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想いは宇宙を駆け巡る

結局俺達三人はかき氷はお預けにして海岸に行くことになった。

防波堤の波打ち際には大きな岩を敷き詰められている。今崎たちは適当な岩の上に腰を下ろした。

夜の海を見渡すと暗い海は月の光に照らされ、さざ波が仄かに輝いている。

カナブンがため息交じりに黒い海の向こうにある対岸の光を眺めてつぶやいた。


「よう、コウガ。海の向こうの岸辺に明かりが付いてるだろ。あそこら辺の海岸でも今の俺たちみたいにこうやって若い連中がたむろしてるのかな?」

「ああ、いい月夜だからな。対岸にいる連中も俺たちみたいにこうやって寝そべってんじゃないの」


今崎は岩の上に寝っ転がった。

満天の星々が夜空を埋め尽くして瞬いている。

翔一郎が思い出したように話し出した。


「ねえ。カナブン、あんたサー。何でいつもジャージなの? しかも黒ばっかり。部活じゃないんだから、お祭りくらい浴衣着て来たらよかったのに」

「うるせーなー。ショウの方こそなんだよ、そのなよなよした着物は。青いヒヤシンスの絵柄にレンゲのモチーフか。おまけに草履の鼻緒はシャクナゲ模様の赤ときた。ほんとお前は男らしくないなー」

「余計なお世話よ。植物オタクのバカ文治(ぶんじ)!」

「てめー。俺の名前をフルで呼ぶな。翔一郎!」

「あんたこそ私の名前をフルで呼ばないでよ! 『なんとか郎』なんて、ザ・男って感じでイヤなの!」

「なんでそんなの気にすんだよ。俺の名前よりましじゃねーか」


二人とも自分の名前に不満があるようだ。

今崎はなだめるように割って入る。


「おいおい、二人とも仲がいいのは分かったから、もうちょっと静かにしゃべれよ。この夜空にゴメンナサイしろ。ところで美智子、バンドやってんだろ? 次のコンサートの予定とかあるの?」

「え? あー、うーんとね。バンドは今年の夏いっぱいで解散するつもりなんだ」


男三人の話を聞いていた美智子は、急にバンドの話をされて戸惑っている。


「バンドなんだけど、もう活動できなさそうなの」

「なんで?」

「受験よ。うちらのメンバーはほとんど進学希望だから、今のうちから勉強しとかないとまずいって」


美智子のバンドのメンバーだけではない。今崎のクラスの生徒はほぼ全員進学を希望している。のんびりと遊べるのは今年の夏くらいまでだ。

「あーあ」と、美千子がため息を漏らしながら隣に座っている翔一郎に話しかけた。


「ショウちゃんは確か実家の眼鏡屋を継ぐんだよね?」

「ああ、そうよ。わたし卒業したらメガネの専門学校に行くの。メガネにお世話になりたかったら私に相談してね。カナブンは大学行っても体鍛えるんでしょ?」


「ああ」と短く答えるカナブン。

カナブンは体育大学の進学を希望している。体力は問題ないし空手の実績もあるから多分大丈夫だろう。親父の影響で将来は警察官になりたいそうだ。

今崎と美智子と千穂の三人はまだ進路を決めていない。

美智子が少し不機嫌そうに話しだした。


「もー。進路の話はいいよ。ところでさー智穂。クラス委員の田村に告られたでしょ。あれからどうなったの?」

田村は今崎たちと同じクラスで、勉強ができて学級委員でイケメンで人気者だ。

今崎が聞き耳を立てながら少し動揺する。

「断ったわ」と千穂。

今崎がホットする。

「剣道部の池田君はどうしたの?」と立て続けに聞く美智子。

今崎が耳をダンボにしながら動揺する。

「断ったわ」と即答する千穂。

今崎が胸を撫でる。


「コウガよー。分かりやすやつだな。ははははは!」

カナブンは今崎の揺れ動く様子を見て大爆笑した。

なんだよと言いながら顔を赤らめる今崎なのだが。智穂は知らんぷりしている。

今崎がカナブンに声を掛けた。


「お前はどうなんだよ。最近、部活が忙しそうだけど。彼女はどうした? ほら、中学の時から付き合ってた娘だよ」

「昨日振られた。部活が忙しくてしばらく会ってなかったら他に好きな人ができたんだってよ」


カナブンは特に表情を変えるでもなく淡々と答えた。

みんなはなんとなく気まずくなり、静かな波の音だけが聞こえる。

今崎がふと思い出したように対岸の光を見て話し出した。


「カナブンがさっき言ってたじゃん。『あそこら辺の海岸でも今の俺たちみたいにこうやって若い連中がたむろしてるのかな?』って。それって、高性能な望遠鏡があったら確認できるかもな」


今崎は、今度は夜空を見上げながら続けた。


「なあ、あの星のどれかに宇宙人が住んでるとしてさ。そこの若い連中も俺たちみたいにこうやってたむろしていろんな話をしているのかな?」

「えっ? ああ、どうだろうな」

「もしも、もしもさー。超超超高性能な望遠鏡があって、一万光年先にある惑星の地表が見られて、そこで今の俺たちみたいに海辺で若い連中がたむろしているのが見られるかもしれない」

「あはは。想像力豊かだなコウガは」


カナブン達が面白がって聞いている。

今崎は少し声を落として続ける。


「だけどさー。一万光年先っていうのは光の速さで一万年かかてやっと映像がこっちに届くってことだよな。ということは、映像に写ったその惑星の若い連中って、今はもう死んじゃっていないんだぜ」


えっ? と、みんな言葉をなくしたように黙りこくっている。

海辺に押し寄せる波の音が静かにさざめきだつ。

突然、カナブンがジャージを脱ぎだした。中はトレーニングパンツだ。

そのままカナブンが海に向かって歩きだし、暗い海にゆっくり体全身を沈めた。

そしてそのまま仰向けになって海面に横たわるように浮かんで夜空をみつめている。


「コウガ、お前の言っていることは難しくてよく理解できないが、何となく世界って広いんだなというのは分かった」


「ふっ」と、今崎は笑みを浮かべ、シャツとズボンを脱いでカナブンの後を追うように海に入った。

海面に横たわりながら岸にいるみんなに叫ぶ。


「ねー! 気持ちいいよー。みんなも入ったらー?」

「ふんっ! 乙女はそんなはしたないことはしないわよ。ねー」


ショウちゃんが答える。

美智子と千穂は小さくうなずいた。


暗くて遠い夏の夜空に星たちが瞬いている。

漆黒に染まる海のむこうから夜釣りの船の静かなエンジンの音が聞こえてきた。


終わり




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