新たな居候
フィメラトを背負う帰り道であったが、やはり奇異の目で見られる。マコト自身は気にしていても仕方ないと割り切っている。しかしフィメラトがどう思うだろうかと考えると、自然と足は速まった。そうして家に着くと、店番をしていたミレイが出迎えてくれた。
「お帰りなさい。……その子が?」
ミレイは背負われたままのフィメラトに近づき、挨拶する。
「初めまして!私はミレイって言います。あなたの名前を聞かせてくれますか?」
ミレイはできるだけ柔らかい応対を意識しているようだが、笑顔は少し固い。緊張しているのだろう。フィメラトはどうするだろうとヒヤヒヤしながら見ていると、意外にも素直に挨拶を返した。
「フィメラトよ」
「フィメラトさんですね。これからよろしくお願いします!」
「……あなたたち同棲してるの?私がいても大丈夫なわけ?」
「ど、同棲!?」
まさかの問いかけにミレイとマコトはたじろぐ。すぐにミレイが、マコトは記憶喪失でありそれを心配してのことだ、と説明するも、フィメラトは納得できていないようであった。
「いまいち理由になってないような気がするけど……と言うかマコト。あんた恋人でもない女性の家に住まわせてもらってるの?」
「んんっ、……ん〜〜……まぁ、そうだ」
「とんだ甲斐性なしね……。自分の持ち家もないのに保護がどうとか、良く言えたわねあんた」
「ぐ、ぐぅ……」
境遇からか年齢か、あるいは文化の違いか。遠慮のない言葉をグサグサ刺してくる。それが正論ではあるから、言い返せもしない。マコトは、これから大変になるかもな、などと心の内で思う。しかしながら、まだ続きそうなフィメラトからの口撃はミレイによって遮られた。
「ところで、なんで背負っているんですか?……もしかしてなにか怪我を……?」
「いや、ちょっと色々あって……取りあえずは魔力が少なくなってるだけだ」
「色々?……まぁ、それは後で聞きましょうか。なんにせよ問題ないならよかったです。さ、ここで話すのもなんですから……入ってください」
マコトの発言が気になるミレイであったが、さておき二人を招き入れる。そうしてミレイの家に、居候がまた一人増えるのであった。
〜〜〜
一旦落ち着くために動けないフィメラトを椅子に座らせ、魔力を回復させるための薬をミレイが手渡した。フィメラトは一瞬躊躇したが覚悟を決め、くぴりと口に含ませる。
「ゔぅっ」
「無理せず、少しずつでもいいですからね」
フィメラトが薬の苦さに苦戦する間、何があってフィメラトの魔力が空になったのかをマコトは説明した、のだが……
「なにをそんな無茶してるんですか、あなたは!」
「はい……すみません……」
めちゃめちゃに怒られてしまった。マコト自身は名案だと思っていたものだが、客観的に見れば確かに無茶だったかもしれない。マコトが怒られている最中、視界の端では口を手で抑え密かに笑うフィメラトが見えた。マコトがやり込められるのが面白くて仕方ないらしい。
「まったくもう……。あ、フィメラトさん。飲み終わりましたか?」
「……っ、え、ええ」
ミレイが不意にパッと振り向くとフィメラトは咄嗟に顔を背け、ニヤけた表情を隠す。ミレイは不思議そうにそれを見るが、特に気にせず口を開いた。
「それじゃあまずは、一緒にお風呂に入りましょう!」
「……へ?」
一度逸らされたフィメラトの顔は間の抜けた声と共に、ミレイへと向けられるのであった。
〜〜〜
湯船からすくわれたお湯が一糸纏わぬフィメラトの身体に向かってざばりとかけられる。背後には同じく裸のミレイが居る。拒みはしたものの、結局フィメラトが押し切られる形でミレイとお風呂に入ることになってしまったのだった。
「はい、では洗っていきますよ〜」
「……うぅ」
「汚れを落とすのも勿論ですが、健康状態の確認も兼ねてのことですからね。一石二鳥と言うやつです」
言い分は分からないでもないが、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。逆にミレイは恥ずかしくないのかと聞いてみるが……。
「女性同士で恥ずかしいこともないでしょう。それに、仲良くなる秘訣は裸の付き合いだとも言いますし!」
