黄金の雫亭にて
ディモリィの素材回収の見届けはザフィスに任せることとなった。曰く、
「ここであなた達のすべきことは終わりました。もう帰っていいですよ」
とのことだ。何から何まで任せっぱなしで良いものかと思いつつも、ミルドラルが待っているというのもあったので、その言葉に甘える事にしたのだった。
マコト達はギルドから出て、ミルドラルが向かった酒場……黄金の雫亭へ来ていた。前回のような外からでも分かる大騒ぎはしていないらしく、また中に入っても静かなものだった。内装的には、バーのような落ち着いた空間である。その奥の座席に二人はいた。
「今日は静かに飲むんだな、ミルドラル」
「あぁ?……マコトか。流石の俺でも、あんな無様を晒した後に騒ぐ気にはなれねぇよ」
「無様、か……」
マコトは静かにテーブルにつく。その隣にミレイが会釈をしながら座った。そのまま注文もせずに、マコトは話し始める。
「無様と言うなら俺の方だ。あんな内容で勝ちだなんて……笑えるよ」
「なんだ、納得いかねぇか?」
「……俺は負けていた。最後の瞬間に立っていたのはあなたで、地に伏していたのが俺だ。あの決闘を見て、俺の勝ちだと思う人なんていない」
マコトは悔しげに歯を噛みしめる。ミレイはそんなマコトを心配そうな顔で見ているが、ミルドラルは反対に笑っていた。
「くっくっ、青いな、マコト」
「……茶化さないでくれ、俺は本気で……」
「本気だろうと分かっているから言うんだ」
ミルドラルはコップに残っていた少しばかりの酒を一口で飲み干し、店員を呼ぶため手を挙げる。
「おぉい、注文を頼む。マコト、お前も飲め」
「酒は……」
「分かってる。口を湿らす程度でも良い。一種の儀式みてぇなもんだ……」
ミルドラルは自身にウイスキーを、そしてマコトにはエールと水を頼み、メニューをシノに預けた。シノはミレイと相談しながら注文するようで、二人でメニューを覗き込んでいる。それを横目に見ながら、ミルドラルはテーブルに身を乗り出した。
「親でもねぇのにお節介かもしれねぇが、俺はお前を気に入った。だから忠告しておく。そんなんじゃあ何もかもを失う。……命もだ」
「なっ……」
急に飛び出した不穏当な言葉に、返答に詰まる。ミルドラルの顔は真剣そのもので、冗談で言っている訳でも無さそうだった。
「勝てても失えば意味がねぇ。くだらねぇ考えは今すぐ捨てて、大事なもんだけ握りしめろ。さもなけりゃ……零れ落ちていくんだ。掌の上からな」
「大事な、もの……」
ミルドラルにどこか鬼気迫るものを感じ、マコトは気圧される。一瞬の沈黙が流れた後、ミルドラルは乗り出した体をぱっと起こした。
「ま、後はそっちで考えときな。長々と説教なんざ、つまらねぇ。酒の席でする話じゃねぇからよ」
「……ああ、分かった」
「と、ところで、話があるって事でしたけども」
注文も終えて横で静かに聞いていたミレイが尋ねる。それを聞いてミルドラルは思い出したように膝を打った。
「ん?ああ、そうだ。シノについての話をしておこうと思ってな。状況的にも丁度いい」
「そう言えば決闘の前、教えてくれると言っていたな」
マコトはシノの方をちらりと見るが、特にこれと言った反応もない。マコト達を信用している……と言うよりはやはりミルドラルを信用しているのだろう。その理由も聞けるかもしれない。マコトはそんな事を考えていたが、ミレイはミルドラルの言葉に一部違和感を覚えたようだった。
「その、丁度いいと言うのは?」
「……今後お前達は、見たくもねぇものを見ることになる。その予習だ。まぁ安心しろ。俺は長ったらしい昔話も嫌いだからな!」
何を安心すればいいのかは良くわからないが、話の内容は気になるものである。マコトとミレイは少し身を強張らせながら耳を傾ける姿勢に入った。
「じゃあシノ、頼めるか」
