戦鎚のミルドラル
観客席から聞こえてくるどよめきの中、鎧を脱ぎ去ったミルドラルと相対するマコト。二人の間には張り詰めた空気が流れている。そんな中、マコトはミルドラルの言葉の意味を考えていた。
(本気を出すってことだよな。ならまずは様子見を……いや、違う。そうじゃないだろ)
ミルドラルの武器である大槌は破壊した。鎧を脱いだなら防御力も下がっているはず。状況的には有利と言っていい。これで怖気づくなら、一生前になど出れない。
それにミルドラルがどう出るにしたって、マコトのできることは近づいて殴る。これだけだ。だったら懐に飛び込むしかないと覚悟を決める。
「行くぞ!」
「来い!」
マコトはミルドラルへと駆けより、魔力を込めて殴りかかる。それをミルドラルは軽々避けた。だがマコトは続けて連打していく。
「連打連打ぁ!マコトの攻撃が終わらない〜!しかしミルドラル難なく避けていくぅ!」
(当たらない……!)
「速いな、少年。俺が相手でなければな!」
突き出されたマコトの拳ががしっと横から掴まれる。そのまま引っ張られ、マコトの身体が宙に浮いた。
(しまった……っ!)
「さあ、耐えてみろ」
マコトの目から見て、それは大振りで普通のパンチだった。確かにミルドラルは大柄だしかなりのダメージは受けるだろうが、それでも耐えられるはず。少なくとも思考の上ではそう判断した。しかし総毛立った全身が、……本能が。全力で防御しなければ死ぬ、そう警告していた。
(限界まで分厚く魔力を纏わせる!)
「オラァ!」
……その一撃は、重く分厚い金属の塊と相違ない。マコトは理解する。ミルドラルが戦鎚を操るのではなく、ミルドラルこそが戦鎚なのだと。
ドォン!とおおよそ人体を殴ったとは思えない音が響き、マコトは決闘場の壁に叩きつけられた。広場の中央近くにいたにも関わらずだ。優に数十メートルは吹っ飛ばされたことになる。
「……え?あのー……し、死んだ?」
今見たことが果たして現実に起こったことなのか、判断できなかったためか場内は静まり返る。その静けさの中、当のミルドラルは手を開いては握りを繰り返しながら、首をひねっていた。
「……分厚いな。破れねぇか」
ミルドラルが呟いたのとほぼ同時に、割れた壁からふらりと降りたマコトが地面に足をつける。全力での防御が功を奏したか、ダメージは有るにしても見た目ほどではない。しかしその息は荒く体は震えていた。唐突に目の前に現れた"死"に対して、怯えが表面に出ているのだ。そんなマコトを見て、ミルドラルは笑いながら聞く。
「どうだ、もうやめるか少年」
「……なんだって?」
ミルドラルは、マコトに敗北の宣言を促している。そこに悪気はない。そんな震える身体ではもう戦えないだろう、俺の前に立てば仕方ないことだと。俺が勝つのは当たり前で、お前は良く頑張ったと。言葉にしないだけでそう思っている。その感情を表す言葉はただ一つ……傲慢だ。
マコトは拳を握り震える。今度は怯えではない。ミルドラルの傲慢を咎められない、不甲斐ない自分自身への怒りだ。
「しゃあっ!」
怯えも怒りも弱さから来るものだ。だから両手で自分の頬を張り、掛け声を上げる。その弱さを無理やり抑えこむ為に。
そうして考え始める。目の前の怪物に対して、どのように立ち向かうのかを。
先程のパンチは防ぐことができた。しかし防御するのに自身の魔力を2割は消費してしまった。まともな殴り合いは厳しいと判断するしかない。さらに前半戦も合わせれば、現時点で消費した魔力は総量の6割程度。ミルドラルの攻撃は防御できて後一発まで……長期戦もとても無理だ。こうなったら、なんでもいいから先に一発ぶち込むしかない。
「方針は決まった……行くか。閃光!」
「気合一発!あの化け物パンチを受けてなお果敢に立ち向かう!ってかなんでピンピンしてんだマコトぉ!」
再びの正面突撃に待ち構えるミルドラルは、肉薄の直前にマコトの姿が右側に逸れるのをその目で捉えた。
「回り込みか!見えてる、ぞ……!?」
マコトの動きに対応するため右側に身体を向けるが、そこにマコトの姿はない。同時に、背後から地面を踏む音が聞こえる。
「後ろか!」
「稲光……!」
武道、武術には歩法というものがある。要するに歩き方だが、特殊な体捌きによっていろんな効果を期待できる。
