闘いの準備
ヘルビスと別れてから、マコトはミレイの家へと足を向ける。元々日課の筋トレの途中で、帰ってからも腕立て腹筋背筋スクワットそれぞれ100回が残っている。内心がいくら荒れていようが、完遂はしなければならない。感情に流されずやるべきことをやりきるのは、マコトにとって大事なことだ。1日分など小さな事かもしれないが、その小さい綻びが徐々に大きくなっていくものなのだ。
マコトは十数分ほどでミレイの家に到着する。着いたら軽く体をほぐしてから、それからトレーニングの続きを行い始める。……それから少しして、その場にミレイが顔を出した。
「おはようございます、マコトさん」
「おはよう、ミレイ」
少し時間を置けたので感情は大分落ち着いていた。ミレイに余計な心配をかけたくはなかったので、笑顔を意識しながらマコトは挨拶を返す。
しかしながら、ミレイはなにやらモジモジしていて様子がおかしい。
「……どうしたんだ?」
「あ、あの~その〜。……私、昨日の記憶がないんですけども……なにか変なことしてませんでした?」
「変なこと?」
マコトは、昨日の夜を思い返す。ミレイはお酒を飲んでからすぐ、機嫌良く高らかに笑い始め、周りの酔っ払いと一緒に騒いでいた。飲む速度が尋常ではなく少し心配もしたが、マコトからすれば楽しそうにお酒を飲むなぁ、程度の感想だった。寝かせるときの抱きつきに関しては……酔っ払ってるから感情表現が大げさになっただけだろうし、変なことでは無いだろうと結論付けた。
「いや、そんなことはしてないよ。それより、かなりお酒を飲んでたけど身体は大丈夫?」
「少し気怠いですけど、多分まだお酒が残ってるだけだと思います……。……本当に、変なことはしてないんですよね?」
「ああ、大丈夫だ」
「……良かったぁ〜」
今にも崩れ落ちそうなくらいの気の抜けようだ。何がそんなに心配だったのかはマコトにはよく分からなかったが、ミレイが安心したようならとりあえずは良しとしておいた。そうしているうちに規定数もこなし終え、今日の早朝トレーニングは終わったのだった。
マコトがクールダウンしているうちに、ミレイは朝食を作ってくれていた。少し固めのパンと、卵とベーコンを焼いたものだ。食卓についたマコトとミレイはいただきますの挨拶で食事を始める。
「おいしい」
「あはは、焼いただけですけどね」
「いやいや、俺は焼くだけもできないよ」
時間がゆっくりと流れていくような感覚にマコトは安らぐ。ミレイと一緒に過ごす時間は精神的な休息になっていた。
そんな中、後少しで食べ終わるといった頃にミレイはおもむろに話しだした。
「今日は流石に店を開けなければいけないので、マコトさんと一緒には居られません。ごめんなさい」
当然の話だとマコトは思う。むしろ今まで付き合ってくれていたのがありがたすぎるくらいだった。
「全然構わないさ。俺も今日はやることがあるし。……それより、こっちも話すことがあるんだ」
「話すこと、ですか?」
ミレイは小首をかしげる。ここに来てから、マコトがずっと思っていたことを話し始める。
「今も当然のように朝食を食べさせてもらってたけど……、ミレイの好意に甘え過ぎてると思うんだ。だから、そろそろここを出ようかと」
「ちょっ、ちょっと待ってください!私は気にしてないですよ?」
「いやそこは気にしたほうが……」
「良いんです!とにかく、大丈夫ですから」
ミレイの押しが随分と強い。むしろここにいてほしいかのようだ。迷惑でないならマコトにとって嬉しい話ではあるが、それでも理由は知りたかった。
「やけに引き留めてくれるけど、なんでなんだ?」
「……それは」
ミレイは一瞬口ごもるが、気恥ずかしそうに理由を告げる。
「一人だと……寂しい時もあるんです」
それを聞いてマコトははっとする。思えばミレイの家族を見ていない。ミレイは店を構えるほどしっかりしているし、頼りにもなる。だとしても、こんな若い女の子が一人でいれば、心細いのは当たり前だ。
「……一応、俺も男だぞ。それでもいいのか?」
「私はマコトさんを信用してますから」
マコトの目をまっすぐに見つめ、ミレイは言う。その気持ちは十分すぎるほど伝わってくる。だからこそマコトは、しっかり受け止めて答えることにした。
「……分かった。しばらく世話にならせてもらうよ。ありがとう、ミレイ」
「ええ……こちらこそ!」
家族のことを聞くのもまだ早いだろうと思い、質問は飲み込む。そうして話がまとまった所で、マコトはベーコンの最後の一切れを口に放り込むのだった。