「私はそんなの聞いたことないわよ……」
こんな調子でノリノリである。一緒に風呂に入っただけで仲良くなるなら苦労はしないだろうと思うフィメラトだが、なんにせよ風呂自体が久々だ。恥ずかしいのさえ我慢すれば、洗ってもくれるようだし悪くはないかと自分に言い聞かせた。
「……んー」
「……どうしたの?何か変?」
「いえ、変ではないですよ」
ミレイは背中を洗いながらフィメラトの身体を観察していた。そして気付いたのだが、思ったより汚れておらず、痩せていない。
「……はい、背中は終わりです。次は前ですね」
「ま、前は自分でやるわよっ!」
「下半身は流石に任せますけど、上半身は洗います。確認することもありますので」
「うぅ〜……」
有無を言わせぬ物言いにフィメラトは怯んでしまい、大人しく上半身を見せる選択をした。あまりのことに目を瞑ってしまうフィメラトとは対照的に、しっかりと観察するミレイ。前を見ても同じく汚れは少なく、外傷も顔の火傷以外にはない事を確認した。奴隷商の元では虐待の類は行われていなかったようだ。洗い終わりもしてミレイとしては取りあえず一安心だが、最後に大事な確認がある。そのため、流石のミレイも前置きを挟んだ。
「さて、フィメラトさん。今から行うのは診断行為ですので他意はありません」
「なによ今更……なにするの」
一呼吸置いて、ミレイは言った。
「心臓の音を聞きます。胸に耳を当てて」
「……は、はぁあああ!?」
フィメラトの叫びは浴室の反響で、より大きく響くのだった。
〜〜〜
フィメラトが叫んでいる頃マコトはと言えば、お昼ご飯の買い出しに出ていた。出かける前にフィメラトに何が良いかと聞いてみると意外にも肉が良いと言うので、良さそうな惣菜屋を見つけてメニューを眺めている。お昼ということで量はそこそこに、簡単に食べれるものがいいだろう。それにフィメラトが思ったより元気なため、胃に優しいものである必要はなさそうだ。しかし肉が良いとは言われたものの、それだけというのも栄養バランスが悪い。と言うわけで豚っぽい肉と野菜の炒めものに決めるのだった。早速店員に注文を頼もうとしたところ……。
「ね〜君。おごってくんな〜い?」
「え?」
急な呼びかけに振り向くと、そこには一人の少女が立っていた。派手めな服装ときれいな銀髪が非常に目立つ。印象としてはギャル、という感じだろうか。
「えーと……俺、ですか?」
「君しかいないじゃ〜ん!面白いね〜」
何か面白いのかはさっぱり分からないが、この少女の放つ独特の空気感に飲まれてはいけないことだけは分かる。少しばかり心に壁を作って応対する。
「……自分で買えば良いのでは?」
「財布忘れた〜」
「じゃあ、取りに帰るとか……」
「家遠い〜」
これはヤバい奴かもしれないと脳内で警鐘が鳴る。出会って絡まれてしまった時点で運がないと諦め、素直に要求を聞いてさっさと退散してもらうほうが良いと判断した。
「……分かりました。あまり高いのは止めてくださいね……」
「えーまじで!?めっちゃ良い人じゃーん!ありがとね!……じゃ~あ~、焼き鳥三本で!」
自分でねだっておきながら中々白々しいが、少女はメニューも見ずに注文を済ませる。カウンターの店員は焼き鳥の注文が入ったことを厨房に知らせてから、次にマコトに注文を促した。
「あ、俺はこの……肉野菜炒め三人前で」
マコトはメニューを指差し注文を伝え、その後支払いを済ませた。待っている間にも少女は、ここの料理おいしーんだよねーとか、おなかすいた~などと、ともすれば独り言かというような中身のない事を口にするので、マコトは適当に相槌を返していた。そうしていると焼き鳥が出来上がったようで、呼び出しがかかる。少女は喜びながら飛び跳ねるようにそれを受け取った。
「ほんとありがとね〜、お腹ペコペコだったんだ〜。この恩は忘れないからー!」
少女は焼き鳥を掲げて去っていく。マコトからすれば忘れてくれて構わない位だが、変に口を挟むのは悪手だろう。黙ってその背を見送り一息ついた。
(……それにしても変な子だったな)
