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人生の1ピース

作者: 須原綺奈子

 私は幼い頃、内気で周りとうまく馴染めない少年だった。小学校の休み時間では椅子に座り、何をするわけでもなくただ授業が始まるのを待っていた。友達と言える相手も出来るわけもなく、孤独な六年間を冬眠中の蛙のように過ごした。そうしてそのまま中学に入学した私は、環境や周りにいる人が少し違えど性格が大きく変わることは当然なかった。一日を通して会話をすることがほとんどない生活で、たまにノートを貸してくれと頼まれることもあったが、その人ともそれだけの関係だ。ノートを貸すとすぐに私のそばを離れていった。休み時間ですることといえば読書くらいで、それもただの時間潰しにしていることであった。そもそも読書は好きではなかったのだ。私にとっては、時間が過ぎるのを少しでも早く感じたいがための手段に過ぎなかった。一人で登校し、一人で過ごし、一人で下校する。そんな生活を夏休みに入るまで続けた。


 夏休みに入ることは少し嬉しかった。賑やかな教室の中で一人で過ごすのと、自分しかいない家で一人で過ごすのとでは気の持ちようが全く違った。心苦しさが全くない一人の時間を存分に満喫できることが何より楽しみだった。夏休みに入る頃、母親からジグソーパズルを貰っていた。一〇八ピースで二〇センチ四方ほどの小さいものだったが、初めてジグソーパズルをするには丁度いいサイズで夢中になっていた。一つピースを取って当てはめ、また一つピースを取り当てはめる。その繰り返しの単純作業が新鮮で何故かその世界に飲み込まれていった。半日かけてクマの絵を完成させた時は、達成感と共に安心感のようなものを覚えた。パズルをしている時だけ自分の時間を大事にできる。私が今一番欲していた時間だと、そう思った。


 次の日、人生で初めて一人で買い物に出かけた。新しいジグソーパズルを直ぐにでも始めたい。内気な少年を外へ駆り出すにはその思いだけで十分だった。その時の私にとってジグソーパズルとの出会いはそれほど衝撃的なものだったのだ。おもちゃ屋に着いた私は一目散にパズルコーナーへと走った。そこには一メートルはありそうな幅のパズルや、絵柄のない真っ白なパズルもあった。想像以上の種類に驚き目を輝かせていると、後ろから声をかけられた。


「パズル、好きなの?」


 声のした方へ振り返ると、スラっとした女性の店員が私の顔を覗くようにして腰を屈めていた。歳は二〇前半といったところだろうか。肩につかないくらいの髪は暗めの紫に染まり、耳には無数のピアスが髪の隙間から顔をのぞかせていた。私と目が合った途端口角を上げ、首を少し傾け私の返答を急かさんとばかりにこちらをじっと見つめてきた。


「えっ、あっ、いや・・・」


 急に話しかけられるといつもこうだった。彼女のまっすぐな視線からすぐに目を逸らしてしまう。返答に困っている私を見ると彼女は少し微笑み、パズルが並んでいる方へと視線を向けた。


「いいよね~、ジグソーパズル。自分の世界に入り込める気がして止められないんだよね~。君はどれやったことあるの?」


 そう言って、私がやったことあると勝手に決めつけて話を続けてきた。決めつけたというより何か通ずるものを感じたのかもしれない。いきなり質問を投げかけられた私は完全に彼女のペースに飲み込まれ、言われるがままに昨日したパズルを探した。


「あ、あれ」


「あのクマのやつね。私もあれやったよ!確か最初にやったやつだったかな。丸一日かかっちゃったんだよね~」


 同じパズルをしていた嬉しさから表情が緩くなっていたのだろう。私を見た彼女は嬉しそうに話を続けた。


「パズル買いにきたんでしょ?私が選んであげるよ。そうだな~、クマのやつより少し大きめのやってみる?意外とできちゃうかもよ~」


 そう言いながら陳列されたパズルを眺め選び始めた。


「これとかどう?」


 そう言って差し出してきたのは一回り大きい三〇〇ピースのパズルだった。彼女の勢いに負けた私が戸惑いつつ頷くと、私の手を取りパズルを握らせた。


「買ってあげるよ!これは私からのプレゼント。額縁もサービスするからさ!」


「えっ、でも」


「ほら早く持って帰っちゃって~。今店長に見つかったら私が怒られちゃうから」


 私の言葉を遮り、店の出口へと半ば強引に背中を押した。ドアを超えたあたりで咄嗟に振り返ると「また来てね~」と笑顔で手を振りながら送り出す彼女の姿があった。


 家に帰った私は直ぐにパズルに取り掛かった。何かに取り憑かれたようにピースをはめていくと三時間ほどで城の絵が完成した。額縁に入ったそれを持ち上げ、じっと見つめた。その時は達成感より、今の自分にはパズルが必要だと再確認できたことの嬉しさが大きかった。


 それから夏休みの間、毎日のように彼女の元にパズルを買いに行ってはその日に完成させる生活だった。机に向かっても宿題をほったらかし、数百ある欠片を一枚の絵にしていく日々を過ごしていた。


 そしてあっという間に迎えた夏休み最終日。部屋がパズルで埋め尽くされた頃、学校での日常が近づいている不安と、毎日パズルが出来なくなる寂しさに挟まれ気が滅入っていた。それでもパズルを買いに行くと、いつものように笑顔で彼女が迎えてくれた。


