作戦と予期せぬ出会い
マコトは宿屋の主人に了解を取って宿の軒先を借り、準備を始める。道着に着替えたその姿は穏やかな町中ではかなり浮いていたが、そんなことは気にしない。地面に煉瓦を縦に二本立て、その上にもう一本煉瓦を平置きした。
「よし、これでいい」
これで準備完了である。マコトは大きく息を吸い、大きな声で通行人へと呼びかけた。
「皆さーん!今から煉瓦割りのパフォーマンスをしまーす!良ければ見てってくださーい!」
通行人たちは急な呼びかけに驚いたようだったが、興味を惹かれた人もちらほらといたらしく、数人がマコトの前へと集まってくる。マコトはよしよし、と心の中で頷いていたが、その後ろではフィメラトが疑念を小さく口にしていた。
「ほんとに上手くいくのかしら」
「まぁ、やるからにはそう信じましょう」
……マコトの言う作戦とは、パフォーマンスで目立つと言うものである。そもそも町長とマコトにあまりに接点がないため、近づくのが難しい。ならばいっそ向こうから見つけてもらって認知してもらい、無理やり接点を作りにいこうというものである。マコトはコソコソ調査するなど性に合ってはいないし、どうせどこかで相手に存在がバレてしまうだろう。それなら先に思い切り目立っておけば、まさか調査に来ている人物とは思わないだろう。……と、ここまでがマコトの言い分であるが、効果の程が不明瞭で希望的観測も混じっているとして、ミレイとフィメラトからの評価は低いという訳である。
「よーし、じゃあ始めますね!」
十分に人が集まったと見て、マコトが構えを取り集中し始める。
瓦割りはパフォーマンスには丁度よい。硬い瓦が割れるだけで面白いし、重ねることで凄さを演出しやすい。しかしこの国の建築様式を見るに瓦は無さそうだった。なので代わりに煉瓦を用意したのだ。普通に割るにはかなり厳しいが、今のマコトにはマギがある。拳を一度すっと下ろし、イメージを固める。そして息を吐いたタイミングで、身体ごと拳を振り上げた。
「せいやぁっっ!!」
撃ち抜かれた拳は置かれた煉瓦を叩き割り、そのまま残心でもって構えを取り直す。あまりに瞬間的な出来事に、観客からは一瞬遅れて歓声が上がった。
「では次は、二枚重ねます!」
間髪入れずに次の煉瓦割りに入る。瓦と違って煉瓦は一枚が厚いので、二枚重ねただけでも見た目の圧が強い。が、今のマコトなら問題ない。先ほどと同じように、集中してからの打ち下ろしで見事二枚抜きを果たす。先ほどよりも大きく拍手が上がるが、まだ終わりではない。
「次は、とっておきを披露します」
煉瓦を一枚置いて、マコトは集中を始める。観客はまた一枚?という反応だ。しかし先ほどまでとは違い、握られていたマコトの拳は開かれ、手刀の形を取っていた。
手刀とは、親指を折り曲げ他の四本の指をまっすぐに伸ばした手の形である。殴打などに使われるが、指で殴ったところで大した威力も出ない上に怪我の危険性がある。よって実際に当てるのは掌にある小指球という部分で、打撃の性質としては掌底に近い。……だがこの世界では、手刀を言葉通りにすることができるのだ。マコトは精神を集中させ、魔力を研ぎ澄ます。深く呼吸をする。吸って、吐く。
(ただ真っ直ぐに振り下ろしても物は切れない。だから刃を……滑らせる!)
