押しかけ妻は嫌われない
* * *
出迎えは、予想外にも豪勢だった。
もちろん、サーベラス侯爵家は、アインズ伯爵家からの資金援助を受けたとはいっても、立て直しには少しの時間がかかるだろう。
何よりも領地と領民を大切にしているディル様が、いくら花嫁を出迎えるためとはいえ、多額の資金を投入するはずない。
それでも、目の前にはたくさんの薔薇が飾られている。
きっと、庭師が丹精込めて育てた薔薇に違いない。
「お待ちしておりました、奥様」
「……ありがとう」
顔見知りの執事が、柔和に微笑んだ。
今日から、期間限定でこの家にお世話になる……。
「ディル様は?」
「……図書室にいらっしゃいます」
申し訳なさそうなその言葉に、ディル様に歓迎されてないことを改めて知る。
それでも、私たちは結婚してしまった。
出来るなら、険悪な雰囲気ではなく半年間を過ごしたい。
(半年後に笑って、さよならしたいから)
白い結婚が証明されれば、ディル様は好きな相手と堂々と結婚できるだろう。
それがいいに違いない。
「ディル様……?」
サーベラス侯爵家は、長い歴史を持つから、その図書室は貴重な蔵書であふれている。
本が大好きな私は、ディル様と仲良くなってからは、よくこの図書館を訪れていた。
「――――ルシェ」
日の加減なのだろうか、少し暗い図書室に一人立っていたディル様は、眉を寄せたままこちらを振り返った。
前回、私の命をも奪った呪いが、不思議なことにディル様の心臓あたりでハッキリとうごめいているのが見える。
一度、命を奪われたせいなのだろうか。それとも、ほかに理由があるのだろうか……。
そもそも、どうして私はやり直しているのだろうか。
「どうして……」
「……ごめんなさい。契約結婚でいいですから、そばに置いてください」
「そんなの、君に一つも得なことがない。ましてや俺は……」
図書室は静まり返っている。
二人一緒にいたときは、あんなにも笑い声であふれていたこの空間は、静かすぎて空恐ろしいくらいだ。
「好きなんです。ディル様のこと……。だから、半年間だけ、思い出が欲しいです」
「……半年間だけ?」
「その後は、離婚しましょう。白い結婚だったと公表すれば、王国法では結婚は白紙に戻ります。もちろん、資金援助した分は、サーベラス領が立ち直ったら父に返してくれればいいですから」
怪訝な顔をしたディル様に、精一杯微笑みかける。
本当に大好きだ、と言うことを今さらになって思い知らされる。
やり直す前、ディル様を失った悲しみと苦しみは、その後襲いかかった呪いの苦しみよりも何倍も辛かった。
「大好きです。ディル様……。少しの間でいいから、私をディル様の奥さんにして貰えませんか?」
「――――ルシェは、あいかわらずだな」
次の瞬間、強く抱きしめられていた。
きっと、拒絶されるのだと思っていたのに……。
「ルシェは、きっと後悔する」
「後悔なんてしませんよ?」
後悔なら、やり直し前にし続けたから。
できる限りのことをするって決めたから。
「ルシェがそんなこと言うから、せっかくの決心が完全に崩れてしまった」
「え? 崩れ……?」
性急に落ちてきた口づけは、あの日、裏庭で交わされた触れるだけのものと違い、濃厚で甘い。
「覚悟して、半年間」
「え、ええ?」
その日から、なぜかディル様からの溺愛の日々が始まってしまうのだった。
嫌われ新妻になるのだと、信じて疑っていなかった私の混乱をよそに。
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