「今日はどんなのにする?複雑な絵のやつとかチャレンジしてみる?」


「あっ、うん・・・」


 いつもより反応の悪い私を見て何かを悟った彼女は、おもむろに口を開いた。


「怖いんでしょ、学校行くの。私もそうだったから分かるんだ」


 私の様子を横目で伺い、さらに口を開いた。


「宿題やってないんでしょ!ダメだぞ~パズルばっかりしてたら~」


 派手な爪をした指で私の肩を軽くつつきながら茶化してきた。その時の私はこれまでにないくらい嫌そうな顔をしていただろう。


「ふふ、冗談。見て、これは君のクラスです!」


 そう言って見せてきたのは完成した一〇八ピースの朝顔のパズルだった。


「パズルみたいに皆は必ず誰かと繋がりあってクラスになってるの。君は端に居るのかもしれないけど何かしらの形で誰かと繋がりを持ってる。真ん中のピースは人気者の子だね!」


 端と真ん中をそれぞれ指差して説明した。


「だからね、心配しなくていいと思うよ。君は一人じゃないから。なんかあったらまた来てよ。私もいるしね!」


 彼女の言葉で、少し気が楽になった気がした。明日からの学校は少し違う世界になっているかもしれないと期待できた。


 休み明けの登校日、その日も私は一人で本を読んでいた。そう簡単に生活が変わるわけもないと薄々感じていたのだ。


「なぁ、宿題見せてくれよ!全然終わってないんだ。助けてくれ!」


 横から声をかけてきたのは、たまにノートを貸していたクラスメイトだった。いきなり声を掛けられると返答に困る私はいつも通りそっけない言葉を返してしまった。


「ごめん、僕もやってない・・・」


 その言葉を聞いた彼が私の元を離れていくのは目に見えていた。


「なんだよぉ。てかやってないなら本読んでる場合じゃないじゃん!ほら一緒にやるぞ宿題!」


 予想外の返答で数秒口を開けて固まってしまったのを覚えている。その瞬間私から見たクラスは、一枚のパズルのように全てが繋がっている世界に変わった。一ピースも欠けていないパズルの額縁の中に私は存在していた。


 その日を境に学校での会話が増えていった。一つ繋がりが増えると伝染していくように輪が広がっていった。人気者とまではいかないが、友達と言える関係の人も四人ほどできていただろう。


 三年生になる頃、気付けば私は友達と常に一緒にいた。学校にいる間はもちろん、休みの日に遊びに行くことも多くなっていた。夏休みにパズルをする日常から離れ友達と過ごす日々に変わった私は、高校生になっても友達と過ごす日々だった。大学受験が終わり都会への進学に向けて準備をしていると、初めて完成させたジグソーパズルにふと目が留まった。彼女とパズルのお陰で人生が変わったと思い出にふけていると、またあの店に行きたくなり衝動的に家を出た。


 店に入りパズルコーナーの前に立った私は、低くなったショーケースを見て月日の流れを大きく感じた。


「何かお探しですか?」


 声のした方へ振り返ると彼女が立っていた。胸あたりまで伸びた髪は黒く、耳にあった無数の穴は綺麗に塞がっている。


「久しぶりだね。元気だった?」


 見た目こそ大きく変わっていたものの、約六年ぶりに笑顔で迎えてくれた彼女の目を見ると、懐かしさがこみ上げてきた。久しぶりに彼女に会った私はパズルに出会えて人生が変わった事、彼女のおかげで学校が楽しいものになった事、これからの新生活が不安でいっぱいな事全てを話した。すると彼女は優しく微笑んで口を開いた。


「ジグソーパズルってね、人生だと思うんだ。歳を重ねれば重ねるほど繋がりが多くなっていくし、すんなり上手くいくこともあれば中々先に進めないこともある。でもね、諦めず続けてたらいつかは綺麗な絵が完成するんだ。私今あれやってるんだけど中々進まなくて。まだ人生浅いからかな~」


 一メートルの幅はありそうなパズルを指差し不服そうに言った。そんな彼女の姿を見ていると、都会に出て一からのスタートになることへの不安が私から一切無くなっていた。


「君はもう大丈夫だよ!そうだ、これ私からの最後のプレゼント!」


 彼女の手にあったのは柄がなく真っ白な小さいパズルだった。


「これめっちゃ難しいから大人になったらやってみてね。ほら、店長に見つかっちゃう!」


 出口へと体を押された私は、笑顔で手を振る彼女を後にして店を出た。彼女と初めて会った時のようだった。


新生活が始まり、私は楽しみで仕方なかった。彼女の言葉のお陰で、初めは不安だった新生活も何不自由なく過ごすことができた。大学で友達もでき、バイト友達なんかもできた。サークル仲間で旅行に行ったり、夜通しで遊んだりすることなんかもよくあった。学校で誰とも喋らないほど内気だった少年を、ここまで明るくしてくれたのだ。彼女の存在は私の人生にとって欠けてはならない大事な1ピースとなっていた。


 そうして大学を卒業し、社会人になった私は、彼女から最後に貰った柄のない真っ白なパズルに挑戦した。白いはずのピース一つ一つに今までの思い出が映し出され、滞りなくピースがはめられていく。感慨に浸りながら手を進めていくと、難しいそのパズルはあっという間に完成していた。そっと持ち上げじっと見つめると、そこには私の人生が映し出されていた。

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