朝食後、ミレイは開店準備のためにせかせかと動き回っていた。なのでマコトも動き始めることにする。
替えの服を紐でまとめ、ポーチを身につける。かなり軽装だが仕方がない。それからもう一つ必要なものがある。忙しそうにしていて気が引けるが、ミレイに声をかけた。
「ミレイ、魔力回復の薬が欲しいんだ」
「あ、はい。良いですよ」
ミレイは二つ返事で陳列棚から薬を取って、そのまま手渡そうとしてくる。それをマコトは手を振って制した。
「いや、ちゃんと買うよ。流石にそこまでしては貰えない」
「でもこれ、結構高いですよ……?」
「それならなおさらだ。いくらなんだ?」
「じゃあ……300リュミルです」
「高いな!」
「だから言ったじゃないですか……」
財布の中身は不安で仕方ないが、マコトはしっかりと代金を払う。傍にいるとは決めた。だがどちらにせよ甘えすぎるのは良くない。
それからマコトは、ミレイの見送りを受けて目的地へと足を運ぶ。しばらく後に到着した場所は魔群の森だ。マコトが決闘を控えてやるべきこととは、自分がどれだけ戦えるかの確認だった。
アーマードベアと戦った時は、必死にやれるだけをぶつけた結果たまたま勝てただけである。
本来勝利を目指すのであれば、そんな状況は全く望ましくない。準備に準備を重ねることこそが勝利へのただ一つの道筋なのだ。
まずは攻撃面から考えていく。
強化のマギは咄嗟に思いついたものだったが、かなりしっくりきていた。今後、マコトが扱うマギのベースになりそうだと考えている。なので技の性質を自分の中で噛み砕いていく。
アーマードベアに攻撃する時は漠然と魔力を乗せていたが、より正確に捉えるならば自分の中で生まれたエネルギーに魔力を追加した形だ。要するに力の増幅である。
しかしながら、打ち込む際の拳の形や動作の違いでもエネルギーの伝わり方は変わってくる。表面に衝撃を広げたり、逆に体内まで穿ったりだ。それらが最高効率かつ最高威力になるように、乗せる魔力の形状も変えていくのが最初の目標になるだろう。
もう一つは筋力強化だ。とは言っても仕組みで言えば外付けの強化パーツのようなもの。筋力以外にも応用できそうだが、今は時間がないため考えるのはおいおいとした。
筋力強化に絞って考えるなら、求めるものは素早さになるだろう。攻撃力は魔力での威力増幅で何とでもなるが、当たらなければ意味がない。
理想を言うなら必要な部位だけを瞬間的に強化できれば良いのだろうが、そこに思考を割いて動きがぎこちなくなってしまっては本末転倒だ。魔力の消費は増えてしまうが、ある程度の強化を常時まとい、必要があればさらなる強化を部位ごとに行うという方針でいくと決める。
次に防御面だが、最初に考えるべきは反動をどうするかだろう。
相手がアーマードベアだったからというのもあったかもしれないが、攻撃する度にマコトもダメージを受けていた。魔力での威力増幅や筋力強化が諸刃の刃では、安定感に欠けるというものである。これについてマコトは悩んでいたのだが、思いついた対策は一つだけあった。
それを試すために、木の前に立って構える。そして強く魔力を乗せるイメージを持って、木に拳を叩き込んだ。威力を高めたその拳は軽々と木を叩き折ったが、マコトの拳も身体も傷ついてはいなかった。
(イメージ通りになったな)
理屈はこうだ。まずは普通に魔力を乗せて威力を増幅した攻撃を放つ。それが当たる瞬間に魔力の第二波を送り込む。その第二波は水流をイメージして、反動を打ち消したら霧散させる。魔力をじゃぶじゃぶ使う脳筋解決法である。
魔力量が多いと言われた為に思いついた対策だったが、間に合わせとしては十分だろう。
そして、ある意味もっとも大事なもの。単純な防御力についてだ。マコトは防具を買えなかったので、魔力で防御力を得る必要がある。思い出すのはミレイのマジックウォールだが……マコトは試しにやってみる。
「マジックウォール!」
壁をイメージして魔力を操作してみたが……それはぐにゃぐにゃと固まらず、形を保てないままに崩れてしまった。同じくマジックエッジも飛ばした途中で霧散する。魔力が自分の身体から切り離されてしまうと、上手く操作できなくなってしまうのだ。ついでにミレイが使っていたマギの一つとして回復術も試したが、全然上手くいかない。不思議な力で傷が治ることがマコトの常識外過ぎて、上手くイメージできないのである。これらを勘案して、どうやらマギにも向き不向きがあるらしいと結論づけた。
