騒がしいギルドと素材取引
「話が上手くまとまったんなら、そろそろ酒でも飲みに行かねぇか?」
マコトとザフィスが協力の合意を示す握手をしている横で、真っ先に声を挙げたのはミルドラルであった。長話にはもう飽きた、と言わんばかりの態度だ。このような堅苦しい場を好まないのはミルドラルらしいと思える。ザフィスはため息をついてから握手を解き、ミルドラルに淡々と告げた。
「私は当然行きませんし、マコト達には今日片付けるべき用件がまだあります。残念ながらね。とはいえ、ここからはあなたには関係ありません。あなたがたは酒場に向かうとよろしいでしょう」
「そいつは助かるな。シノ、どこが良い?」
「黄金の雫亭などはいかがでしょう。お酒の種類が豊富です」
「そこにしよう。マコト!用が済んだら来い!……話したいこともあるからな」
ミルドラルはそう言い残し、シノとともに部屋を出る。ミルドラルが出ていった部屋は一瞬静まるが、ザフィスが呆れたように口を開いた。
「まったく騒がしい。仕方ない男です。……そういえば」
開け放たれたままの扉をネスティレが閉め直しているのを見て、ザフィスはとあることに気づいたようだ。
「ネスティレの紹介をしていませんでしたね。ネスティレ、こちらに」
ネスティレはその呼びかけに即座に反応し、素早くザフィスの横に立った。
「では改めまして。彼女はネスティレです。種族はダークエルフで、私の秘書をしてもらっています。ネスティレ、挨拶を」
「よろしくお願いします」
淡々と挨拶するネスティレ。思えば声を聞くのは初めてだったが、そこに抑揚はなく冷たさを感じさせた。
「……少し口下手ですが、とても優秀な子です。私からもよろしくお願いしておきます」
ザフィスに褒められたネスティレは少しばかり顔をうつむかせ、顔を赤くしている。どうやら照れているようだ。喋りが苦手なだけで、感情表現自体は豊かなのもしれない。
「さて、挨拶も済んだことですし行きましょうか。ネスティレは留守を頼みますよ」
「え、どこへ?」
「……あなたが討伐したアーマードベアの元へ、ですよ。」
ザフィス達はマコト達に背を向け、改めて扉に手をかけるのであった。
〜〜〜
冒険者ギルドには素材管理庫が存在している。素材の納品依頼などで一時的に預かる必要があるためだ。どうやら、アーマードベアの素材もそこに保管してもらっているということらしい。ギルドまでは5分から10分程度といったところだが、その道中をただ黙って歩くだけというのもなんなので、マコトは気になっていた疑問をザフィスにぶつけてみることにした。先頭を歩くザフィスの横に並び、小声で話しかける。
「ザフィスは、どうして亜人との友好を望むんですか?」
「……亜人にどう対応するかは喫緊の課題です。友好か敵対か。そのどちらにせよ、争いの火種をどう断つかという話でしかありません。……が、敵対では新たな火種を生みかねないと考えています」
「新たな火種……」
「亜人に向けられた排斥の感情が、他の者に向けられない保証はないということです」
リスク回避を第一に考えるのはザフィスらしいと思える。排斥を良く思わないこともだ。
「もちろん他にも理由はありますが……今話すことでもないでしょう。もうしばらく歩きますが、他に聞きたいことは?」
「うーん……奴隷制についてどう思ってるか、ですかね」
「歩きながら話すのに適さない話題ばかりですね……。まぁ良いでしょう。手短にお答えします。奴隷制は現在の情勢においては必要な制度だと考えています」
「えっ、それはなぜです?」
予想外な答えに戸惑ってしまうマコト。しかし、ザフィスの顔が険しくなっている事に気づいた。
「奴隷制度は、亜人を殺さない理由になり得ます。一種のセーフティネットとして機能はしているのです。しかし、とても歪な形での保護ですから、その負担は結局奴隷にされた亜人に降りかかります。良い制度、とは口が裂けても言えませんね」
「国が保護することはできないんですか?」
「国民と亜人双方の納得が必要になります。しかし断絶が解消されないままでは交渉すらも現実的ではありませんから。……なかなか難しい話なのですよ」
きっとマコトには想像もつかない世界で戦っているのだろう。疲れたように言うザフィスを見てマコトはそう思った。
