プール
三題噺もどき―よんひゃくじゅうろく。
世界が赤く染まっていく。
「……」
少しずつ沈んでいく太陽は、絶望的なほどに赤く美しい世界を作り上げていく。
人の影が滲み、少しでも離れてしまえば、人かどうかも分からなくなるような時間。
「……」
帰り道を急ぐ人々。
買い物袋を提げた人、スーツに身を包んだ人、学生服の集団、ランドセルを背負った子供。
犬の散歩をしているご老人やランニングに励んでいる人も見受けられる。
だれもかれも、世界の異様なほどの赤さには目もくれずに。
「……」
私は……まぁ。
いつもより、ほんの少し遠くまで散歩しに来たただの休養人というところだ。
正直もう少し人が少ない時間帯に出歩きたいところではあるのだが……他人とのかかわりを避けすぎてもよくないらしいので。
でも今日は少し人が多すぎるな……もう少し時間をずらすべきだったか。
「……」
しかし……久しぶりにこの辺りまで来たが、あまり変わっていないなぁ。
この近くに通っていた学校があるのだ。
……いい記憶がないから、ろくに覚えていないのもあるんだろうが。
まぁ、そういう程の年月もたっていないし、簡単に変わるようなものでもないだろう。
「……」
道の先に、学生の集団が現れた。
アレは…母校……という程の尊敬なりはないが、通っていた学校の制服だ。
時間的には、まだ部活動生がいそうなものだが……あぁ、でももう帰っているかもな。
部活なんてろくにしなかったから。
「……」
どうだっただろうなぁと思いながらも、自然足はそちらの方へと向かった。
少しだけ学生の集団を避けながら、歩いていく。
さほど距離はないので、アッと言う間にたどり着く。
「……」
こちらは、裏手……というか、プールが設置されている方だったか。
この学校はいわゆる進学校というやつで。それが理由なのかは分からないが、割と大き目のプールがある。授業でも水泳があった。
水泳部もあった気がするが、今でもあるのかはしらない。
「……」
夕方のプールには、人一人いない。
この時期の水泳部は、ランニングや室内でのトレーニングをメインにしていたりするんだろうか。さすがに温水機能なんてついていなさそうだしな。
それか廃部になったか。
「……」
あぁでも、あのプールの中身は空っぽなんだろう。
反射した水のきらめき的なものはない。
ぼうと広がる暗闇があるだけに見える。
「……」
ただでさえ、このプールにいい思い出はないので。
……引きずられて、ジワリと嫌な記憶が頭をもたげる。
思いだしたくないものは、いつだって簡単に浮き上がる。
「……」
「……」
皆がプールではしゃぐ中、座って、なんとなく居心地の悪さとよくわからない疎外感に苛まれたりして。
響く水音と、苦手な他人の笑い声と、つんざくような笛の音と、時折聞こえるささやき声と。
―あれだけは何度経験しても、なれるモノではなかった。
「……」
体力がなかったのと、月のモノによる理由で、休みがちだった水泳の授業。
二年間は同じ教師が担当したのだが、一年だけ、別の教師がやっていたことあった。
その時の教師が、新任だったのだが。
「……」
二年間連続して同じだった時は、さすがに教師もこちらの胸中を察してか、保健室によこしてくれたり、別の課題をやらせたりと気を使ってくれた。
しかしまぁ、あの新任の時は、なんというか。
「……」
単に情熱ある若い教師というだけだったかもしれないが。
授業があるごとに休んでいる私に、ペンを渡し、紙を渡し。
記録をとらせたり、何か書き物をさせたり、わざわざ陽の下に立たせてくれたり。
何のための休みか知らないんだろうかと今なら思うが……、まぁ、一度倒れたことがあって、それからはなくなったが。
「……」
「……」
さすがにあの教師はもう居ないだろうけど、元気にしてるんだろうか。
あの調子だと、一部の生徒には嫌われそうだが。
まぁ、全てに好かれる人間がそもそもいないのだから、教師だろうと何だろうと。
「……」
ううん。
もうこちら側にはこないようにするかな。
今日は比較的調子が良かったからこれで済んでるが、どうなるかわかったもんじゃない。
さっさと帰ろう。
お題:疎外感・ペン・夕方のプール