マコトは全身を瞬時に伸ばし、その反動でもって腕を振り抜く。その一瞬で煉瓦は見事寸断され、ガラリと音を立てて崩れた。マコトが半分になった煉瓦を手に取り綺麗な切断面を見せると、大きな拍手が巻き起こった。驚いたのは後ろで見ていた二人も同じようで、ミレイは思わずマコトに声を掛けた。
「凄いですね!いつの間にこんなマギを……?」
「料理で包丁使ってただろ?あれで思いついて、こっそり練習してたんだ」
「そうだったんですね……」
感心するミレイにマコトはにっと笑いかけ、それからまた観客の方を向いた。
「では次に、こちらの少女にもパフォーマンスをして貰います!」
「……」
マコトはフィメラトを前へと呼ぶ。フィメラトが真顔のままマコトの横に立つと、観客達は途端に怪訝な顔を浮かべ始めた。その様子を見て、フィメラトは小声でマコトに話しかける。
「……やっぱり、私はやらない方が良いんじゃない?」
「一歩づつだよ、こういうのは」
マコトはフィメラトに優しく微笑みかける。そうしてフィメラトは改めて観客に向き直った。
「そうね……誰か、私の前に来て」
フィメラトがそう呼びかけるも、応える者はいなかった。しばらく待てども挙手はなく、仕方なくミレイを呼ぼうとした時、急に声が挙がった。
「俺でもいいか?」
そう言って観客を掻き分け、前に出てきた人物にマコトは見覚えがあった。蒼い鎧に大きな戦斧。一度会ったのみであるが間違えようがない。バルドだ。
「バルド!なんでこんな所に」
「それはこっちのセリフだよ。まぁそれは後にして、お嬢さんは何をしてくれるんだ?」
「えっと……、見てて」
フィメラトは急に現れたマコトの知り合いに少し慌てるが、すぐに気を取り直したようだった。煉瓦を一本縦に置き、フィメラトは詠唱を始める。
「風よ……。鋭い刃となって抉れ。ウインドカッター」
その風の刃は精密に煉瓦を削り、段々とある姿を浮かび上がらせる。しばらくして完成したそれは、目の前にいるバルドを形どっていた。
「おお、これはすごい。ほら、見てみろよ!」
バルドはそう言って、出来た像を観客に見せる。するとまばらにではあるが感嘆の声が上がり、フィメラトは少しはホッとしたようだった。
……この作戦だが、実はマコトの心の内にだけ秘
めていた第二の意図があった。フィメラトにもパフォーマンスをしてもらって、観客に楽しんでもらう。それで皆の心の壁が少しでも薄くなれば、と考えたのだ。もちろんフィメラトの精神的負担は大きい。駄目だった時のフォローも考えていたくらいだったが、今回はある程度穏便に事が進んでマコトも胸を撫で下ろしていた。
「それじゃあ、もう一人くらい……」
せっかくなので続きを促そうと観客の方に視線を向けた時、遠目に見える少女に違和感を覚えた。くしゃくしゃの赤髪に、クラシックなメイド服。それだけでもマコトとしては見慣れないものだが、マコトの目が捉えて離さないのは全く別の部分……耳だ。獣の耳が頭から生えた少女がそこにいた。その少女は観客の輪から少し離れたところからこちらを見ていたが、そこに駆け寄って手を掴む人影が現れる。その人影もよく見れば青髪に獣耳が揺れていて、メイド服に身を包んでいる。青髪の少女が赤髪の少女の手を引いてその場から離れようとしていた。赤髪の少女が後ろ髪を引かれているようであったのでマコトは声をかけてみようとしたが、何やら急に騒がしい気配が近づいてきた。
「これは何の騒ぎだ!」
その声は大きく響き渡り、観客達はパッと散ってしまう。そちらに顔を向けると、それは怒りながら近づいてくる警備隊だった。最悪のタイミングでの登場に悪態をつきそうになるのを堪えて、マコトは笑顔で応対する。
「何をしている!」
「あー、これはですね。ちょっとしたパフォーマンスを披露していて……」
「パフォーマンス?許可は!」
「宿屋の主人には頂きましたけど……」
「違う、町長の許可だ」
「え、町長に許可を取らないといけないんですか?」
「町内でイベントを行うのであれば当然だろう」
言われてみればそうかもしれない。まさか町長の屋敷へ向かう理由ができようとは、思いがけない話だ。しかし今は取りあえず、この場を収めるため頭を下げる。
「すみません。次からは気をつけます」
「まったく。あまり手を煩わせるなよ」
そう言い残して、警備隊は機嫌悪そうに去っていく。マコトはすぐに亜人の少女達がいた方に視線を向けたが、そこにはもう誰もいなかった。