「さて、そろそろ着きますよ。素材をどうするかも考えておくことです」
「……そうですね」
心にもやもやを残しつつ、アーマードベアの素材へと考えを移すマコトであった。
〜〜〜
ギルドに到着するとザフィスはなにやら人を呼びに行った。その間、マコトとミレイはロビーで待つことになったのだが……。
「なぁマコト。お前は高い実力を持っているようだが、調子には決して乗るな。強さだけが冒険者の優秀さを示すわけではないんだからな!」
「……はぁ」
思い切り絡まれていた。バルドと名乗ったこの男、蒼の全身鎧に大斧を背負っている。豪快そうな見た目とは裏腹に非常にくどい説教だ。冒険者とは何たるかを熱心に語っているが、マコトはそれをまじめに聞くべきか疑問に思い始めていた。そんな中、不意に割り込む声があった。
「はいスト〜ップ。そこまでにしときな〜?男の嫉妬は見苦しいんだから」
なぜか聞き覚えのあるその声の方に目を向けてみると、これまた見覚えのある顔である。決闘の実況を担当していたノーヴェだ。
「しっ、嫉妬ってなんだよ!そんなのしてねぇよ!」
「えー?バルドってミルドラルの大ファンじゃん。マコトが酒場でミルドラルと同席したって聞いて羨ましがってたくせにー」
「そ、そうなのか?」
「ぬぬ……そ、そんなことはどうでもいい!とにかく、俺は認めない!ミルドラルさんは負けてないんだからなっ!」
バルドはそう言い捨てて、この場から離れていった。なるほど、ミルドラルのファンというのは本当らしい。
「悪い人じゃないんだけどねぇ。ってかあたしも挨拶まだだったよね。どもども、冒険者のノーヴェちゃんでーす!」
明るいノーヴェの挨拶に対してマコトとミレイも笑顔で自己紹介を返した。
「それにしても……冒険者だったのか」
「そうなんだよぉ。金級なんだからね?実はすごいんだよ、あたし!そんなことより、まさかこんな実力者が隠れていたとはね!どこから来たの?何歳?ミレイちゃんは彼女〜?」
「か、彼女!?」
ミレイは声を挙げて動揺する。なんならマコトも動揺したが、表には出さないよう努めた。
「いやっ、……そういう関係ではないよ。ミレイは恩人だから」
「そ、それを言うならマコトさんだって私の恩人ですよ!」
「……ふーん?」
そんなこんなで話していると、ザフィスが女性を連れて現れた。長い髪を後頭部でまとめた所謂ポニーテールを揺らしている。つり目がちな表情と上がっている口角が、彼女が自信に満ちていることを窺わせた。胸元を着崩したシャツにタイトなズボンを履いており、スレンダーな印象を受ける。
「随分賑やかですね」
「そらここはそんなもんやでなぁ。アホばっかりいよるから!お、ノーヴェちゃんや〜ん!相変わらず騒がしゅうしとるんかぁ?あはは!」
ノーヴェはにこやかに手を振って呼びかけに応えていたが、マコトは面食らっていた。お淑やかそうに見えていたわけでもないが、それにしたって随分無茶苦茶な口を聞く女性だ。ここまで我が強い人物にしか出会ってない気がするが、冒険者はそのくらいでないと生き残れないのかもしれない。
「お、あんたマコトか!いやー見とったで!決闘!ミルドラル相手にあんだけ戦えるなんてなぁ!お?なに、隣のかわええ子は彼女?」
「かわいい……彼女……」
ノーヴェと同じくグイグイ来るが、聞いてくることまで同じとは。いい加減うんざりしそうだが、そのタイミングでザフィスからの助け舟が入った。
「まずは自己紹介をしてはどうですか?このままではあなた自身が、あなたの言うアホの一人になってしまいますよ」
「お?おお、せやせや。うちのこと知らんやつとかこの街におらんから忘れとったわ!」
その女性は背筋を伸ばし、胸元に手を当てながら自己紹介を始めた。
「うちの名前はランや!この冒険者ギルドのギルドマスターやっとる!よろしゅうな!」
「ギルド……マスター?」
マコトのイメージでは、組織のトップというのはもっと思慮深いであるとか落ち着いている、それこそザフィスのような人物が務めるものだと思っていたが、目の前の人物はまるで真逆の印象だった。
「あー!うちのことそれっぽくないと思っとるやろ!目ぇ見たら分かんねんからな!」
「え、す、すいません」
「まぁまぁランちゃん。私は最高のギルドマスターだと思ってるよ!」
