帰路と物思いの夜
「なんだか、随分良いようにされましたよね」
ムスッとした顔でミレイは言う。ザフィスの兵がどやどやと移動していて門が混み合っているので、少し待っている状況だ。そんな中ミレイは、ザフィスの言動に対してご機嫌斜めなようであった。
「全部あの人の手のひらの上って感じでした」
「そうだな……悪い人って訳じゃなさそうだけど」
「うーん……」
「こんな街の領主をやってると性格も悪くなるってもんだ、嬢ちゃん」
ミルドラルが納得できていないミレイの肩に手をポンと置いてなだめる。
「明日、詳しい話をしようや。お前らは一日外に出張ってたんだろ?もう休んだほうが良い」
「ん、んん~……」
ミレイはまだ何か言いたげだったが、ミルドラルの言っていることはもっともだ。色々あって一時忘れていたが、ミレイは自分が疲れ果てているのを思い出す。ミレイが静かになったのを確認して、ミルドラルはシノに聞く。
「それじゃあ……どこが良いかね、シノ」
「紅の不死鳥亭などはいかがでしょう。焼鳥が美味しいと評判の店です」
「よし!じゃあ、明日の夜にそこで会おう。それじゃあな!」
全てを向こうで決めてから、ミルドラルとシノは兵を押しのけ去っていった。そのスピード感にまたも置いていかれるマコトとミレイ。
「……あの人も大概ですよね」
「ああ、豪快な人だ」
「……そうですね」
ミレイは疲れ切ったのを隠さずに答えるのであった。
〜〜〜
兵達もはけたので、マコト達もやっと街へと入った。
ステラヴィルの街は、概ね円状に外壁が建てられている。その円を真横にぶった切るように大通りが敷かれており、その周辺は商業区だ。そして街の南側は工業区、北東側は居住区、北西側が娯楽街と言うのがざっくりとした分布である。魔群の森方面の門は街の北側に位置している。もう日も落ちてしまった今の時間、石造りの街並みはひっそりとしていた。
とりあえずは一段落したので、今日はもう休むと言う事で2人の意見は一致する。なのでマコトが宿の場所を尋ねると、ミレイから思わぬ提案があった。
「今日は私の家に泊まってください。客人用の布団を出しますので」
「え、良いのか?」
「良いのかってそんなの……、っ!」
ミレイは何かに気づいた様で、顔を真っ赤にしてあたふたし始める。
「いやっ、マコトさんは記憶喪失ですから!一人にするのも良くないと思いましてっ!けして他意があるわけではなくてですねっ!」
一人で慌てるミレイに苦笑いしつつ、マコトは言う。
「……それじゃあ、お世話になろうかな。ありがとう、ミレイ」
「ええ、ええ。そうしてください……」
気恥ずかしさからか、ミレイは目をそらしてそう言った。
そうして二人はミレイの家へと向かう。その道中で明日はどうするかという話になった。
「この街の事も思い出せないんですよね?」
「そうだな、全然」
「それなら、私が案内しますよ。薬草の納品でギルドにも行かないといけないですし」
「おぉ、案内はすごくありがたいな。でもこれ、直接渡すのは駄目なのか?」
マコトは腰に着けているポーチをポンと叩く。中には薬草がぎっしりだ。
「冒険者への依頼は厳密に管理されてるので、それはできないんですよね」
「そうなんだ。……そう言えば」
依頼の話になって、ふとマコトには気になったことを聞いてみる。
「ミレイは俺の冒険者クラスは知らなかったの?」
「知らなかったですよ。とは言え、薬草採取は銅級の方向けの依頼ですから、予想自体はしてましたけど……」
ミレイはそこまで口にして、チラリとマコトを見る。
「逆に今は、アーマードベアに勝てる人が銅級とはちょっと信じられませんね」
ミレイは冗談めかしてくすりと笑った。そのいたずらっぽい表情に、マコトは動揺してしまう。マコトはそれを悟られまいと急いで話題を変えた。
「ミ、ミレイはさ、なんで今回ついてきたんだ?」
「え?」
「ほら、薬草集めだけなら俺だけでも良かったんじゃないかなって」
「それは……その」
誤魔化すのでいっぱいいっぱいのマコトは全く気づけはしなかったか、ミレイはマコトの質問に視線を泳がせていた。
(薬草採取なんて依頼を積極的に受けてくれる人すら稀なのに、受ける度に挨拶にも来てくれて……。気になっちゃってちゃんと話してみたかった、なんて……、言えない!!!)
