も減って棲み分けが進み、ランク毎の断絶が……ってこれはあまり関係ない話か」
他にも、低ランク帯はその日暮らしのゴロツキもどきも多く信用自体ができないこと、逆に高ランク帯はある程度一人でこなしてきた結果、身の程を知っていたり、あるいは逆にプライドが高くなったりするので他人と組もうとはしなくなる、とのことだった。
「まあ、もちろん例外もある。国からの依頼なんかは大規模になりがちだから、自然と複数人が受けることになる。まぁ、個別で受けるから味方であってもパーティではないが」
あくまでもパーティは組まない、ということらしい。確かに聞いてる限りではメリットをデメリットが上回っているように思うが……なんだか寂しい話だ。
「それじゃあバルドもパーティを組もうとは考えてないんだな」
「そうだな。最初の頃は冒険者ランクを早く上げたかったから、人と組んででもできうる限り高難度の依頼を受けようと思っていたが……。まぁそう上手くは行かなかったな」
最初の頃、という発言でそういえばバルドにも新米だった時期があったんだと思い至る。とは言え今のバルドもそれなりに若く見える。20代後半といったところだろうか。
「バルドは冒険者を始めてどのくらいなんだ?」
「俺は……二年になるな」
「二年?意外だな、もっと長いと思ってた。場馴れしてると言うか……」
「ああ、冒険者になる前は聖光騎士団に所属してたからな……」
そこまで話して、不意にバルドは遠くを見る。まるで何かを懐かしむような目だ。
「バルド?」
「ん、ああ、すまない。なに、もう二年たったのかと思ってな。ミルドラルさんと、出会ってから」
「ミルドラルと?」
マコトとしては是非とも聞いてみたい話だ。バルドがなぜこんなにもミルドラルに心酔しているのかにはかなり興味がある。
「なんだ、聞きたいか?」
「ああ、聞かせてほしい」
「そこまでか?はは、いいだろう。どこから話すかな……」
二年前を思い返すよう少しだけ目を瞑り、それからバルドは話し始めるのであった。