「いやほんま、そう言ってくれるんはノーヴェちゃんだけや〜!」
謎の寸劇を目の前で見せられて、どうすれば良いのか全く分からない。ちらりとザフィスの方に視線を向けてみると、顔をしかめながら眉間に指を当てていた。それを察知したのか、ランは懐からなにやらカードを取り出しマコトに手渡した。
「さておき、ほれ。受け取りぃ」
「これは……」
見たところ、冒険者証のようであった。どうせギルドに寄るということで、ザフィスが手配してくれていたのだろう。ありがたく思いながら見てみると、そこにはマコトの名前と、金級という文字が刻まれていた。
「……え、金級!?」
驚きで思ったより大きな声が出てしまったらしく、ギルド内がざわついた。ランはそんな状況を全く気にせず、指を立てて理由を説明する。
「あんたとミルドラルの決闘はうちも見とった。まぁー、あんなお遊びで認定っちゅーのもどうかとは思ったけど……ミルドラルに奥の手まで出させたんは事実やしな。遊ばせとくんも勿体ないし特別や!ちゃーんと感謝して、これからギルドに貢献しいや!」
「は、はい、ありがとうございます」
マコトはペコリと頭を下げる。ランクは機会が得られた時に上げていけば良いと思っていたが、まさかの話だ。
(……それにしても……)
マコトはミルドラルに対して改めて尊敬の念を覚えた。話している分にはただの豪快おじさんだが、周囲からの信用が非常に厚い。それだけ積み重ねてきたのだろうと思う。そのように彼の旅路に思いを馳せていると、ランは癖なのか身体を大げさに動かしながら話を続けた。
「うんうん!期待しとるで!……んでもって、素材管理庫やっけ?素材屋ももう着いとるし、あんま待たせたら悪いからさっさと行ったり!」
「あなたがそれを言いますか……まぁ良いでしょう。行きましょうか、お二人とも」
「ああ……。それじゃあ、また」
「し、失礼します……」
「あ、ちょい待って!」
そう言って引き留めたノーヴェはミレイの耳元で何ごとかを囁く。それを聞いたミレイは目を見開いてノーヴェを見るが、ノーヴェの表情は変わらず笑顔であった。
「次会ったら一緒飲もうねー!それじゃばいばーい!」
「ほんならな!」
手を振るノーヴェとランに見送られながら、マコト達は素材管理庫へと足を運ぶ。ミレイはノーヴェを気にしながら、ついていくのだった。
〜〜〜
マコト達がザフィスの先導についていく中で、ミレイにノーヴェが何を言っていたのか軽く聞いてみた。だが、ミレイの歯切れは悪い。
「いえ、その……少し考えたくて」
「あ、ああ、そうか」
ミレイが思ったより真面目な表情をしていたため、食い下がるのはやめておいた。なので、もう一つ気になっていたランの強烈な訛りに話題を移して話す内に、素材管理庫に到着した。入り口の前には男が一人佇んでおり、ザフィスはその男に声をかける。
「すみません。遅くなりました」
「おぉ、来たかぁ」
男は声に反応してこちらに振り向いた。背こそ高くないものの、かなりガタイが良い。その筋肉質な身体をパツパツのシャツで包み、その上にくすんで汚れたエプロンを身に着けている。
「来ていただきありがとうございます」
「なぁに、久々の大物よぉ。このくらいサービスだわなぁ!……おや、あんたがマコト君だなぁ。オレはディモリィ。解体業と素材屋を兼業しとるよぉ」
「はい、マコトです。よろしくお願いします。そして彼女は……」
「ミレイです。よろしくお願いします」
「よろしくなぁ!敬語なんぞいらんから、気楽に接してくれやぁ。今日は素材の質やらの説明と、場合によっては買い取りってことだでなぁ。んじゃ見てみるかぁ!」
扉の横には詰所が設けられており、ザフィスが担当の職員とやり取りして管理庫の扉は開けられた。入ってみると中央に大きめの机があるだけの殺風景な部屋だ。そこに職員が素材を持ってきて机に並べ始める。まず爪が十数個。重そうに運んできた複数個の箱には冷凍された肉。そして最後に、巻かれた毛皮が机に大きく広げられた。
「ほれぇ、見てみぃ!この毛皮を!」
「わぁ……綺麗ですね……」
ディモリィは毛皮を見るよう促してきた。それに従い近づいて見てみるが、その毛並みは黄金色に輝くようであり、ミレイも感嘆の声を挙げていた。