「こ、今回はたまたま、量が必要だったんです!そう、それだけです!」
「そ、そうか。はは……」
二人の間に微妙な空気が流れる。互いが互いに照れているのには気づかずにもじもじしているのであった。
「……あ、着きましたよ、マコトさん」
二人がそうして歩いていると、ミレイの家が見えてくる。店と個人宅が合体したこじんまりとした建物だ。ミレイはドアを開けて、マコトを迎え入れる。
「どうぞ、お上がりください」
「あ、ご丁寧にどうも」
「……フフッ」
「あはは!」
変にかしこまったやり取りに、二人は顔を見合わせて笑いあってしまうのだった。
ミレイの家にお邪魔してからは、小さなパンと燻製肉で軽くお腹を満たし、順番にお風呂に入ることになった。マコトはどういう風に風呂を沸かすのかと見ていたが、ミレイはなにやら機械らしきものに魔力を注いでいる。
「これは湯沸かしの魔燃機関です。魔力を注ぐと擬似的に魔法を発生させます。魔法と言っても、魔法使いが行使するものとは比較にもならないですが……生活に役立てるなら十分すぎるほどです」
話を聞くと、冷蔵庫や洗濯機的なものもあるらしい。魔力が燃料としても使われているようで、意外と文化水準は高そうだ。
お風呂には先にミレイが入った。マコトが先に入るよう勧められはしたのだが、お邪魔している身で家主を差し置いて先にいただくのは気が引けたのだ。
そうしてミレイが風呂から上がるのを待つ時間が生まれたのだが……彼も若い男子である。一つ屋根の下、生まれたままの姿で湯浴みをしている女の子がいる……。その事実に緊張しないわけもなかった。
(……駄目だ駄目だ!)
ミレイは自分に良くしてくれている。そんな相手を邪な目で見るなどマコト自身が許せない。マコトは邪念を払うため、外に出て正拳突きの素振りを始めるのであった。そして少し時間が経ち……。
「まだ鍛錬するんですか、マコトさん。お風呂空きましたよ」
「あ、ああ!」
風呂から上がったミレイは、それが自分へ向けられた煩悩を払うためともつゆ知らず、呆れたように笑うのだった。
次にマコトも風呂に入る。そのために脱衣所で脱ぐにはかさばってしまうだろうボロボロの防具を取り外す。これはもう使い物にならないので、捨てることになるだろう。ミレイもそれを見て、明日は防具屋にも寄らないといけないですね、なんて言っていた。
そうしてマコトが風呂場に入ると、木製の小綺麗な浴槽に湯が張られている。風呂は心の洗濯とも言うし、練習後に浸かる湯船は至福の時間だった。だから、この異世界でも風呂に入れるのは非常に喜ばしいことだ。
さて、マコトにはもう一つ気になるものがあった。それは洗い場に設置された鏡だ。今は湯気で曇ってしまっている。何が気になるかと言えば、まだ自分の顔を知らないのだ。別に造形がどうであろうが大した問題ではないが、できれば良いに越したことはない。マコトはそーっと手を伸ばし、湯気で曇った鏡をなでる。そこに映ったのは……
「……これは」
そこに映っていたものは良く見知った顔……、清澄誠そのままの造形をしていた。
実はと言えば、全く考えないわけでもなかった。この世界の元のマコトとは、名前が同じ、性格も似ている。身体能力も近しい。ここまで来ると流石に偶然とは思い難い。そして今、顔まで同じだと判明した。
もしかすると、異世界とは言ってもパラレルワールドというやつで、轢かれた衝撃で別世界の自分に意識が移ったとか、なのかもしれない。
(……ん?)
強い衝撃によって死にかけたことで、別の世界の自分に意識が飛んだと仮定する。そしてこの世界のマコトもアーマードベアにぶっ飛ばされて死にかけていた。それならばもしかして……?
(……考えても仕方ないか)
結局それを確認することはできないし、仮説は仮説だ。それでも、マコトの心は少しだけ軽くなるのであった。
マコトが風呂から上がると、二人は体を休めるためにすぐ寝床についた。
ベッドの上のミレイはすぐに寝息を立て始めたが、マコトは床に敷かれた布団の中、眠れずにいた。女の子の家に泊まっている、というのも一つの理由としてはあったかもしれないが、マコトはまた別のことを考えていた。
(異世界かぁ)
目覚めてから怒涛の展開でまともに考える間もなかったが、これからのことを考えると不安がよぎる。
(決闘もそうだけど、冒険者という職業も……どうなんだろう)
命の危険がある不安定な職業だ。もっと他の道もあるのでは、とも思う。
……だが、アーマードベアとの戦いを思い出すと、胸に熱いものがこみ上げてくる。
戦いの中に充足感を見いだすことになるとは、マコト自身思っても見なかったことだ。……しかしながら、この世界に来る前の悩みを考えればさもありなん、と言ったところだろうか。……技を使う機会がない事に悩むということは、逆に言えば本気で戦いたいと言う願いに他ならないのだから。
それなら、とマコトは思う。なにか目標が見つかるまでは、とりあえず冒険者でいるのも悪くないのかもしれない、と。
当面の指針はそれで良いとして、決闘に関しては……考えるのはミルドラルに話を聞いてからでも遅くないだろう。マコトにもようやく睡魔が忍び寄ってきていた。
マコトは大きく息をついて、寝返りを打つ。そうして目を閉じ、眠りにつくのであった。




