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1話

「……はっ」


 カーテンの隙間から差し込む光が酷く眩しい。光に身を焦がされる吸血の様な面持ちで光を手で遮りながら、外れかけのカーテンをクリップで留め直す。

 

天を仰ぎ、目を見開くと見慣れた天井。六畳一間、畳のにおいと布団に染みついた寝汗の匂いが混じり合った男臭いこの空間が僕の根城である。

ぼけた視界で時計を探す。時間は正午。

 

普通の社会人であれば、今頃鬼電を喰らっている所だが、幸か不幸か僕のスマートフォンには着信履歴はおろか、通知の一つもなかった。


「あと一時間てとこか」

 

 寝癖でボサボサの頭をさすり、シャワーを浴び、リビングへ行き、ラップのかかった冷たい飯を食べ、バイトへ向かう。

 大学を中退してからの僕の生活は毎日これの繰り替えしであった。こんな生活が早くも四年目に差し掛かる。二十四歳心の冬である。

バイト先では適度に愛想笑いをし、良くも悪くも近からず遠からず、そんな希薄な表向きだけの人間関係を構築しながら毎日を虚無の中生きている。たまに思う。人は何故働かなくてはいけないのか。答えは簡単。働かせる側と働く側という単純な社会の縮図。江戸中期から末期、武士の魂は武士の魂ではなかった。主君の為なら命をなげうつことも厭わない。


封建社会の完成形は少数のサディストと多数のマゾヒストによって構成されている。そして今現在のそれは形を変え最初からそこにあったかの様に静かに息を潜め、この国を支配している。そして悲しいことに僕はマゾヒスト側である。世の中は世知辛い。


だがそんなただのマゾヒストでも一片の普通の歯車になってやるのもいけ好かない。

だからこそフリーターという立場を僕は選んだ。社会への些細な抵抗だ。好きな時間に働いて好きな時に最悪休める。


親には早く定職に就け、なんて言葉をかけられるが、今のところそんな予定はない。

二十四歳、静かなる反抗期である。なんて格好はつけてはいるが、実は大学中退後密かに就職活動を行っていたのだが、結果は惨敗。どこにもただの大学中退ニートを養ってくれる都合のいい会社なんてのはなかった。


レールから一度外れてしまうと、この国では元に戻るのはどうやら難しいらしい。なら外れてやろうと言うのが僕の考えであり、それらを指針に生きてきたのだが、今風呂場の鏡の前に映る人物を見ると死んだ魚の様な目をした貧相な出で立ちの男が立っていた。まぁ僕なんだが。

そんなネガティブ思想を打ち消すかのように鏡にシャワーをうちつけ、髪をめちゃめちゃに洗いまくる。考えすぎは毒だ。僕みたいな人間は考えすぎると後ろ向きに物事を考えてしまいがちだ。だからこそ一線を越えた時思考を放棄し、楽しい事を考える様にしている。


風呂から上がり、髪を乾かしながら、スマートフォンをいじりあるページを開く。そう風俗の紹介ページである。僕はあまり趣味がない。昔から熱しやすく冷めやすい。

周りに合わせることは出来るが、心から楽しいと思って自分一人でのめり込む事なんてなかった。だが風俗は違う。自分一人が密かに楽しめる唯一の趣味であった。

一見フリーターは金がないかと思われがちだが、僕はフリーターでもこどおじ(実家暮らしのおじさん)なのである程度金はあるのだ。実家には二万円入れているが、残りは自分の小遣いであり、車も特に持っていない僕はローンの支払いとかもないし、スマートフォンだって格安キャリアを契約しているから月に五千円も取られていない。残りは全て使える為割と金銭的には余裕がある。つまり何が言いたいかというと、こどおじ最高と言う事である。


「今日は……」


曇り無き眼でスマートフォンと見つめ合う。しかしバイトにいくまでの時間に余裕がないことも理解しているので判断は速い。即座にお目当ての店の電話番号をタップする。


「あ、もしもし、ビレッチネットヘブンをみた竹内と申しますが……のあちゃん指名で四十分コース

で夜十時半からお願いしたいのですが……はい。はい、よろしくおねがいしますー、失礼いたします」


風俗に電話するのは未だに緊張する。電話が終わった後に僅かに手が震える。この震えは武者震いだと自分に言い聞かせる。

今日指名した子はのあちゃん(二十四歳)という僕と同い年の子だ。


写真を見る限り、ぷっくりとした唇に華奢な体。太すぎず細すぎない。慎みのある乳に対し大きなヒップが特徴の子であった。顔は手で隠してしまっているので見えないがそれでいい。想像を膨らまし、股間を膨らます。これが風俗を楽しむまでで非常に大切な事であると思う。

身支度を済ませ、今日もアルバイトに向かう。


「いってきます」


返事はない。ただの屍の様だ。

だか今日の僕の足取りは軽い。今日のゴールは仕事が終わる事ではない。風俗に、ソープ嬢に、のあちゃんの元にたどり着く事なのだから。待っていてくれ。


マゾヒスト、一日の門出であった。


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