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星に願いを、異世界に拳を  作者: シンゲン
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目覚め

ぼんやりと揺らぐ意識。

それはまるで水の中を揺蕩たゆたうような感覚。

遠くぼやけて聞こえるのは、……女の子の声。


「…………ぃ……」


なにか、言葉を紡いでいる。

とても遠くのような、すぐ近くで。


「……ぉ……ぃ……」


それはひどく切ない響きで、聞いているこちらまで悲しくなりそうなほどだ。

大丈夫だよ、と言ってあげたくて口を動かそうとしても、体は言うことを聞かない。

そうしているうちに、闇の中へ引きずり込まれる感覚が襲ってくる。駄目だとわかっているのに、それは抗いがたい誘惑となって誠の手を引く。


……その時、ぽたり、ぽたりと頬に冷たいものが落ちた。その感触で、霧散しかけた意識が急速に身体へと収束する。

泣いている……。女の子が泣いている。誠がそう気づいたとき、その声ははっきりと聞こえた。


「お願い……、目を覚まして……!」


どうやら眠っている場合ではないらしい。誠は身体に血が巡るのを感じていた。

それでもまだまだとぼけた身体に喝を入れるため、大きく息を吸った。それから思い切り吐こうとして、……思い切りむせた。


「ぐっ……ゲホッ、ガハッ!」


「あ、ああ!大丈夫ですか!ゆっくり、ゆっくり呼吸をしてください!」


いきなりむせたものだから女の子も慌てた様子だったが、落ち着かせるように胸に手を当て、声をかけてくれる。その声に従いゆっくりとした呼吸を意識するも、なかなか上手くいかない。


「ガッハ! すぅー……ゴホッゴホッ!はっはっ……。すぅー、はぁー、ゴホッ!」


時間をかけて落ち着かせていく。数十秒の後、ようやく呼吸も落ち着き、意識も明瞭になる。自分の感覚を取り戻したと実感する。


そうしてやっと、その目を開いた。


「良かったぁ……!生きててくれて、本当に良かった……!」


最初に映ったのは、女の子だった。背中しか見えなかったから確かではないが、状況的には先ほど車道に飛び出した子だろうかと思う。真っ赤に腫らした目を、それでもまだ潤ませている。

誠には、自分が死ななかったことを喜んでくれているらしい彼女に、一つ伝えなければいけないことがあった。さっきは言えなかった言葉。


「君が無事で、良かった」


その子は一瞬驚いたような顔をして、それから……涙とともに、笑った。


〜〜〜


意識がはっきりしてきたことで、体の感覚も取り戻されてくる。その過程で、誠は一つの事実に気付く。それは、体がめちゃくちゃ痛いということだ。


車に轢かれたんだからそりゃそうか、とも思ったが少し違和感がある。打撲やさっしょうの痛みもそうだが、裂傷のような鋭い痛みもある。地面にぶつかった時にどこかえぐれたのだろうか。境遇上、誠は痛みには慣れているほうだ。しかし痛いものは痛いので、思わずうめき声が漏れる。


「うぅ……、ぐぅっ……!」


「あっ、まだ動かないでください!今、回復術をかけていますから……」


……回復術。聞き慣れない単語だった。

似たような響きのもので言えば、武道にも活法なる技法はある。身体の正常な活動を促す為に刺激を与える……、平たく言うと整体や整骨の類に近いが、それらは外傷を治すようなものではない。

しかも回復術とやらは、かけているという割には何かをされているわけでもない。


誠は困惑するも、そんな違和感を取るに足らないものだと感じるほど、おかしな周りの様子に目を向ける。


森だ。森の中。木々に囲まれて、薄暗い。鳥のさえずり、……というには荒々しい鳴き声も聞こえるが、何の生物なんだろうかと誠は思う。


誠の住む町は都会でも田舎でもないといった地域だったし、山のほうにおもむけば緑もある。だが車に轢かれた道路の周辺には、森どころか林もないはずだ。なのに、こうして森の中に寝そべっている。何が何だか分からないというのが誠の正直な感想だった。

目の前の女の子に何か聞こうにも、何から聞くべきか状況を整理するのにも一苦労だ。


……目の前の女の子。回復術がどうこうもよく分からないが、一番分からないのはその格好だ。改めて女の子の容姿を確認する。

余裕のあるシャツの上に、ふちを金色に装飾したミルク色のケープ。裾のふんわりとしたこれまたミルク色のスカート。こちらにも金色の装飾が施されている。肩口まで伸ばされた茶髪にはベレー帽が被さっている。パッチリした目が可愛らしい印象に拍車をかけていて、全体的に幼気な雰囲気だ。


その服単体で見ても奇異の目で見られるだろうファッションだ。しかし嗜好と言うものは他人を不快にさせない限りは人の自由だし、それ自体は大したことではない。

なにより気になるのは、ついさっきまで学生服だったはずだ、と言うことだ。誠が轢かれてから寄り添うまでの間に、家に帰って着替えてきたとでも言うのだろうか。それとも、勘違いしているだけで別人かもしれないという可能性まで頭をよぎる。


それに誠自身にもおかしなところがある。誠が目線を自分の体に移せば、破れかけのつなぎ服の上から外れかけの革の胸当てを身に着けている。格好自体も、なぜこんなにボロボロなのかも意味不明だ。

誠が上手く状況整理ができずに混乱していると、その女の子が話しかけてくる。


「そろそろ大丈夫だと思います。体、動かしてみてください」


「え? い、いやそんなすぐ動かすなんて……あれ?」


いよいよ誠の頭はパンク寸前だった。そもそも車に思いきり轢かれたのに、救急車も来ていない。回復術なるものをかけられたらしいが、それがなんなのかも分からない。

しかし実際に誠を責め立てていたじくじくとした痛みは引いており、手足も軽々と動く。誠はゆっくりと立ち上がり、全身の状態を確認する。それで分かったのは、誠の重傷とも言える怪我はきれいさっぱり治っている、ということだった。


「な、なんだこりゃあ」


「なにって、普通の回復術ですが……?」


女の子はきょとんとしてそう言う。知っていて当然だと言わんばかりだ。誠はその表情に恐ろしささえ感じる。明らかにおかしなことが起きているのに……。


(……いや……これは)


もしかして、と誠は思う。周りの全部が常識外であるなら、異物として紛れ込んでいるのは自分では、と。その視点で考えたとき、誠の頭にとある言葉がよぎる。


“異世界転生”


まだ確かではないが、現実にそれが起こったならとんでもないことだ。


(大変なことに、なったかも)


まだ事態の大きさを飲み込めない誠は、どこか他人事のように思うのであった。

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