「はい。では改めて、自己紹介を致しましょう。私はシノ。種族は、有翼人です」
「バーディアン?」
「背に翼を持つ亜人ですね。大きな翼で空を飛ぶ姿に、神秘的ななにかを見いだす人もいたとか」
聞き慣れない単語であったが、ミレイの補足によってなんとか理解できた。だが、やはり解せないことが一つある。それを察したようにシノは言う。
「気になるのでしょう。私の背に翼が見えないことが。当然です。私は翼を持っていません」
「……それは、なぜ?」
「私の翼は亜人狩りに奪われました」
淡々と、何でもないことのような声色でシノはそう言った。もしかするとショックを和らげるための配慮であったのかもしれない。それでもその内容は、話を聞く二人の息を呑ませた。
「私達の集落は亜人狩りに襲われました。皆で戦いましたが……不意を突かれたのもあり、力及ばず敗れ、捕まり……。そして私の翼は、捕まってなお反抗する意志を持つ、私の仲間たちへの見せしめとして、落とされたのです」
「……あの、……その」
マコトには掛けるべき言葉が見あたらない。どんな言葉も軽くなる気がしたが、それでも何か言ってあげたかった。しかし口を動かしてみてももごもごと詰まってしまう。それを見かねたのか、シノからフォローが入った。
「ご心配いただきありがとうございます。もう昔のことですし……ミルドラル様がいてくださるので、私は大丈夫ですよ」
逆に気を遣われてしまい、情けなさから顔を俯ける。それを見てか、シノは微笑んでいた。
「話の続き……つってももう終わるが、その後俺が亜人狩り共を叩き潰したって訳だ」
「え?その、経緯とか、お二人の関係はどのような……?」
「……そこは別に重要じゃねぇ」
詳しい経緯をミレイが聞くと、ミルドラルは露骨に目を逸らす。そこにシノが割って入った。
「“俺がお前の翼になる"……そう言ってくださいました」
「シノ!」
「あの言葉のおかげで私は生きているのですから。恥ずかしがらないでください」
「それは、……そうかもしれんが」
重たい話だと言うのにいきなり惚気が差し込まれ、マコト達はどんな顔をすればいいのか分からない。が、とにかく過去の事は乗り越えているらしい。煮え切らない態度だったミルドラルは、溜息をつくと口を開いた。
「……要点だけだからな。魔獣の討伐依頼で致命傷を負った俺は、シノに助けられた。シノの口添えで集落とも交流できた。そして襲撃があり……。生き残った他の有翼人は新たな安息地を求めて旅立った。翼を失ったシノはそれにはついていけねぇ。だから俺が連れて行った。さぁこれで満足か!?」
半ばヤケクソの早口で語るミルドラルを、シノはニコニコしながら見ている。微笑ましさを感じながらも、もう一つだけ確認しておきたいことがあった。
「シノさんが奴隷だと名乗っているのは、波風を立てないためってことか?」
「そうなりますね。そこはザフィス様の入れ知恵になりますが」
「ザフィスが?」
「ザフィス様には色々とお世話になりましたので」
シノがそう言うと、ミルドラルは途端に不機嫌そうな表情を見せる。
「シノを守るためだとは分かっちゃいるが、……奴隷を名乗らせるのだけは気に入らねぇ」
「私の為に怒ってくれて、嬉しいですよミルドラル様」
「茶化すな、全く。……話が逸れたな。要するにこれから人間のクズ共と相対していくことになる。その覚悟はしておけってことだ」
「……ああ」
話はまとめに入ったが、マコトは先ほどのミルドラルからの忠告を思い出していた。勝てても失えば意味がない……。例えば……アーマードベアと戦った時、ミレイが死んでしまっていたら?その可能性は十分あった。それが現実になっていたら、一生後悔し続けただろうとマコトは思う。それを思えば、勝負の内容がどうだなどということを気にしているのは、なるほど、確かにくだらない考えだろう。握りしめるべき大事なもの、その優先順位についてきちんと考えなければならないと、そう強く思うのだった。
