町長の館へ
食事を終えた後、バルドとは別れることとなった。外壁の確認をマコトたちが済ませてしまっていたため、宿を取ってから町を散策することにしたらしい。本格的な調査は明日からと言うことで、集合場所と時間を決めておこうと思ったのだが、そもそもこの町には宿屋が一つしかない。であれば明日の朝に宿屋内で合流すればいいだけなので、バルドに部屋番号だけ伝えておくのであった。バルドと別れた後、町を歩きながら聞いた話について三人で話し合う。
「武装した怪しい人影……どう思う?」
「盗賊なら怖いですね……。大体徒党を組んでますから、どれくらいの規模なのか」
不安げなミレイであったが、そこでフィメラトが疑問を挟む。
「……タニアってステラヴィルにも近くて警備もそんなに甘いわけじゃないのに、わざわざ盗賊が狙うような町なの?」
「……そう言われると、不自然ではありますね」
「町長の反応も気になる。まるでこの町が被害に遭うことはないと思っているみたいだ」
「……盗賊ではない、ということですか?」
「分からないけど、何にせよ町長との繋がりは十分に考えられる。バルドに同行して、それが見極められれば良いけど……。まぁそれは追々(おいおい)だな。今はやれることをやらないと」
「……ところで、今どこに向かって歩いてるの?」
話も一旦まとまった所で、フィメラトは誠に尋ねる。先頭を行くのはマコトで、どこか目的地があるかのようにずんずん歩いていた。
「ああ、町長の屋敷だ。パフォーマンスの許可をもらうって口実で立ち寄れるんだから行っとかないと」
それが当然とばかりにマコトは言う。それに慌てるのはミレイだ。
「えぇ、そうだったんですか!?こ、心の準備が……」
「そんなに身構えなくても大丈夫だよ。町長なんて立場なら忙しいだろうし、すぐに会えるってこともないさ。半ば、挨拶に行くってだけの話だよ」
「……私も行くの?」
緊張するミレイをなだめるも、今度はフィメラトがそう聞いてくる。何でもないような態度をとっているが、隠しきれない不安が感じ取れる声色だ。もしかしたら亜人奴隷がそこで殺されているかもしれないのだから、フィメラトが過敏になるのは当然だろう。しかし、だからこそマコトは強く言い切る。
「ああ、一緒に行く。近くにいないと、何かあっても守れないからな」
「……そ、そう。分かったわ」
言葉だけで安心できるものでもないだろうが、取りあえず納得はしてくれたようだ。フィメラトを取り巻く不安の種を一つでも取り除くため、町長の屋敷へと歩みを進めるのであった。
〜〜〜
その洋館は静かに佇んでいた。どことなく威圧感を覚えるが、あるいはマコトがこのような洋館を見慣れていないためにそう感じるだけかもしれない。
屋敷を囲む外壁は胸元くらいの高さで、軽く乗り越えられる高さである。門は開放されており、門番もいない。不用心にも思えるが、それだけこの町が平和だと言う事なのだろう。外から敷地内を見渡すと、広めの庭があり、そこでは洗濯物がはためいていた。
勝手に敷地内に入っていいものかとマコトは躊躇うが、呼び鈴が設置されているのは屋敷の玄関口だ。それを鳴らさなければ始まらないので、意を決して足を踏み入れる。玄関口まで来て呼び鈴から垂れた紐を引っ張ると、カラカラと小気味いい音が響いた。
しばらく待つと扉が開かれ、中から出てきたのは背筋のピンと伸びた、美しい立ち姿のメイドであった。かなり若くも見えたが、よく見ると白髪や細かな皺が見える。彼女は綺麗な所作で扉を閉めてから、改めてマコト達に向き直る。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご要件でしょうか?」
切れ長の瞳がマコトを見据えた。それは睨みつけられたかと錯覚しそうなほどで、少し身が固くなる。マコトは息を吐いて心を落ち着かせてから、来訪の理由……パフォーマンスの許可を取りに来た旨を話した。
「そうでしたか。……お名前と職業をお伺いしてもよろしいですか?」
「冒険者のマコトです。後ろの二人は……」
「代表者様のみで結構です。マコト様。只今旦那様は公務中となります。また日を改めていただけると幸いです」
見た目の態度とは裏腹に、随分と突き放した言い方だ。確かに飛び込みでの来訪で町長に会えるとも思ってはいなかったが、あまりにもにべもない対応である。これですごすごと帰ってしまったらいつまでも会えない気がしたので、食い下がる事にした。
「そうですね、すぐに会えるとは思っていませんでしたから。では、空いている日はありますか?」
「旦那様は多忙ですので、明確にいつとは申し上げられません」
言葉遣いは丁寧だが、流石にマコトも察する。これは門前払いだ。素性の不確かな相手を通すつもりは無いということだろう。しかし、この千載一遇のチャンスをみすみす逃したくはない。
「……一度だけでも見ていただけないでしょうか」
「その時間がないと申し上げております」
「忙しいと言っても、休憩時間はあるでしょう。その時に余興として見てもらえたり……」
「休憩の時間は固定ではありません。それに激務だからこそ、休憩時間にはしっかりと体を休めていただかねばなりません」
「……この屋敷で働いている方々への慰労としてとか!」
「結構です」
なんとか粘ろうとあれこれ提案してみるが、取り付く島もない。頭を捻らせるのにも限界が来ている。最早これまでかと諦めかけた時、不意に玄関扉が開く。そして威厳のある声が場に響いた。
「ネイク、訪問者をそう邪険にするものではない。町長たる者、門戸は広く開かねば」
