街案内 朝
次の日の朝。ミレイが目を覚ますと、マコトが寝ていた布団はすでに畳まれていた。荷物などは置いたままなので、何処かに行ってしまった訳ではなさそうだ。
ミレイはあくびをしながらベッドから出る。そして大きく伸びをしていると、なにやら外から数を数える声が聞こえてくる。マコトの声だ。何をしているのかと見に行ってみると、マコトは腕立て伏せをしていた。
「おはようございます、マコトさん」
「71、72……、あ、おはようミレイ」
マコトは腕立て伏せを続けながら挨拶をする。
「どうしたんですか、こんな早くから」
「朝のトレーニングは日課なんだ。やらないと調子が出なくて」
「へえ……、昨日もあんなに頑張ってたのに。凄いですね」
「途切れさせないのが大事なんだ。どんな時でも……100、と」
決めた回数をこなしたのか、むくりと起き上がるマコト。汗をかく為か上半身は肌着一枚だが、そこに浮き上がった筋肉にミレイは目を奪われる。
「……ミレイ?」
「……あっ!はい!あ、朝ごはん用意しますね!」
ぼーっとしているミレイにマコトが声を掛けると、ミレイは慌てたように家の中に引っ込んでしまった。ミレイの視線がなくなったことを確認すると、マコトはおもむろに二の腕を鼻に近づける。
「……臭うかな」
マコトも年頃の男子だ。流石に女の子の前では多少気にはしてしまうのだった。
マコトが体を拭いて屋内に戻ると、ミレイが朝食を用意していた。とは言え前日の夜と同じように簡単なものであったが。
「昨日もそうでしたが……人を招く予定ではなかったので、まともな食材がありません……ごめんなさい」
「そんな!十分ありがたいよ」
しょぼんとしてうなだれるミレイをマコトは励ます。
「寝床に食事も。本当に助かるよ」
マコトがそう言っても、ミレイは何事か考えているようだった。ミレイが気に病む事などないのに、とマコトは思ったのだが……。
「……私、それなりに料理できるんですよ?」
「え?」
「別に料理ができない訳じゃないですからね!?ホントに食材がなくて!」
「あ、ああ」
どうやらミレイが気にしていたのは別のことだったようだ。それに気づいたマコトは苦笑しながら言う。
「それなら、今度食べさせて欲しい。良いかな?」
「は、はい、是非!」
そんな話をしながら朝食の時間は和やかに過ぎていった。
朝食を食べ終えると二人は外出の支度を始める。約束の街案内の為だ。しかしながら、マコトは一つ気になることがあったのでミレイに聞いてみる。
「ところで、店はいいのか?」
「大丈夫ですよ。まあ……その辺の自由さは個人商店の強みです!」
「……結構、適当なんだな」
果たしてそれは強みなんだろうか、などと考えながら支度を済ませたマコトは、ミレイの準備を待つのだった。
〜〜〜
「まずは冒険者ギルドですね。依頼の納品と報酬を貰いに行きましょう」
冒険者ギルドは街の中心部に建っている。冒険者は金回りが良い為、商業区のど真ん中にギルドを建てたんだろう、とはミレイの談だ。
冒険者が魔獣の素材などを持ち帰り、その素材が工業区で装備や食料になり、それが商業区に出回って、冒険者が買う。冒険者はこの街の経済を回す役目を大きく担っており、ステラヴィルはまさしく冒険者の街であった。
ミレイの店は小規模の個人商店ということもあり商業区からは少し外れた北東部にある。南に15分ほど歩いていくと、大通りに差し掛かった。
大通り周辺の商業区も場所ごとに違った店が立ち並ぶ。東部は概ね飲食物を扱っているとのことで、マコトは店先に並んだ商品に目移りしてしまう。
(肉とか魚とか、解体後の状態で売られてる分には似たようなもんだな。野菜や果物も似ているものが結構ある)
「この辺は食料品の店が多いですね。街の中央に近づくと、料亭や酒場が増えてきます」
「おぉ……そうなんだ」
この様子なら食事が合わないということもなさそうで、マコトは少し安心した。
ついでに値段を見てみると、そこには数字と一緒にリュミルと書かれている。この国の通貨の名前はリュミルと言うらしい。他の客が買い物しているところをちらりと見たところ、銅貨1枚で1リュミル。銀貨は10、金貨は100と言った感じだろう。売り物と値段を比較して元の世界で換算するなら、1リュミルは100円くらいだろうと推測できた。