稲光は、斜め前方に踏み込む際に両足で着地し、その瞬間また地面を蹴って逆方向へ飛ぶ技だ。これだけ聞くとただのステップのようだが、高速移動中、かつ足捌きを身体と袴で隠しながら行えば、瞬時に判断しなければいけない相手からは普通の回り込みに見える。しかし、その残像を追った時マコトは既に反対側にいる。
分身したとさえ錯覚させるその動きは、さながら枝分かれした雷光……稲光だ。
ミルドラルは急ぎ向き直るが、既に後方から蹴りが飛んできていた。ミルドラルは体を丸めその蹴りを防ぐ。
「ぐうぅ!」
「動き速すぎて良くわかんないけどマコトの蹴りが炸裂しているぅ!今度はミルドラルが吹っ飛ばされたぁ!」
ミルドラルは耐えずにそのまま吹っ飛んでいた。無理な体勢で攻撃を防いだため、下手に耐えると身体が壊れてしまうからだ。飛ばされながらも空中で体勢を整えしっかりと着地する。
「……普通に回り込む選択肢もある。分かっていても対応の難しい、良い技だな」
蹴りを防いで痺れた手足を振りながらも、ミルドラルは余裕を見せる。防いだと言ってもダメージは蓄積するはずなのに、そんな素振りは全く見えない。やはり直撃を狙うしか方法はなさそうだと、もう一度マコトは踏み込んでいく。まだ対応されていないのなら、チャンスはあるはずだとそう考えていた。
しかし、それは甘い考えだとすぐに思い知らされることになる。
「だが、厄介な技なら使わせなけりゃ良い」
ミルドラルは不敵な笑みを浮かべながら、その太い腕を思い切り振り被る。そしてそのまま、地面へと叩きつけた。
「アースクラック!」
それはまるで隕石が落ちたかのような……爆発とも言える衝撃だった。地面は大きく割れ、砕ける。観客席にまで土や石が飛来し、魔力防壁によって防がれた。
「もう、もう無茶苦茶だ!白金級冒険者は災害かなにかなのか!人間辞めすぎだろミルドラル〜!」
そんな天災が襲いかかったような状況の中、急激に足場がガタついたことで、マコトの身体はミルドラルの前へと無防備に投げ出されていた。
「絶好だな!」
「っ!」
戦鎚がマコトの身体を破壊せんと再び振り回され、そして先程同じようにマコトは壁に叩きつけられるまで吹っ飛ばされた。なんとか防御は間に合い、魔力を大量に消費して攻撃自体は防げた。しかし、ミルドラルの一撃は、地面だけでなくマコトの希望も砕いていた。
足場が悪くなると、踏み込みの必要な閃光や稲光といった移動技の精度は極端に落ちる。それでなくとも、マコト自体の体力も相当奪われている。これではミルドラルには到底届かない。
「少年……終わりか?」
まだミルドラルは余裕の笑みを浮かべている。負けたくないという気持ちは心に渦巻いているが、マコトにはもう打つ手がなかった。
……実力を見せるという意味では、目的は達成できているだろう。どうせ勝ちが見えないのなら、これ以上戦う意味など……そんな考えがマコトの頭をよぎった時、その声は聞こえた。
「マコトさんっ!勝ちましょう!」
「……ミレイ」
ミレイはこの決闘にずっと不安を抱いていた。最初から提案するのもどうかと思い言わなかったが、奴隷購入のための1万リュミルであれば、ミレイの貯金から貸し出すこともできる。どうせ宿も貸しているのだし、マコトであれば身の丈に合った依頼で少しずつ返してくれれば、そう時間もかからないだろう。つまり戦わないでもいい選択肢はあるのだ。
ルール上殺害は認められていないとは分かっているが、何かの間違いでそうなってしまうこともある。ましてや相手は白金級冒険者だ。
実際にミルドラルのパンチでマコトが吹っ飛んだ時には、マコトが死んでしまったかもしれないと思い悲鳴を挙げてしまった。
しかし……マコトはそれでも自分を奮い立たせ、あのミルドラルに立ち向かった。なぜそうまでして戦うのか……ミレイは気づいてしまった。戦う理由は色々だろう。奴隷のことだったり、もしかしたらミレイへの引け目もあるのかもしれない。
しかしマコトの中で最も大きく燃え盛る炎は、ただ純粋な、勝ちたいと言う願いだ。ただ目の前の相手に勝ちたいから、立ち向かうのだ。
だが今、そんな負けず嫌いのマコトが手を握りしめ立ち尽くしている。そんな姿を黙って見てはいられなかった。