「旦那様……」
メイドの名はネイクというらしい。そしてネイクが旦那様と呼ぶ……つまりこの男性こそが町長アレオロだ。白髪混じりの髪は後ろに撫でつけられ、口元には整えられた髭が生えている。ガッシリとした体型をしているが、足が悪いのか右手に杖をついていた。ネイクはアレオロに耳元で何かを伝えると、道を開けるように横に控える。そうしてアレオロはゆっくりとマコトに歩み寄り、声をかけてきた。
「君達は旅行者かな。ようこそ、タニアの町へ。私が町長のアレオロ・ディガンだ」
疑惑の人物の登場にマコト一行に緊張が走るが、意外にもアレオロは厳つい顔立ちながら柔らかい笑顔を向けて自己紹介をしてきた。拍子抜け……とまではいかないにしても少しだけ肩の力は抜ける。マコト達も今度こそ遮られずに皆の自己紹介を済ませた。それを聞き終えたアレオロはゆっくりと話しだす。
「さて、マコト君。パフォーマンスの許可をという話だが、それはすぐには出せない。無秩序に人が集まれば、往々にしてトラブルが起きるものだ。しかし場所や日程を決める話をする程の時間は今はない。分かってくれるね?」
「はい。ですので後日にでも……」
「うむ。なに、私も君の行うパフォーマンスに興味が無いわけではない。なにぶん娯楽の少ない町だ。そうだな……時間を作るとすれば、三日後と言ったところか」
「三日……ですか」
「ああ、重要な仕事が落ち着くタイミングなのでね。それで、どうだ。そこまで待てるかな?」
「はい、大丈夫です!待ちます!」
幸いバルドに同行するという別の予定もあるので、三日であれば暇することはないだろう。
「では、三日後……時間は朝方でいいだろう。その時にまた会おうじゃないか」
そう言い残すとアレオロは踵を返し館内に戻る。扉を開けて待機していたネイクもマコト達に一礼してその後に続き、そして玄関扉は閉められた。
「……取りあえず約束は取り付けられたな」
「話す分には……優しそうな人、でしたね。メイドさんはちょっと怖かったですけど」
ひとまず予定を立てられたことに安堵しつつ、改めて屋敷を見上げる。鬼が出るか蛇が出るか……、三日後、再び訪れた時に確かにできればいいが、と思う。
そういう訳でもう帰ろうとしたところ、ふと庭の方に人の気配を感じた。何気なくそちらを見てみると洗濯物を取り込むメイドの少女が見える。その少女は先ほどの町中でマコトが遠目に見た、赤髪の亜人であった。こちらを気にするようにチラチラ見ている。せっかくなので、マコトは近寄り声を掛けることにしてみる。
「こんにちは」
「はぇっ!?……こ、こんにちは、です」
近寄る段階からなにやら困惑していたようだが、声を掛けるとビクッと身体を強張らせる。話し掛けられるとは思っていなかったのかもしれない。
「あ、あの、僕に何か用事があるの、です?」
「あぁ、用事じゃないけど……さっき遠目で見かけたから話してみたくて」
たどたどしい敬語で尋ねてくる少女をマコトは観察する。獣耳が生えているキャラクターなどは珍しくもないが、実物として目の前に現れると違和感は強い。しかしそれを表に出して不安がらせるのも良くないので、何でもないように振る舞った。すると、少女は急に興奮気味になって距離を詰めてきた。
「やっぱりお前……じゃなくて、あなた達、宿屋さんの前で楽しそうなことをしてた!……ですね!衛兵さんが来てたけど、大丈夫だった……ですか?」
少女は急にグイグイと距離を詰めてくる。それに押されマコトがタジタジになると、少女はハッとして離れた。そしてしょんぼりした顔で謝る。
「ご、ごめんなさい、一人で盛り上がってちゃって……です」
「ああ、いや……大丈夫。えっと……君の事はなんて呼べばいいかな」
「あっ、はい!私の名前はサ……、……じゃなくて……」
少女はなぜか自分の名前でも詰まってしまった。彼女がマゴマゴしていると後ろから違う声が投げかけられる。
「イチ。何してるの」
「あ、えっと……フタバ」
声をかけてきたのは、こちらも先ほど見た青髪の少女である。赤髪の少女……イチとはまだ少し違う獣耳だ。イチが犬っぽければ、フタバは猫っぽい形をしている。フタバはイチを押しのけマコトの前に出た。
「すみませんが、ご要件を伺ってもよろしいですか」
詰まることもない丁寧な口調で問いかけられる。イチはコロコロ表情が変わる子だが、フタバは尖った目つきで無表情を崩さない。なんだか真逆の二人だ。
「いや、用事があるわけじゃ……ないけど」
「それであれば、私どもには仕事がありますので」
フタバは洗濯物をパパパっと取り込み、籠を持ちつつイチの手を取る。
「ほら、行くわよイチ」
「あ、うん。ごめんなさい、僕も仕事あるから」
フタバがイチの手を引いてその場を去る。その際に一瞬だけ見えたのは、こちらを強く睨むフタバと、申し訳なさそうなイチの顔だった。イチとフタバがいなくなってからマコトはポツリと呟く。
「……警戒されてるのかな」
「そりゃするでしょ。あんたみたいなムキムキのデカいのが来れば」
「大丈夫です!ちゃんとお話すれば見た目程怖くないって分かってもらえますよ!」
「見た目は怖いのか……」
シュンとしてしまったマコトを見てフィメラトはクスクスと笑い、ミレイは慰めにならない慰めを続けるのだった。
町長の館を離れる頃には夕方に差し掛かろうかという位の時間になっていた。まだ暗くはないが朝から色々と活動していたのもあってか、みんな疲れ気味だ。初日にしては収穫も十分あっただろうと言うことで、今日はもう調査を終え、宿屋へと戻ることにしたのだった。




