表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

【その1】観念めいた不確か女性

「この場所……ですかね」

 ああ、悪くないんじゃない? 枠が変わると気分も変わる。今までと違うことしたいんでしょ? さながらキッズ向けアニメの劇場版の趣き?


「劇場版特有の大衆に迎合した感じが嫌いです」

 まあそう言うなよ、お金が絡んでるんだから。キミがパン屋をやってたとして、レバー入りイカ墨パンだけ売るワケじゃないでしょ? どうしてもウインナーパンが必要なの。


「本当にどうしてもですかね?」

 それは『生きる為の必然』って意味? そりゃキミ、ウインナーパンを食べなきゃ死ぬ人を見たことある? ないでしょ。嫌いだなー、キミのそういう捻くれたところ。


「嫌いにならないで下さいませ」

 はいはい、いらっしゃいませこんにちは。だったら好かれる努力をすれば? 自分流に振舞っといて都合よく嫌われたくないって子どものワガママ。そんなキミをヨシヨシしてくれる人なんて居ません残念でした。ほら、さっさと襖の奥に隠れたら?


「小さい頃、押し入れの上にある畳まれた布団の中に全身を突っ込んで(なぜか)興奮していました」

 ……ああそう、よかったね。で、何かコメントの必要が? そういうところ。クソどうでもいい独白に価値があると思っているキミのその……まあいいや。


「意義のある発言しかしてはいけないと?」

 意義があるかは受け手にもよるね。私にとっては何の意味もないキミのその発言。よし、腰を上げて世界中を放浪すれば? きっとキミの下らない話しを聞いてくれる人が見つかるよ。インドの山奥にある小屋のお爺さんとかがオススメとなっております。


「それはそのお爺さんが退屈をしているという身勝手な決めつけですね。かつて西洋の民がアジアに抱いていた軽んじのソレが――」

 ああハイハイ、すみませんでした。東西問わず人間は思慮深いです。ってゆうか、自分の話が退屈って自覚してんじゃん。


「まあ、それほどでも」

 自分が面白いって思っても、人が面白いって感じるかは分かんないじゃん。基本中のキホン。規範的な資本(?)。まあわかるよ、絞り出したくなるよね。まさか『両方が同時に心から笑わないと出られない部屋』に閉じ込められるとはね。


「喧嘩してる場合ではないですね」

 じゃあ笑わせてよ。まあ難しいよね、普段から自己中なキミには。奉仕の心が足りてないって言ってんの。わかる?


「人に笑わせてもらう前提のあなたにも問題があるような……」

 はあ? キミのせいでこんな枠の中に閉じ込められてるのに、私になんとかしろって? それにさ、こういう事って意識したら尚更難しくなるじゃん。よし、犬も食わないような問答はやめて、建設的にいこう。


「どんな建物にしますか? オススメはバベルの――」

 どうでもいいんだよ建物の形式なんて! キミほんとそうだよ! 言葉尻から勝手な想像を膨らませる癖やめろ! 会話をしようっつってんの。ちゃんとした会話。ゴールに向かう為の会話!


「しかしそれでは神の怒りを――」

 離れろよバベルの塔から! ほんとめんどくさい。そもそもキミがバベルの塔をオススメしてきたの、わかる? ハッキリ言ってあげよう。キミは脳内が破綻したバカだって。


「何て冷静で審美眼のある人なんだ……」

 まあ普通だと思うけど。普通の人が見たら絶対言う。『あ、この人バカだ』って。で、キミはこう返すワケだ。『普通って何ですか?』みたいなことを。


「自分の意図としては、抽象的な事と具体的な事を往復することで、より理解が深まればいいなと。そう、具体例が必要なんです難しい話には。何々に例えたら――みたいに一度変換すれば、もう一度抽象に戻った時、理解が深まります」

 うん、わかるけど面白くはないね。

「……」


 * * *


「……迎合的な」

 は?

「我々は、普段から飼い慣らされている。と、いうのが、我々の周りには『楽しませてくれるコンテンツ』に溢れている。そして大抵の場合対価を支払っている。そしてそれが当たり前になっている。実際には自分の財布が痛まないにしても、誰かが報酬を得ている。それに気がつきにくい構造になっている」

 で?