炎が消える時、それは自ら諦めてしまった時だ。心に燃える炎が大きければ大きいほど、それが消えてしまった時には酷い火傷となって精神を蝕む。再び燃えるだけの燃料も残らない。だからけして消えないように、燃料を注ぎ続けなければならないのだ。
そのためにミレイは全力で応援する。仮に負けたとしても、その炎だけは消えないように。
「何をしてでも勝つんです!諦めないで!最後まで、勝つために戦ってください!」
「……!」
マコトは目を閉じ深呼吸をする。確かに今、勝利を諦めるための理由探しをしてしまっていた。マコトはもう一度、自分の頬を張る。そして一度空を仰ぎ、それからミレイに向けて叫ぶ。
「ありがとう!ミレイ!」
ミレイはグッとガッツポーズをしていた。マコト自身が御しきれない弱さを、ミレイが激励によって吹き飛ばしてくれた。そのおかげでまだ戦える。
そしてもう一つ、感謝しなければならないことがある。勝つためにできることを見つけられた。だからマコトは、ミルドラルに告げる。
「ミルドラル。俺はもう魔力も体力も底をつきそうだ。だから最後に……全部を、ぶつける!」
「……いい女が傍にいるな、少年。……よし!この戦鎚のミルドラルを前にしてよく言った!さあ、来い!」
意を決してマコトは走りだす。足場の悪さからあまり速度はないが、それでもその動きは俊敏だ。そしてミルドラルの間合いに入る直前、手を前に出し叫んだ。
「マジックエッジ!」
「っ、ここに来て新しい技か!……あ?」
まことはパシュッと魔力の塊を放出するが、それはすぐに消えてしまう。だが、目眩まし程度の役割はしっかり果たしてくれた。
その一瞬でマコトは宙へと飛び上がり、ミルドラルへと殴りかかる。しかし、ちゃちな不意打ちだ。ミルドラルはすぐにマコトを目で追い、空中で逃げ場のないマコトに対して拳を繰り出す。
「それが全部か!?舐めてくれるなよ!」
「当たり前だ!」
マコトの握られた拳はパッと開き、空中にあるなにかをバンと叩く。
「マジックウォール!」
それは空中に固定された小さな壁だった。だがその魔力壁は一瞬の固形化の後、すぐに形を歪める。しかし、それで十分だった。空中で更に跳ねる為の足場としてならば。
身構えているミルドラルへは不意を打っても防御が間に合ってしまう。もっと無防備な瞬間を狙うとすれば、攻撃後の隙になるだろう。だからこそマコトは、わざと自らをミルドラルの前に差し出したのだ。
マコトは拳を振るうミルドラルの頭上を飛び越え背後へと着地する。そして今度こそミルドラルへと、その拳を繰り出した。
だが、ミルドラルもただその時を待ったりはしない。急ぎ振り向いて見えたものは既に解き放たれたマコトの拳だ。
「焔ぁ!」
(っ、間に合う!)
この勝負ではマコトばかり動き回っていたが、やろうと思えばそのくらいの速さはミルドラルにもだせる。要するに速さにはミルドラルも自信があった。そして数々の戦いを乗り越えてきたミルドラルだからこそ。この拳は届かない……自分の力によって届かせない事ができると確信した。
……マコトは思う。ミルドラルはその傲慢さに見合うだけの強さを持っている。そんなミルドラルの虚を突き、拳を届かせるにはどうするか。
自分だけの力ではとても無理だ。……だから使わせてもらうことにした。ミレイのマギを。そして不意を突くことができた。だが、まだ足りない。まだ使えるものはある。それは他ならぬ……ミルドラルのマギだ。
「……エクス、プロードォ!」
(っ、俺のマギを……!)
マコトは肩から肘にかけて纏わせた魔力を爆発させる。生まれた推進力はマコトの拳にさらなる速さを与えた。そして防御の間に合わなかったミルドラル腹部へ、深々と突き刺さる。
「ご、があっ!」
「おぉあああ!」
その拳は大きな焔となって、戦鎚を飲み込んだ。マコトは最後まで拳を振り切り、ミルドラルは大きく吹っ飛ばされる。2、3度跳ねて勢いがなくなると、大の字になって、その背中を地面につけた。
マコトは息を切らし、今にも膝をつきそうな状態だった。見様見真似のエクスプロードによる無理やりな加速で、肩から先は破壊されて動かせない。アーマードベアの時といいこんなのばっかりだな、などと思いつつ、マコトは満足げに息を吐くのであった。




