紅の不死鳥亭にて
太陽は沈み、暗闇が街を覆う時間。にも関わらず、紅の不死鳥亭は昼間以上の騒がしさに包まれていた。その中心にいたのはミルドラルである。
「今宵は戦鎚のミルドラルがまとめて奢ってやる!!どんどん食え!どんどん飲め!どんどん騒げえ!ガッハッハ!」
「……」
マコトとミレイは唖然としていた。真面目な話し合いになるだろうと気合を入れてここまで来た。が、こんな光景を見せられては気が抜けるのも仕方ないだろう。
「おお?少年、嬢ちゃん!こっちだ!」
ミルドラルはこの騒ぎの中でも目ざとく二人を見つける。そうして、自分のテーブルに来るよう促した。二人がそれに従いテーブルに着くなり、マコトに対してガッと顔を近づけてくる。
「少年!酒は飲むか!?」
「いや、酒は飲まない」
「なにい!?冒険者なんぞ好きに酒を飲むためにやっているんだろうになあ!ガッハッハ!」
ミルドラルは大声で酒場全体に聞こえるように叫ぶ。それに応えるように、酔っ払い共は思い思いに雄叫びを上げた。
「まあいい!少年が飲まないなら、その分俺が飲めばいい話だ!」
そう言ってまたガバガバと酒を煽るミルドラル。その姿を見てミレイは呆れたように隣のシノに問いかける。
「こんな調子でまともに話できるんですか……?」
「最悪の場合は私から話します。ですので、今は食事を楽しんでくださいませ」
ミレイはそのシノの返答に、今より悪い状態があり得るということに戦慄する。そんな中、周りの酔っ払いから声が上がる。
「おお?そいつ、ミルドラルと闘う奴じゃねーか」
「ホントだ、なんだ一緒に飯食うのか?」
酔っ払いの巣窟とは言え流石に気づかれたようだ。確かに二日後には闘うのに、今一緒に食卓を囲むのは変だろう。しかし、ミルドラルはその疑問を一蹴した。
「おいおい、決闘するからって仲が悪いとは限らねえさ!……ま、最後の晩餐を食わせてやるってことかもしれねえしな!?」
また爆発するように笑い、騒ぎ出す酔っ払い達。どうやらミルドラルは盛り上げ上手なようだ。その横のマコトはその騒ぎに動じることもなく、メニューを持ってなにやら考えていた。それからミルドラルに確認する。
「ところでミルドラル。今日は奢りだと言ってたな?」
「おお!もちろんだ!」
「そうか……。じゃあ、本気を出させてもらう!」
マコトはメニューからあれこれと頼み、テーブルには焼き鳥の各部位が溢れんばかりに並んでいった。
「おお?どんどん食えとは言ったが、食い切れるのか?」
「大丈夫だ。食べることとは、生きること。では、ミルドラルと命に感謝して……いただきます!」
挨拶と同時に凄まじい勢いで焼き鳥が消えていく。皿には大量の串が積み上がりながらもそれでは終わらず、マコトは食べながら更に注文を重ねていく。
「少年!遠慮ってものを知らねぇなあ!面白え!食えるだけ食え!俺の財布と少年の胃袋のどっちが勝つか、明後日の決闘の前哨戦って奴だ!」
笑うミルドラル。黙々と、しかし勢い良く食べ続けるマコト。それを見て大騒ぎする他の客。ミレイはこの状況に全くついていけなかった。そんなミレイにシノは聞く。
「ミレイ様はお酒の方は?」
「……飲んだこと無いけど、挑戦してみようかな……」
……その夜、マコトは暴食の悪魔、ミレイは哄笑の天使の異名をそれぞれ得ることとなった。
〜〜〜
ほとんどの客は酔い潰れるか帰ってしまい、店内は少し前までの喧騒も嘘のように静かになっていた。先程まで浴びるように酒を飲み、酔っ払って高らかに笑っていたミレイにも流石に眠気が来ているのか、頭がフラフラしている。そんな状況を見計らってか、シノがミルドラルに言う。
「ミルドラル様。そろそろお話しを……」
「おお、そうか。確かにな……。すまねえ!水をくれ!」
店員が水差しとグラスを持ってくるが、ミルドラルはバッと水差しを手に取り、そのまま満タンまで入っていた水を飲み干した。