「さて、後話すことは……お、来たか」
注文した酒と料理が運ばれてくる。ローストビーフ(牛を使っているのかは知らないが)やカプレーゼ風の料理など、適当に摘めるようなものが並べられる。それからお酒がそれぞれの前に置かれた。マコトがミルドラルの様子をうかがうと、ミルドラルは目の前のコップを手に取り、琥珀色の液体を揺らした。
「こっちが話してばかりだが、もう少し付き合ってくれ。……冒険者ってのはよ。基本的に連帯しねぇ。ひっそりと……誰の記憶にも残らずに死んでいく奴もいる。だがよ、それじゃあ寂しすぎるじゃねぇか」
語るミルドラルはひどく切なげで、彼にはあまりにも似つかわしくない表情を浮かべていた。
「それでも、酒を飲めば一緒に騒げる。酒は、孤独な冒険者を繋げてくれるんだ。……そんな訳で冒険者の間では、一緒に酒を飲むことを仲間の証としている。お前の事は忘れねぇってな。付き合わせて悪いが……飲んでくれるか」
……今日の話で、ミルドラルの感情が沢山見えた。化け物じみた強さで何もかもを吹き飛ばすかのような豪傑……それはミルドラルの一側面でしかない。こうして話してみれば、結局は普通の人間なのだ。そんなミルドラルの想いには寄り添いたいと思う。だからマコトは、エールの注がれたコップを手に取り言った。
「初めての酒だ。絶対に忘れられないな」
「……フフ、そうか!そんじゃあ……乾杯だ!」
ミルドラルの乾杯の音頭によって各々のやり方でコップを掲げ、酒を口に運ぶ。マコトが口にした初めての酒は苦みの中にかすかな甘みもあり、その不思議な味わいは口内に残り続けた。
〜〜〜
その後しばらく、マコトは慣れない酒をちびちびと舐めながら、料理に舌鼓を打っていた。その横ではミレイが、量を抑えながらも飲酒を楽しんでいるようだった。
「ミレイは前みたいに飲まないのか?」
「飲みません!」
どうやら前回飲み過ぎたのを気にしているようだった。そのやり取りを見るミルドラルとシノは愉快そうだ。
「そうだな、控えめにしておけ。俺の持ち金が消えちまうからな!ガッハッハ!」
「ミルドラルさん!それ私のせいだけじゃないでしょう!?」
「……今日も奢ってくれるのか……?」
「酒代だけだ。お前のそれは洒落にならねぇ」
「ミレイ様。あなたが楽しそうに笑う姿、私は好きでしたよ」
「うっ……いや飲みませんからね!」
前の酒盛りとはまた違う、和やかで楽しい時間が流れていく。そんな中、ミルドラルが思い出したようにバン、と机を打った。
「そうだ、もう一つ話すことがあったな。マコト。決闘の最後の時、自分が何をしてたか覚えてるか?」
「最後……って言うと、神槌に押し潰されてる時か?いや……半分気絶してたような状態だったからあまり覚えてないけど……」
「ほお、無意識か……。なら、起こった事実だけ伝えとくとするか。あの時、俺の神槌が不意に軽くなったんだ」
「軽く?俺が何かしたってことか」
「恐らくな。何をされたのか……俺の中で想像はついているが、それを言ってお前のイメージが歪んじまっちゃあ良くねぇ。あの土壇場で何を考えていたのか、思い返してみても良いと思うぜ」
「何を考えていたのか……」
とにかく魔力を求めていたことは覚えているが、それが神槌にどう影響を与えたのかは全然想像がつかなかった。頭を捻らせながらも、マコトは料理に箸を伸ばし口に運ぶ。そうしてしっかり咀嚼して飲み込んだ。そこで、マコトはあることに気づく。
「……まさか」
「何か分かったんですか?」
「ああ……いや、もしかしたらの話だ。でも、そうか……」
思いついたことで頭がいっぱいのマコトであったが、それでも食事の手は止めないでいる。
「まったく、食い意地が張ってやがるな……」
そんなマコトの様子を見て、ミルドラルは呆れたように笑うのだった。




