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身代わり


 そっと、本をめくり、火事が起こる直前に確認していたページを開く。


「間違いない……」


 それは、間違いなくディル様の心臓を蝕む呪いの蔦だった。

 読みすすめていた私は、おもわず本を取り落とした。


 強い呪いの解除に失敗したときに、解除しようとした人間が呪われることがある。


 ディル様を蝕んでいる蔦は、呪いの本体ではないの……?


 急に粘つくように心臓を流れはじめた血液。

 私は、やり直す前の出来事を思い出して、胸元を握りしめる。

 問題なのは、ディル様は、誰の呪いを解こうとしたのか、ということだ。


「まさか……」


 二年の終わりに、突然使えなくなった光魔法。

 あの時、今まで一度も寝込んだことのなかった私は、高熱を出してベッドから起き上がれなくなっていた。

 一週間以上続いた高熱の原因は誰にも分からず、医者にもお手上げだと言われたらしい。


 それなのに、一週間後のあの日、ディル様がお見舞いに来てくれたあと、急に元気になったのだ。

 光魔法は、元に戻らなかったけれど、少なくとも私は元気になった。


「……二年の終わり」


 私は、本を抱えて、ルエダ卿に確認するため、勢いよく部屋のドアを開けた。

 私にかかっていた、綻びかけた二重の魔術。

 ルエダ卿が、なにか知っているのは間違いない。


「おや、もういいのですか?」


 もう、日は暮れてしまっている。

 飲食も忘れて集中していたらしい。

 ルエダ卿は、直立不動のまま、私の部屋の前に控えていた。


「――――はい」

「そうですか。何か収穫はありましたか?」

「ええ。たぶん……。ところで、そんな風にずっと立っていてお疲れではないですか? 付き合わせてしまったようで申し訳ないです」

「え? 可愛らしいことを仰いますね。しかし、鍛え方が違うので問題ありませんよ」


 にっこりと笑ったルエダ卿の美貌は、形容しがたいほどに光り輝いていて、私は思わず両手で目を覆いたくなってしまった。

 騎士という単語を形にしたら、ルエダ卿になるに違いない。ふと、そんなありもしない想像をする。


「それで……。教えていただけるのでしょうか」

「……そうですね。ところで、この本には黒い蔦のようなものをなくす、あるいは誰かに移す方法が載っていなかったのですが。ルエダ卿なら、何かご存じなのでは?」

「――――どうして、移すという案を思いつかれたのですか?」


 そうだ、確かに呪いを解決しようと思っても、移そうと思いつきはしないかもしれない。

 もし、呪いというものが、誰かに移せる可能性があると知らなければ……。


(やっぱり、やり直しについて説明することは出来ないのね)


 口だけをパクパクさせて、音にならない息を吐く。

 そんな私の様子を見て、しかしルエダ卿は、分かりやすく眉をひそめた。


「――――言葉が出なかったのは、何かの制約に引っかかるからですか」

「ルエダ卿……」

「ルシェ様には、大きな魔術がかけられていると、以前お話ししましたよね?」

「はい……。私は、ディル様がその魔術を解こうとして、あんな状態になったのではないかと考えました」


 ため息をついたルエダ卿は、少しだけ痛ましいものを見るような視線で、私の胸元を見つめる。


「そうでしょうね……。ところで、我が主から、ルシェ様は光魔法の力を失ったと聞いていましたが、使えているのですね」

「え……?」

「黒い蔦は、普通見えませんよ。光や闇魔法を持つか、それとも強大な力でも持っていない限り」


 そっと、私の近くまで歩み寄ったルエダ卿は、人差し指で私の心臓のあたりに触れた。

 そこから流された魔力は、今まで王立学園で学んだ、どんな魔力とも違うものだった。


「――――その魔術、一つはルシェ様の光魔法を、もう一つは命を奪う物です。後者の魔術は、無理に引き剥がされて、ほころびかけています。前者は、その効果を失いつつあるようですね」