「っか〜……酔い覚ましにはこいつだな」
飲み干された水差しを盆の上に置き直し、もう用は済んだとでも言うように手を振るミルドラル。店員の顔は今にも舌打ちしそうなほどであった。
そんな店員のことはどこ吹く風で、ミルドラルは話し始める。
「領主はよ、恐らく少年を気に入ったんだ」
「俺を……?」
ぽっこりとでたお腹をさすりながらマコトは話を聞く態勢に入る。
「ああ、アーマードベアを倒したことを信じて、報奨を渡してもいいと思ったんだろうな」
「そんな風には感じなかったけど」
そんなマコトの言葉に、ミルドラルは目を伏せて言う。
「……あいつは、領主という立場にがんじがらめにされてる。ザフィスと言う個人で思ったことを、領主として軽々しく実行することはできない」
「……」
街一つを預かると言うことがどれだけのことなのか、その重圧はマコトには想像もできない。ミルドラルは顔を上げ、マコトを見据えて言葉を続ける。
「対外的な証明が必要なのよ。アーマードベアを倒したことを証明するのは無理でも、アーマードベアを倒せる程の実力があることは示すことができる」
「じゃあ、この決闘は……」
「そう、少年を試す為に行われる。さしずめ俺は試験官だ」
ミルドラルは冗談めかしてニヤリと笑う。そして、肩をすくめた。
「まあ、あれこれ言ったが別に難しい話じゃねえ。少年は俺に全力でぶつかりゃ良いってだけだ」
「なるほどな……」
「……それに」
ミルドラルの目がギラリと光る。まるで獲物を捉えたかのようにマコトを見る。
「俺も少年には期待してる。随分と強そうだからな。ガハハ!」
笑ってはいるがその目は鋭いままだ。だが、マコトも怖気づきはしない。
「存分に期待してくれ。俺は負けず嫌いなんだ」
「……く、ククッ……グァハッハア!ああ、楽しみにしているぞ、少年!!!」
ミルドラルは今日一番の笑い声を上げた。その音量にミレイはビクッとして目を覚まし、キョロキョロしている。そして、ミルドラルは席を立つ。
「久しぶりに滾るな。シノ、ギルドへ行くぞ。軽く肩慣らしだ」
「分かりました。……お財布の補充も必要ですからね」
「ふっ、確かになあ!」
ミルドラルは金貨が詰まった袋を店員に渡し、釣りはいらんと言って出ていった。が、シノは少し残って店員の確認を待っていた。本当に余分に入っていたようだが、ご迷惑をおかけしましたのでお受け取りください、と言ってシノも退店していったのだった。そして、しんとした店内にマコトとミレイは残される。
「……それじゃ、俺たちも帰るか……」
「うえ〜?帰りましょー!」
店の人にごちそうさまでしたと一声かけてから、ふわふわしてしまっているミレイを背負う。そのままマコトはミレイの家に向かった。
「あはは〜マコトさ〜ん。背中ひろーい!あはは~」
「そうか、それは良かったよ」
そんな意味のない会話をしながら、ミレイの家まで辿り着いた。マコトとしてはここまで泥酔しているミレイを一人にするのも心配だが、許可なく上がり込むのも気が引ける。どうしようかと迷っていたが、なんにせよミレイをベッドまで運ばないと辿り着く前に寝てしまいそうだと判断した。
一度背中から降ろして、体の前で持ち上げる。いわゆるお姫様抱っこだ。そんなロマンチックな状況ではないのが惜しまれるが、とりあえずベッドの前まで運ぶ。
「ほらミレイ、降ろすよ」
「ん〜……」
「っ、ちょっ、ミレイ!?」
抱えたミレイをベッドに降ろそうとするマコト。その時、ミレイは何事かを言いながら、マコトを抱きしめてくる。
「ミレイ、は、離してって……」
「ん〜マコトさ〜ん……」
いきなりのことで慌てるマコトだったが、ミレイの声が耳に入る。
「いつもありがと〜マコト、さん……」
それだけ言うと、ミレイの力は抜けていった。マコトはミレイの就寝を確認してゆっくりと離れる。その顔には寂しげな笑みが浮かんでいるのだった。




