エルフの少女
次の日の朝、一連の日課を済ませたマコトは金貨袋を持って中央広場へと訪れていた。目的はもちろん、奴隷購入だ。広場に足を踏み入れ周囲を見渡すと、目当ての集団はすぐに目に入った。
「おや……?これはこれは。マコト様ではないですか。もしやもうご用意を……?」
「ああ、金は用意できた。あの子を連れてきてくれ」
「おぉ、そうでしたか!ふふ……やはり私の目に狂いはなかったようですね」
マコトが金を渡すと、その金額を確認したヘルビスはにこやかに会釈して、奴隷達の中から例の少女を連れてきた。その少女は顔をしかめて俯いている。奴隷として売られることに納得できるわけもないだろう。
「では改めて紹介を。種族はエルフ。金髪碧眼、齢は14ほど。言葉も通じます。しかしながら、顔に火傷の跡がございます。……間違いありませんね?」
「間違いない」
「ではまず、これが証文です。お持ちください」
マコトはその紙を黙って受け取る。その内容は、この少女を奴隷として保有するという内容であった。こんな紙切れ一枚で人の立場が決定づけられることに複雑な感情を抱くが、今はそれを飲み込んだ。
「次にこちらを」
そう言ってヘルビスは小型の機械を渡してくる。マコトにはその機械に見覚えがあった。
「奴隷が言うことを聞かない場合はこちらに魔力を込めてください。遠隔操作で奴隷が装着している首輪から魔力波が……」
「いらない。首輪を外してくれ」
ヘルビスの説明を遮って、マコトはその機械を突き返す。人を苦しませて無理やり操るための道具など、持っているだけで虫酸が走った。
「しかし……これがないと、言うことを聞かせるのは難しいですし……。大変なことになりかねませんよ?」
「いいから、外してくれ」
「……分かりました」
ヘルビスは貼り付けたような笑顔を、一瞬だけ眉をしかめて崩した。だがすぐに元通りになったヘルビスは少女の後ろへ回り、首輪に鍵らしきものを差す。
「それでは、外しますよ」
カチャリという音と共に首輪が外れる。少女は首元に手をやり、首輪がもうないことを確認した。その瞬間、振り向きながら背後のヘルビスと距離を置き、手を前に構える。
「風よ……打ち貫け!ウインドシュート!」
躊躇なく振るわれたその魔法は、ヘルビスへと到達することはなかった。間にマコトが割り込み、その身体でもって防いだからだ。
「……っ!なによ、あんた……!奴隷だって……?あんたなんかに、黙って買われてたまるかっ!」
「……君と話したい」
「私は話したいことなんてない!風よ……」
「ふっ!」
マコトは再び唱えられるその詠唱が終わる前に、一足飛びで少女に近づいた。少女は驚き、伸ばしていた腕を咄嗟に曲げて身を守るように縮こまる。
「危害は加えない。だけど、魔法を撃つなら邪魔をさせてもらう」
「……っ!」
少女は歯を強く食いしばり、その目は鋭くマコトを睨んでいる。それでも、ガタイの良い男が目の前で立っていればそれだけで威圧されるのだろう。その体は震え、何もできずにいる。そしてマコトの後ろでは、ヘルビスが呆れたように首を振っていた。
「やれやれ、だから言いましたのに。エルフというのは感覚で魔法を行使しますから、若くとも油断はできないのですよ。さぁどうしますか?今ならまだ、首輪の付け直しは無料にしておきますよ」
もう懲りただろう?と言わんばかりだ。だがそれでも、マコトは首を横に振る。
「首輪は要らない。それより、この子の素性を教えてくれ」
「強情ですねぇ。素性など知りません。しかし、私がそれを仕入れる時、家族の類は一緒にはいませんでした。それに加えて顔の火傷を見れば、何があったかはおおよそ想像つくでしょう」
「……っ!私から……全てを、奪って!……許さない、絶対に許さない!」
家族、という単語が出ると更に烈火のごとく怒りだす。ヘルビスが言うように、彼女の家族はもういないのかもしれない。ヘルビスもいい加減頭にきていたのか、少女に言い返す。
「奪ったのは私ではない。お前を買ったマコト様でもない。まったくお門違いも甚だしい。大体、貴方がたエルフは自然と共に生きるなどとのたまうくせに、弱ければ奪われるという自然の摂理には納得がいかないと?自分本位は大概にしてもらおう!」
「こ、の……っ!」
「おい、やめ……!」
「静まりやがれ!何事だこれは!」
突如雷のように轟いた怒声に、その場にいた全員が驚き黙る。その声の主は、ミルドラルであった。
「ミルドラル……なんでここに」
「……奴隷が暴れたのか?誰の奴隷だ」
「俺が買った。今、落ち着かせているところだ」
「お前か、マコト。……落ち着かせている、ねぇ。念の為言っておくが、奴隷が人間を傷つけた場合は即刻殺処分だ。それは理解しているな?」