「……このままだと、私にも黒い蔦が絡まる可能性はあるのですか?」

「――――そうですね。本当は、完全に引き剥がしたかったのでしょうが、残ってしまったようです。この命を失う魔術を引き剥がして請け負った人間が死ねば、戻ってしまう可能性はあるでしょうね」


 それは、やり直し前の、私たちの状況と酷似していた。

 もう、先ほど浮かんだ考えを振り払うことなんて、出来なかった。


(ディル様が、死んでしまったのは、私に掛けられた魔術を解こうとしたからだった)


 もう一度やり直したいと、本気で思った。

 もし、王立学園に入学する前に戻ることが出来たなら、もう絶対にディル様に関わったりしないのに。

 けれど、どんなに願ったところで、同じような奇跡が起こることはない。


「ルエダ卿……」

「はぁ。制約を受けるほどの魔術には、それほど種類がありません。そうですね、やり直している、あたりでしょうか。……ああ、その顔、正解ですか。実現できないはずなのに、聖女の奇跡、といったところでしょうか」

「もう一度、やり直すことは」

「きっと、そう何回も使えるものではないでしょう。同じ状況が再現されれば、あるかもしれませんが」


 少なくとも、その条件には、ディル様と私の二人が死んでしまうことが含まれるのだろう。

 それに、やり直したところで、戻ることが出来るのはおそらく……。


「ルエダ卿、もう一度伺いますが、呪いを移す方法をご存じないですか。あるいは、魔術を元に戻す方法を……」

「……それを知ったら、実行するのですか?」

「もちろんです」


 その時、扉が開いた。

 そこに立っていたのは、いつもと違って怖い表情をしたディル様だ。


「ディル様……。あれ? 帰ってくるのは三日後だったのでは」

「うん。用事が思いのほか早く片付いてね。……その本」


 次の瞬間、私は肩に担ぎ上げられていた。手から離れた本が、バサリと音を立てて床に落ちる。

 そのまま、ディル様は迷いのない足取りで、まっすぐに自室へと戻る。

 ベッドに寝かされて、その上からディル様が肩越しに手をついた。

 

「ディル様……」


 そのまま、口づけが落ちてくる。

 けれど、いつもの優しいものと違って、荒々しくて、息が苦しい。


「――――安心して。方法を見つけたから」

「え?」


 ディル様が、ドレスの胸元を開いて、私の心臓の辺りに手を添える。

 そこから、直接魔力が流れ込んで、私の心臓を取り囲んだ。


「――――今度こそ、ちゃんと助けてみせるから」

「――――今度、こそ?」


 私に掛けられていた、魔術の形がハッキリと分かる。

 ディル様の魔力に囲まれて、まるで手の平で直接心臓を握りこまれているみたいだ。


「ディル様……。覚えているのですか?」

「ああ、やはりルシェも思い出していたんだね」

「いつ……」

「火事からルシェを助け出したとき、君の体からあふれ出した金色の魔力に包まれた。そのあと、全て思い出したよ」


 魔術が壊れて、引き剥がされようとしている。

 この後起きることを予想してしまった私は、慌ててディル様の手首を掴んだ。


「ダメです! 私の代わりになろうなんて、何考えているんですか!」

「――――ごめん。なんとか、解除しようとしたけれど、ほかの方法が見つからなかった」

「…………じゃあ、私に返してください!」

「それは出来ない」


 パキンッと音がして、魔術が壊れていく。

 ずっと耳の奥で鳴り止まなかった雨音が、強い感情と光の中で消え去っていく。


「そんなの……。許さない」

「――――ルシェ?」

「ディル様が、あんな風にいなくなってしまうなんて、私は、そんなこと、もう二度と認めない」


 こぼれ落ちる涙は冷たいのに、体は熱くてたまらない。

 私の魔力を抑え込んでいる魔術に、無理矢理ディル様の魔力を誘導する。

 次の瞬間、音を立てて魔術が壊れて、私の体から金色の光が勢いよくあふれ出したのだった。


 

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