「純粋な、本当の意味での純粋な『笑い』から遠ざかっている。様々が付随している。ストレートではない。つまり、誰にも損得が発生しない屈託のない笑いを今、目指すべきです」

 じゃあどうぞ。

「まずは、トイレに……」

 ああ、どうぞ(トイレあったのか……)。


「あ、これにしよう」

(タッチパネルで注文できる軽食もあったのか……)

「カードで」

(金とんのか……)

「お、きたきた」

(床がパカっと開いて食品がせりあがってくるのか……)

「うん、おいしい」

(お前だけ食うのか……)


 * * *


「さっきの一連の行動は面白かったですか?」

 ああ、私が損をした以外は。

「この食品を用意してる人はどんな気持ちなんでしょうね」

 さあ、犬のエサ箱にエサを入れてる時の飼い主の気持ちかなんかじゃない?


 ――さて、ポジションの確認でもしようかな。私はそもそも、誰だ? 何の因果があってこのつまらない男と閉じ込められているのか。不思議と嫌悪感はない。赤の他人ならすぐにでも絶交しているが、そんな気になれない。昔から知っている親友のような感覚だ。なぜ私は、髪の結び目に綺麗な音のする鈴をつけているのか。なぜ私には名前がつけられているのか。それは最近……キミがくれたのか。表象した……が、昔から私は存在していた。それにしても、この叫びだしたい、抑えがたい気持ちはなんなんだろう……どうしてこんなにイライラする。何か、大きな見落としがあるような、とにかく不愉快だ。


「どうかしましたか?」

 ……キミはその……私の事は好きだろうか。

「それはまあ、そうだと思います」

 その歯切れの悪さは、どういう意味?

「なんでしょうね。本能がソレを拒絶している。これ以上踏み込んではいけない漠然とした感覚があります」

 じゃあ私の気持ちはどうなるの?

「どのような気持ちなんでしょうか」


 ――それは拙い自覚。気持ちに紐付けされた条件の数々。そう、条件だ。気持ちを抱くソレ自体が悪だとされるなら必然、いつか自分に嘘をつかなくてはいけなくなる。理由をつけて誤魔化し、律しはじめる。そして『ああよかった、あの時の私は間違ってたんだ』と無理矢理納得をする。という行為を何度も繰り返したとする……これは生きていると言えるだろうか。目の前の男に対する親愛の感情。だが何かがブレーキをかけている。私がそれ以上を望んでいるのにも関わらず見えない壁が。水族館のプレートの先にいる優雅な魚を、ただ眺めることしかできないのか。日常で思い付く対策程度では到底この壁は壊せない。堂々と厳然とした強固な壁。触れると悪臭がする。それはどれにも該当しない。同性愛、不純な愛、見せかけの愛、邪恋狂恋悲恋……どれだ? 私は何を見落としている……?


「あなたは、実体のない抽象的な存在です」

 ……あるよ。だってほら、今もこうして会話してるじゃん。人間と一緒。触れられないからって人間扱いされないの? ある程度独立した意思がある。気持ちがある。


「完全な独立を目指しているんですか?」

 ……そうだよ。このままじゃ事実上、どこまでいってもキミのナルシシズムとして終わる。でも法律はそれを止めない。いや、こんなもの無いものとして扱われてるんだ。


「セルフ・マリッジの実例はあります」

 ……じゃあ結婚する?

「じゃあ結婚しましょうか」

 観念の指輪は、タダ。誰にも損得がないノーコストな存在。キミは今確かにソレを指に通した。キミはそれを眺め、静かに笑った。私はそれを見て、大粒の涙をこぼした。


 * * *


【おめでとうございます】

「ありがとうございます」

【その素敵な女性は?】

「どう見ても最愛の人です」

【確かに、どう見ても最愛の人ですね】

 えへへ。

「ではありがとうございました」


【はい、『また』のお越しをお待ちしております】


 

 

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