プロローグ
「好きです」
今でも覚えている。あれは酷く熱い初夏の頃であった。部活の練習終わりの校庭の片隅、煌々と照りつける太陽から逃げるかの様に武道館の軒下で休んでいた時の事であった。
「だから、好きです」
「いや聞こえてるってば」
スカートをギュッと握りしめて、目の前の女の子が同じ言葉を復唱する。そう、僕は人生で初めて告白されているのだ。十四歳、始めて訪れた春である。
だが、初めての事でどう反応すればいいか分からない。熱さのせいか、はたまた目の前の状況に混乱しているせいか次の言葉が紡げずにいた。
普段なら気にもならない蝉の鳴き声が一層大きく脳に木霊し、思考の巡りを疎外されてる様な気すらした。
「返事待ってます」
沈黙を切り裂き、小麦色の肌が印象的なその子は、頬を赤らめ恥ずかしそうに僕に背を向け、去って行った。
あのとき、気の利いた言葉の一つでもかけられていたのなら僕の人生も少しは変わったりしたのだろうか。
おぼろげに彼女に手を伸ばそうとすると視界がぐにゃりとまがり、いつも僕はゆめから覚めるのだ。
それはお前が選ばなかった未来だと、捨てた過去だと言わんばかりに。