ミルドラルらしくない冷酷な言葉遣いは、恐らくは少女に言い聞かせるためだろう。少女はびくりと身体を震わせながらも、拳を握りしめている。酷く怯えてはいるが、同時に行き場のない強い怒りが身を焦がしているのだろう。
「誰も傷つけていない。それに、俺が傷つけさせない」
「……そうかい」
ミルドラルは一瞬だけ少女を見て、すぐに興味をなくしたように奴隷商へと声をかけた。
「お前が奴隷商だな?商品を見せてもらいたい」
「おや、ミルドラル様は新しい奴隷をご所望でしたか。いやいや、お見苦しい所をお見せしました。しかし、うちの奴隷は質がいいですよ」
「ほう、そうか。期待させてもらおう」
マコトと少女は用済みとばかりに放置され、奴隷商とミルドラルは二人で他の奴隷を見始めた。……恐らくは、ザフィスが言っていた、奴隷の管理状況の調査だろう。
街中で魔法が放たれたということで衛兵も来ていたが、ミルドラルが場を治めたということで様子だけ見て帰っていった。適当な仕事だとは思いつつも、マコトにとっては都合が良い。マコトは改めて少女と向かい合う。
「……俺の名前はマコトだ。君の名前は?」
「……」
予想はしていたが、教えてくれはしなかった。マコトを睨むその目からは人間に対する強い憎悪が感じられる。……まずはそれを何とかしないといけない。だが、優しくするなどでは逆効果だ。嫌いな者から受ける施しほど、屈辱的なものはない。そこでマコトはある方法を思いつく。その為には街の外にでなければならない。
「歩けるか?」
「……」
これも完全に無視だ。ならば仕方ないと、マコトは少女を抱きかかえた。
「な、や、やめろ!触るな!」
「歩かないなら仕方ないだろ?いつまでもここにいる訳にもいかない」
ジタバタと暴れる少女を抱えて、マコトは街の外へ向かうのだった。
〜〜〜
暴れる少女を抱えて街の中を移動するのは非常に目立ったが、少女が亜人だと分かると街の人達は皆目を逸らした。外へ通じる門を通る際も、他人の奴隷を拉致しているのではと勘違いされかけたが、証文を見せて事なきを得た。そうしてやっと、街の外へと辿り着く事ができたのだった。街からそこそこ離れた平原で、少女を降ろす。ここまで来ると、暴れ疲れて大人しくなっていた。
「……どういうつもりよ。逃がしてくれるとでも言うの?」
マコトは静かに首を横に振り、自身の考えを告げる。
「俺は君を逃がすつもりはない。逃げたいなら……俺を倒せ」
「は、はぁ!?訳わかんないこと言わないでよ!」
「自由になりたいんだろう?俺は手を出さないし、避けもしない。さぁ来い!」
「来い、って……」
マコトの目論見はこうだ。少女に全力で攻撃してもらい、それを全て耐えきる。敵わないと悟れば渋々だろうと現状を受け入れざるを得ないだろうし、なんなら怒りの発散にもなる。要するに脳筋解決法である。
しかしながら、いきなりの状況で少女は困惑している。それはそうだろう、マコトが本意でそれを言っているかなど少女には分からないのだ。だから、マコトは少女の怒りに火をつけることにした。
「……俺は構わないぞ?君が奴隷として俺に奉仕したいって言うのならな……」
「なんですって……?」
思ってもないことを言って心が痛むが、その甲斐あってか少女はやる気になったようだった。
「……そうね。人間のことを理解する必要なんてない。叩き潰せばいいだけよ!」
少女は啖呵を切って、手を前に出す。そうして、詠唱を始めた。
「風よ……打ち貫け!ウインドシュート!」
これは先ほども放った魔法だ。恐らくは空気を圧縮して撃ち込むのだろう。圧縮された空気の放出というものは、その度合いや状況にもよるが生身で受ければ致命傷にもなり得るほどなのだ。
さておき、マギと魔法の違いはまさにここだ。マギは個人が持つ魔力をそのままエネルギーとして使用する。魔法は魔力でもって自然界のエネルギーに働きかける。個人の想像力に技の性質を任せるマギと違って、属性が定められる魔法は安定しており、なおかつ強力だ。もしかしたら、魔力効率もいいのかもしれない。
……だからといって、魔法がマギの上位互換などとは考えていない。無意識に求め、そしてミルドラルが気づかせてくれた新たな技。マコトがたどり着いた答えは、食べる、だ。魔力補充は経口摂取でも可能である事から、魔力を含んだ攻撃自体を食べてしまう事も可能だろうと考えたのだ。正直なところめちゃくちゃな理屈だとは思っている。が、試す価値はあるはずだ。……そして今。まだ名前もつけていない技ではあるが、試すには絶好のタイミングだ。
「食い破れ!」
魔力を用いて大きな顎を形作り、向かい来る風の衝撃波を噛み潰す。
(……ここからだ!)