マコトは彼女に対して随所に違和感を覚えていた。しかし特に悪意を感じた訳でもないため、まぁ良いかと考えるのをやめた。それからすぐにマコトが注文した料理が出来上がったことで、あの少女のことは頭の外へと追いやられるのであった。
〜〜〜
その後マコトが家に帰っても、ミレイとフィメラトはまだ風呂から上がっていなかった。フィメラトの髪は長いので丁寧に洗っているのだろう。取りあえずは買ってきた惣菜を机に並べ、取り皿を置く。それだけで机の上は結構狭くなる。それを見ていると、不意に元の世界での食卓を思い出した。
……澄星家では料理は母と父が毎日交代して作っていた。母は煮物や揚げ物が得意で、父は炒め物や鍋物が多かったように思う。とにかく量が作られていたので食卓はいつもいっぱいで溢れそうなほどだった。料理もだが、それに込められた愛情もだ。
「……料理、挑戦してみるかな」
フィメラトは両親を失った。事情は分からないがミレイの親も現状いない。そして自分自身も。今は存在しない温もりの代わりになるように、せめて食卓を温かい料理で埋められたらと、そう思った。……そうは言っても今からは間に合わない。なぜなら、脱衣所の方から声が聞こえてきたからだ。どうやら二人が風呂から上がったらしい。マコトは静かに、二人が食卓に着く時を待つのだった。
〜〜〜
場所は変わってステラヴィルの領主館、その一室である執務室にて事務作業を行っているのはザフィスだ。能面のように微動だにしない表情で街の住人から寄せられた要望書を確認している。そこに突如、軽いノックの音が響いた。
「どうぞ」
「ロマラン、戻りました」
そう言って入ってきたのは、軽鎧に身を包んだ青年だ。整った顔立ちに長い銀髪を揺らめかせている。ゆったりとした動きで執務机の前に立ち、姿勢を正した。
「……ご苦労さまです。報告はありますか?」
「はい、ここに纏めてあります」
ロマランは懐から紙束を取り出し、ザフィスに提出した。ザフィスはそれを受け取り、内容に目を走らせる。
「……命の翼、ですか」
ザフィスはポツリと呟く。命の翼とは、比較的新しめの宗教団体だ。当初の成り立ちは、人亜戦争にて命を落とした者たちの遺族の悲しみを和らげるため起ち上げられたという名目だ。しかし、時が立つにつれ過激な思想が表に出始め、現在では亜人排除を掲げて活動している。その命の翼だが、報告書には最近活動の形跡が見られないと書かれていた。
「……こういう団体が目立たぬようにしている時は……」
「悪巧みをしている、ですね」
独り言のように呟いたザフィスの言葉をロマランが引き継ぐ。ザフィスがロマランの顔に目を向けると、ロマランは爽やかにはにかんだ。が、ザフィスは何も言わず報告書に視線を戻した。
「この件については、軽率な判断はできませんね。周辺の人物の動向は?」
「もう洗ってますよ」
ザフィスがペラペラと紙をめくると、命の翼の集会に参加した著名人何名かの名前が挙げられ、現況や動向が記されていた。そうやって眺めているとそのうちの一人が目に留まる。
「……これは不可解ですね」
「私の出番でしょうか?」
「……新しく契約した冒険者がいます。戦闘能力は確かですが、他の適性は見ていません。彼を試すとしましょう」
「では、私はどう動けばよろしいでしょう」
「この件の補助、そしてこの冒険者の監視をお願いします」
「承りました」
深々とお辞儀をするロマラン。その所作は綺麗なものだったが、ザフィスは眉をひそめていた。息を深く吐きながら、ロマランへと語りかける。
「ところでロマラン。そろそろ気は済みましたか?」
「何のことでしょうか?」
「ロマラン」
ザフィスが圧を込めてもう一度名前を呼ぶと、ロマランは我慢の限界というように笑みをこぼした。
「ふふ……どうだった?部下っぽい振る舞いの僕は」
「強い違和感を覚えましたね」
「酷いなぁ。どんな僕でも僕でしょ?」
おどけるロマランを無視して、ザフィスは仕事の話に戻る。
「……冒険者の名はマコト、風貌は後ほど伝えます」
「あぁ、良いよ別に。もう知ってるから」
「なんですって?」
「あ、驚いた。ふふ……ザフィスも食べる?」
ロマランはそう言って、いつの間にか持っていた焼き鳥をザフィスに差し出すのだった。




