一目惚れだった
お兄様が去って行くと同時に、音楽が流れ始めた。
「踊っていただけますか?」
「もちろん、喜んで」
そっと引かれた手と、まばゆいばかりのシャンデリアに、私は目を細めた。
こんな風に一緒に踊ることをいつも夢見てた。
「……会場の誰よりも綺麗だ」
「ディル様こそ、誰よりも素敵です」
交わされる言葉は、社交辞令に周囲には聞こえるかもしれない。
けれど、二人で目を合わせて微笑み合えば、その言葉は真実味を帯びていく。
踏み出した一歩。ほんの少しの緊張。
けれど、ディル様のリードはどこまでも洗練されていて、とても踊りやすい。
「ダンス、上手なのですね……」
「子どもの頃から、嫌になるほど練習させられたからな。だが、ルシェもとても上手い」
「ありがとうございます」
ディル様といつか踊ることを夢見て、猛特訓していただなんて、とても言えない。
ふさわしい淑女になりたかったから、勉強の合間にも色々と頑張ったのだ。
「夢みたい」
「さっきから、そればかりだな」
少しだけ意地悪を言いながらも、私を見下ろすディル様の瞳はとても優しい。
けれど、ゆっくりとターンしたとき、鋭い視線と目が合った。
(ローザリア様……)
「大丈夫。視線を合わせるな」
「どうして……」
「さあ、だが明らかに先日の火事は作為的だった」
音楽が止む。すでに、聖女ローザリア様の姿は、どこにもなかった。
「……ディル様」
にっこりと微笑んでいるけれど、ディル様の視線は鋭い。
こんな顔、王立学園でも、屋敷でも見たことがなかった。
「ルシェに害をなそうとするなら、誰一人許さない……」
「ディル様」
「ああ、そんなに怖がらないで?」
「怖がってなんて……」
にっこり笑ったディル様と、少し戸惑った私は、その後あっという間に貴族たちに周囲を囲まれる。
「愛する妻です」
そんな恥ずかしいことを堂々と宣言してまわるディル様は、ある意味すごいと思う。
私は、その隣でニコニコと微笑んでいるのがやっとだった。
(ディル様のお力になれるように、もっと社交性を磨かなくては)
「――――ルシェ!」
その時、赤い髪が印象的な女性が人波をかき分けて私のそばに来た。
「ディル様もお久しぶりです! ようやく正直にルシェが好きだって言えるようになったようで安心しました」
「メリア!!」
彼女は、バロリオ伯爵家の三女で、学生時代の友人だ。
Cクラスだった私と一学期は常に一緒にいた。
私が必死になってAクラスになってからも、ディル様を追っかけては、ディル様のことばかり語る私を優しく応援してくれていた。
「ルシェが、ディル様を射止める日が見られて、二人の恋路を見守ってきた身としては、感無量だわ」
「な、何言って……。恋路だなんて、私が一方的に」
「え? そうかな……。ずっと、ルシェに熱い視線を送っていたのは、むしろディル様のほうだと思うけど。ね、そうですよね? ディル様」
「そうだな。入学当初からずっと見ていた……」
「え?」
その時、ふと振り返ったミリアは、彼女の名前を呼んでいた優しそうな人に、朗らかな笑みを向けた。
「あ、婚約者が呼んでいるので、そろそろ行かなくては。では、お幸せに。半年後の披露宴、楽しみにしているわ」
取り残された私たちと、少しの静寂。
ディル様に手を引かれ、会場を後にする。
美しいコバルトブルーのドレスが、少し早足になったせいで、フンワリと後方に膨らんだ。
「さあ、帰ろうか。楽しかった?」
「……はい! 夢が叶ってしまいました!」
「可愛い夢だね」
「そうでしょうか」
叶うはずがない夢だった。
やり直している今、あの時と違って、こうやって一緒に踊って、手を引かれて帰路についていることが、信じられないくらい幸せだ。
「あの、ところで……」
「…………気がつけば、いつも目で追っていた。入学式の直前、初めてルシェを見たときから」
「え、ええ!?」
私が、ディル様のことを知ったのは、入学式の代表挨拶の時だ。
入学式の直前って、いったいいつ私を見たというのだろうか。
ディル様は、ここで初めていつものように明るく笑った。
「……今思えば、一目惚れだったんだと思う」
その割には、好きだと言っても返事もそこそこだったはず……。
混乱する私をよそに、馬車は走り出す。
馬車の中で、なぜか私はずっとディル様に抱きしめられていた。
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