学生時代の二人
白い結婚という約束通り、私たち二人の部屋は別々だ。
用意された部屋は、それでも清潔なシーツと柔らかい羽毛布団、そして私の大好きなコバルトブルーのカーテンが揺れる快適空間だ。
私は、お行儀が悪いと理解しながらも、ベッドにダイブして、ひしゃげたクマのぬいぐるみを抱きしめる。
「……ディル様が私に愛をささやくという時点で何かがおかしいのよね」
前回の人生を含めても、いつだって、一方的に『好き!』『大好き!』と追いかけ回していたのは、私の方なのだ。
学生時代の友人たちが、証言してくれるだろう。『ルシェは、一日中、ディル様を追いかけていた』と。
そもそも、王立学園を卒業したら、ほとんどの貴族令嬢は政略結婚をするのだ。
学業も、剣術も、魔法も全てがハイスペックで、しかも道行く人が三度振り返る美貌の持ち主で侯爵家の嫡男であるディル様が、私みたいな成り上がり伯爵家の平凡な令嬢に振り向いてくれるなんて、ほんの少しだって思っていなかった。
それでも、ただ好きで好きで大好きだった。
そんな私に、ディル様が振り向いてくださった記念すべき日は、今でも私の妄想なのではないかと思っている。もちろん、大切な思い出なのだけれど……。
* * *
二年生になってしばらくたった、暖かい春の日。
倒れる寸前まで勉強した結果、無事にAクラスに残留出来た私は、その日も浮かれていた。
「おはようございます。ディル様! 好きです!」
その日も私は、開口一番ディル様が好きで仕方ないという思いを告げた。
そんな私を表情のない美しすぎるご尊顔が見つめ返す。
「…………好き」
「…………あのさ」
無表情のまま、ディル様は私に話しかける。
めったに返事をしてもらうことがないため、それだけで私は舞い上がってしまった。
「は、はい! どんなことでも命じてください!!」
「……周囲に誤解されるからやめて」
それもそうか。ディル様が、私に何かを言ってくることはないし、そもそも私は、ただ好きだとつきまとってくるうるさいクラスメートでしかないだろう。
それでも、ここまで来るために私は頑張った。
首位で入学したディル様は、学業、剣術、魔法、全てにおいて成績優秀な学生ばかりを集めたAクラス。
全てが並だった私はCクラスだった。
『私……。来学期、Aクラスになる』
『え? ルシェ……。そんな無茶な。あそこには天才しかいないんだよ?』
『なる! 絶対にAクラスになる! そして、毎日毎日、首席挨拶をしていた王子様のご尊顔を眺める権利を手に入れるの!』
人生で初めての恋をしてしまった私は、その日から寝る間も惜しんで勉強をした。
残念なことに剣術については、そこまで出来るようにならなかったけれど、光魔法の素質を持っていたことが功を奏して、私は二学期には無事Aクラスへの編入を果たしていた。
「どうしたの、ボーッとして」
「え? もちろん、ディル様のことを考えていました」
「……君さ、恥ずかしくないの?」
キョトンと目を見張った私は、しばらく首を傾げてから答える。
「……そうですね。恥ずかしいかもしれません。でも、ずっと一緒にいられるかなんて、誰にも分からないじゃないですか」
ましてやディル様は、侯爵家の嫡男。
私は、成り上がりの伯爵家の長女。
ずっと一緒になんていられるはずない。
現に今だって、Aクラスに残留するために、私は寝る間も惜しんで勉強しているのだから。
けれど、努力が功を奏して、学業に関してはディル様に次いで二番目の成績を修めることが出来ている。恋の力は、偉大なのだ。
「好きです……。伝えられなくなるまでは、伝えたいです」
「…………」
「あ、迷惑だったら言ってください。遠くから眺め続ける方針に変えますので」
「…………断っても、見るんだ」
「それくらいは、許していただければと……。え? それすら嫌ですか?」
Aクラスを維持するため努力している理由は、ディル様のご尊顔を眺めたい、それが全てなのに……。
それすら迷惑なのであれば、身を引かなくてはいけないな、と思った時、奇跡は起こった。
「あ……」
目の前で、いつでも無表情だったディル様が、咲きかけの薔薇みたいに微笑んだ。
それは、今まで見たどんなディル様よりも、甘くて、カッコよくて、衝撃的だった。
「ルシェ」
「は……。はい!!」
初めて呼ばれた名前は、鼓膜を揺らしてほかの音を遮断してしまう。
信じられない気持ちのまま、見つめたディル様は……。
「いいよ。付き合おうか」
立ち上がり、私の耳元に唇を近づけて、そう告げたのだった。
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