「いやぁ、アーマードベアを丸々一頭解体すんのは中々骨が折れたわなぁ。でけぇわチクチクするわ。だがこれ見りゃ苦労の甲斐があったってもんだわなぁ」
森で会ったときは泥などで汚れていたにしても、ここまで綺麗になるとは思っても見なかった。こういったものにさしたる興味がないマコトでも、見惚れるほどだ。
「アーマードベアの毛には魔力が含まれとるでなぁ。丁寧に整えてやれば輝き出すんよなぁ」
ディモリィの説明を聞いて、マコトとミレイは改めて感嘆の声を漏らす。そんな中、遠巻きに見ていたザフィスが口を挟んだ。
「毛皮の鑑賞は程々にして、話を進めませんか。私も暇というわけではありませんので」
「なんだぁ、ツレないんだのぉ」
ディモリィはからからと笑い、事務的な説明に移る。
「まず素材だが、見ての通り毛皮はこんな感じだわなぁ。爪は欠けてたりすんのもあってなぁ、綺麗に取れたのは大きいのから小さいのまで合わせて15個程だぁ。魔よけのお守りにもってこいよぉ。けれども、牙はなんだか知らんが粉々だったわなぁ。まったく惜しいことよなぁ」
ディモリィは口をへの字に曲げている。思い当たる節のあるマコトとミレイは、とある大槌使いを思い浮かべて苦笑する。
「次に肉だがなぁ……内臓は一部爆発しとるし、血抜きは遅かったしでどうしても価値は低くなるわなぁ。しかし、あんまり出回らんアーマードベアの肉だもんで、それだけである程度の価値は担保されよるだろうよぉ。さぁ、どうしおるねお二人とも」
一通りの説明を終えて、ディモリィはマコト達を見た。しかしながら、どうすると聞かれてもマコトはそういった取引などには詳しくない。なのでその辺りの細かい点をまず確認する。
「例えばこの爪を加工してアクセサリーにしたい時はどうすればいいんだ?」
「そうさなぁ。持ち込みでやってもらうにしろ飛び込みではなぁ。何ならオレが仲介するよぉ?」
「そんな、良いのか?」
「もちろんよぉ!……仲介料は貰うけどなぁ!わはは!」
愉快そうに笑うディモリィ。しかし、だとしてもありがたい申し出だ。そもそもマコトにはどの店でやってもらえば良いのかすら分からないのだ。さておき、見通しは立ったので改めて素材別に扱いを決めていくことにした。
「とりあえずお肉は処理が難しそうですし、全部売却でいいと思います」
「そうだな。爪は……せっかくだし2個……いや、3個ほど見繕ってアクセサリーにしてもらおうか」
肉と爪の扱いはわりとあっさりと決まったが、問題は毛皮だ。マコトとミレイは顔を向き合わせ相談する。
「こんなに良い毛皮をただ売ってしまうと言うのもなんだか勿体ない気がしますね」
「ちなみにアーマードベアの毛皮はよぉ、その毛の頑丈さから外套なんかに使われることが多いぞぉ」
「なるほど……防具が買えていないから、この毛皮で作るってのもありだけど……」
マコトはこの毛皮でできた服を身をまとった自分を想像してみたが……成り金か、あるいは山賊か。何にせよ似合う気はしなかった。防具に見た目を求めるのもどうなのかという気持ちもあるが、悪目立ちはしたくない。うーん、と唸ってマコトは考える。どのような形に仕立ててもらうかも悩みどころだが、もう一つ重要なこともある。なので試しにディモリィに聞いてみることにした。
「……この毛皮なら、何人分の服が作れるんだ?」
「んん?そうさなぁ……断言はできんが、しっかりしたものなら2着には少し足りないぐらいかねぇ」
「なるほど……。それなら……」
マコトはそれを聞いて思いついた事をミレイに耳打ちする。それにミレイも賛同してくれたので、毛皮をどうするかも無事に決まった。
それから売るものと加工を頼むものとを分けると、ディモリィは少しばかり時間をかけて買い取り金額を算出し、マコト達に伝えた。爪12本と肉で合わせて6500リュミルを提示されたが、マコトには素材の相場なんてものは全く分からない。しかしディモリィはザフィスが選定した人物であるのだから、信用してその取引に頷くことにした。
加工を頼む爪3本と毛皮は一旦ディモリィに預かってもらい、後日準備ができ次第一緒に持ち込みに行くこととなった。結果的に素材のすべてをディモリィに持ち帰ってもらうことになったため、ディモリィは自身の工場の場所をマコトたちに伝えると、運搬用の人手を呼びに行くのだった。