食べているように見えるだけでは意味がない。食べるとは対象を自分の一部にすることだ。それを強くイメージする。……食事は、ずっと行ってきたことである。それはさして難しいことではなかった。マコトのマギは少女の魔法を飲み込み、そこに含有していた魔力を一部吸収することに成功した。
「よし!」
「……なによそれ……!」
洗練の余地はあるが、攻撃を防ぎながらも使用した魔力を一部回収できる効率のいい防御法になり得るだろう。保有魔力に限界がある以上、魔力を吸収できるのであれば、戦いにおいて優位に立てるはずだ。手応えを掴んだマコトは、更に少女を煽る。
「さぁ、もっと来い!君の気持ちはその程度か!」
「……っ!もう知らない……!どうなったって知らないんだからっ!」
少女は勢い良く手を挙げ、詠唱を始める。
「風よ……悠久を流れる揺らめきよ!大きなうねりとなり、全てを薙ぎ払え……!」
詠唱が進むほどに、風のざわめきが強くなっていく。それは少女の元へと集まり、どんどんと大きく強く吹き荒れる。そして、少女の手が前方へと向けられた。
「ストームブラスト!」
その強大な暴風は全てを吹き飛ばしながらマコトへと迫る。マコトは深く腰を落とし、吹き飛ばされないよう前傾姿勢を取る。流石に新技のテストなどとは言っていられない。魔力を前方に分厚く纏わせ迎え撃つ。そして、接触の瞬間が来る。
「……っ!ぐ、うぅぉおお!」
……それはさながら、凝縮された大嵐だ。通り過ぎた場所には何も残さない……そんな自然の暴虐を、マコトはその身で受け止める。凄まじい重圧がマコトを襲うが……耐えられる。魔力の扱いにも十分に慣れ、対応できているのだ。次第に嵐の奔流は弱まり、ついには過ぎ去った。全力を使い果たしたのであろう少女は、ぺたりと座り込んでしまっている。対照的に余力を残したマコトは、少女の眼前に立ちはだかった。
「なかなかの魔法だったな。これで終わりか?」
「なによ……なんなのよあんた……」
声を震わせ怯えを見せる少女に、マコトは膝をついて目線を合わせる。
「さっきは煽る為とは言え失礼な事を言ったが……本当の目的は君の保護だ。俺一人も倒せない今の君では、この街も、そして外も危険だ。奴隷扱いなんて決してしない。信じてくれないか」
頃合いだと見て、マコトは真摯に語りかける。だが理屈を並べ立てても少女は納得せず、また怒り出す。
「勝手なことばかり言って!人間なんかに飼われるくらいなら、死んだほうがマシよっ!」
少女は声を荒げ、感情の高ぶりからかその目からは涙が溢れる。その言葉を聞いたマコトは俯いて唇を噛み、改めて顔を上げる。その表情には悲しみが浮かんでいた。
「死んだほうがなんて……そんなこと、言うなよ……」
「……なんで、そんな顔するのよ……」
マコトにつられてか少女もトーンダウンし、両者口を閉じる。そうして静かになった場で、先に声を挙げたのは意外にも少女の方であった。
「……フィメラトよ」
「えっ?」
「あたしの名前!フィメラト!」
名前を教えてくれた。その歩み寄りに感動したマコトは喜びを隠さずその名前を呼んだ。
「フィメラト……フィメラト!」
「連呼するな!……あんたはマコト、だったかしらね」
「そう、マコトだ!」
「言っとくけど、敬称とかつけないし、ご主人様呼びなんて以ての外なんだからね!」
「ああ、それでいい!」
「……喜びすぎでしょ。なんか犬みたい」
「えっ!?」
思わず狼狽するマコトを見て、少女はクスリと笑った。初めて見るその笑顔はとても可憐で、この笑顔を絶対に守らなくてはと、マコトは決意するのだった。
「ところで、立てるか?」
「魔力使いすぎて動けないわ」
「……そうか」
若さ故の向こう見ずか、感情が高ぶると後先を考えられなくなるようだ。先行きに不安も感じるが、取りあえずはフィメラトを背負って家へと帰るのであった。