それから二人は街の中心部へと移動を始めた。
歩いていくとだんだん人も増え、賑わいが増してくる。荷馬車に乗る商人。朝食を取りに来た職人。せわしげに道を行くのは冒険者だろうか。
見慣れない街並み、文化。まるで海外旅行だ。実際には海の外どころか世界の外だが、それならそれでなおさら面白い。
活気づく街にマコトが密かに心躍らせていると、通りが急に大きく開けた。
「ここがステラヴィルの中心地、集いの広場です」
「おお〜……」
広場には色んな種類の出店が立ち並び、様々な人々が行き交っている。中央には星形のモニュメントがそびえ立ち、存在感を放っていた。
「まるで観光地だ」
「そうですね。この街にはそういう側面もあります。とにかく、人が集まる街なんですよ」
ミレイは目を細めて微笑む。マコトはその表情を見て、きっとこの街のことが好きなんだろうなと、そう感じた。
「さ、ギルドはあそこです。向かいましょう」
ミレイが指し示した方向へ目をやると、大きな建物が視界に入ってくる。目の前までやってきて見上げるとなお大きく感じる。マコトの知っている建造物で言うなら、市役所くらいの規模感だ。
開かれた入り口から中に入ると、そこは広々とした空間だった。
窓口が複数あり、用事によって受付が違うようだ。
「マコトさん、こっちです」
ミレイに促され、納品の受付に向かう。受付に立っている男は、マコトを見つけると声をかけてきた。
「お、草むしりじゃねーか」
「草むしり……俺のことか?」
「つまんねぇ薬草採取なんぞを喜んで受けるのはお前くらいだよ、っとこりゃ……依頼主も一緒だったか」
受付はマコトの隣りにいるミレイにも気づいたようだ。受付の言葉を嫌味と受け取ったのだろうミレイは顔をしかめている。
「はは、ご機嫌を損ねちまったか」
「とりあえず、納品を頼む」
頭を掻きながらも悪びれはしない受付に、薬草を取り出して仕事を促すマコト。受付は肩をすくめなから秤を取り出した。
「しかしよぉ、昨日来ねぇからなんかあったのかと思ってたら、そういうこととはね」
受付はジロジロと二人を見ながら薬草の計量を始める。マコトはその視線も気にせず、会話を続けた。
「そういう?あぁ……、そうだな、死にかけたよ」
「死にかけ……へえ、意外と激しいんだな」
「……なんだか会話が噛み合ってない気がするんですけど」
ミレイは二人の会話に怪訝な顔をしながら割り込むが、マコトは頭にハテナを浮かべていた。そうこうしているうちに計量は終わる。
「確かに規定の量は超えてる。依頼完了だな。ほれ、報酬だ」
そう言って受付は金貨を2枚机に置く。200リュミルだ。
受け取った金貨を自身の銭袋に入れ、その際に中身を確認してみる。すると今追加した分を含めて1000リュミルとちょっと入っていた。これが今のマコトの全財産らしい。
「心許ないな、これは……」
「何を今更。銅級冒険者なんてその日暮らしだろうよ」
「うぅん……」
マコトは自身の予想外の貧乏さに今後のことを考えてしまう。そんなマコトに、ミレイは明るく声を掛ける。
「大丈夫ですよ、マコトさんなら。さ、行きましょう!」
ミレイがマコトの背を押して、二人はギルドを後にするのだった。
〜〜〜
マコトとミレイが去ってしばらく後、ギルドの入り口から騒ぎ声が飛び込んでくる。
「決闘だ!決闘が行われるぞ!」
ギルド中の視線が入り口に集められる。そんな中、声の主は続けた。手にはチラシを掲げている。
「ミルドラルが決闘だ!」
「ミルドラル?こりゃ面白え!」
その一言でギルド内がざわつき出す。その様子は驚きと、なにか楽しみが混じっているようだった。
「そんで、相手は誰なんだよ?」
「あぁそれがよ……無名の銅級なんだよ」
「銅級〜?死にたがりがいたもんだ。それで名前はっと……マコト、ね」
遠巻きに耳をそばだてていた納品受付の男は、聞こえてきた名前に密かに驚いた。
「な〜にやらかしたんだか、草むしりよぉ……」
腕組みした受付は、小さく呟いたのだった。