本題に戻り、防御力をどうするかを考え直す。とは言え離れたところでの魔力操作も難しい以上、結局は身体に魔力を纏わせて何とかする、ということにはなるだろう。やろうと思えば、アーマードベアを担いだときのように分厚く纏うこともできる。その纏った魔力を硬くして攻撃を弾くか、柔らかくして衝撃を吸収するか……それは相手の攻撃次第だろう。またも消費魔力は多くなりそうだが、今後防具を買えればそこは多少なり解消できる。
今は消費魔力は度外視で、できることの幅を減らさずにいるほうが後々にも良いだろうとマコトは考えていた。
さて、ここまで攻撃と防御について大まかに考えをまとめることができたマコトであったが、実のところ大きな問題が一つある。
それは、マコト自身が自分の魔力量をきちんと把握していないことだ。ミレイがマコトに対して抱いた感想を前提にして考えた戦法だが、現時点では皮算用だ。
なので、自分自身の限界を改めて知る必要がある。その為に魔力回復薬も買ったという訳だ。
「よし、始めるかぁ!」
いよいよマコトは魔力操作の練習を始める事にした。その方法として、まずは全身に筋力強化しつつ身体に魔力防護を纏わせる。その状態で魔力を乗せた正拳突きの素振りだ。当然反動を打ち消すための魔力も放出する。つまり、全部盛りだ。
今回は魔力量の確認のために魔力が枯れるまで続けるつもりだが、確認ができたら素振りの本数を決めて日課の鍛錬にも組み込むつもりだ。
マコトは深呼吸を行い、魔力へと意識を向けていく。そして準備を整え、1本目の正拳突きを繰り出すのであった。
〜〜〜
マコトの身体から力が抜けてバタリと倒れてしまったのは、50本目の正拳突きを繰り出した後だ。
どうやらアーマードベアを相手にした時は操作が初めてだったということもあり、魔力がダダ漏れだったようだ。冷静に魔力操作を意識すれば、贅沢に魔力を使いながらもそれなりの継戦能力は期待できそうであった。
倒れてしまうことを見越して外していたポーチまで這いずっていき、魔力回復薬を取り出して飲む。以前にミレイが急遽作ってくれたものよりは飲みやすいが、それでもおいしい訳では無い。薬を飲み干してゴロンと仰向けになる。ちゃんと動けるようになるまでに少し時間が必要なので、この練習中に生まれた疑問について考えてみることにした。
結局のところ他人と比較したわけではないため断言はできないが、やはり魔力量は多いらしい。それはなぜなのだろうか。
以前にミレイに聞いたときには、魔力が満タンの状態で更に魔力を取り込むと許容量が増えると言っていた。その方法については聞きそびれたが、恐らくは今飲んだばかりの魔力回復薬も方法の一つではあるだろう。これはつまり経口摂取による魔力補充が可能であるということ……。
ここでマコトは、ぱっと思いつく。
……思いつきはしたが、そうであるとはあまり信じたくない発想ではあった。
単純な連想ゲームになるが、魔力回復薬は薬草の調合によってできる薬だ。つまり特定の薬草には魔力が溜まっているということだろう。
ここで一旦話は変わるが、体を鍛えるためにはご飯は最優先事項の一つだ。紅の不死鳥亭で行えた大食いで、この体の胃袋がしっかり広がっていることは実証済みである。つまりは元のマコトも食事の重要性は分かっていたのだろう。しかし、その食費を賄える程のお金は銅級冒険者では得られなかったはずだ。ならばどうしたか?
元のマコトは、薬草採取の依頼を頻繁に受けていた。……あるいは依頼でなくても、この森に来ていたとしたらどうだろう。
……大の字に寝そべっているマコトの近くに、例の薬草が生えていた。その葉をちぎり、試しに口に運んでみる。青臭く、苦い。が食えないほどでもない。
(随分とワイルドな食生活だったみたいだな……マコト)
狙ってそうしていたのか、結果的にそうなったのかは分からない。が、元のマコトの貧乏さがこの魔力量に繋がったのかと思うと、少し切なくなるのであった。
そんなこんなで魔力も回復したマコトであったが、戦法を考え、それに基づいた魔力操作の練習、そして魔力量の確認も済んだ。そうなると、マコトのやるべきことはあと一つだけだった。
技の名付けである。
魔力はイメージで姿を変えるが、名前はイメージの固定化に役立つ。武道でもそうだが、技の名と言うのは基本的に動作や現象自体がそのまま名称になることが多い。実態とかけ離れた名前では、イメージと結びつきにくいからだ。
しかし……マコトの考えは違った。
(どうせなら……カッコいいほうが良いよな!)
至って真面目な顔はしていたが、マコトの中では少年心が顔を覗かせているのであった。




