夜なのにサングラスを掛けているおじさん
温泉街近くの小さな漁港から眺める対岸に夕日が沈みかけている。
さざ波の音に混ざって笛太鼓の祭りばやしが聞こえてきた。
高校2年生の今崎コウガは同じクラスの友達と地元の祭りに遊びに来ていた。
今崎の隣にいるのは金谷文治、みんなからはカナブンと呼ばれている。
カナブンは185cmを超える長身で手足も長くてがっちりとした体躯をしている。鍛えられた背中がひときわ目立つ。先日の県の高等学校空手道選手権大会で準優勝した。
茶髪のスポーツ刈りで、センスはイマイチだ。
夕方、薄暗くなった温泉街に街灯がともる。
漁港横のひときわ広い会場の真ん中にはやぐらが組まれ、やぐら台の上では半被姿の青年団の面々が叩く太鼓の音が勇ましい。いなせな青年団を取り囲むように、かわいらしい半被を纏った子供達も小さな太鼓を一生懸命打ち付けている。
「コウガはこういうにぎやかなところが好きだなー。俺はもう、うるさくてかなわん」
「お祭りに誘ったのはカナブンだろ。お前がタコ焼き食いたいって言うから付き合っただけだ」
二人は賑やかな通りを歩く。会場に設置されたスピーカーからは軽快な祭りばやしが流れ、やぐらの周りを浴衣姿の若い男女がきれいな輪になって踊っている。広場脇の通りにはたくさんの屋台が出店しており、威勢のいい掛け声が飛びかう。
かき氷の屋台の前には長い行列ができている。ふと見ると知っている顔を見かけた。
同じクラスの東美智子と松尾千穂。そしてもう一人は浴衣姿が一番似合っている高柳翔一郎だ。
今崎が声をかけた。
「おーい。ショウちゃーん」
「あら、コウガくん。来てたのね。なに? カナブンも一緒なんだ」
高柳は「翔一郎」と呼ぶと不機嫌になるので、みんなは「ショウちゃん」と呼んでいる。
ショウちゃんは痩せ型で少し中性的な性格だ。なで肩からすらりと延びる腕はしなやかで、しゃべる時にいちいち手をひらひらさせながら体を斜に構える。浴衣姿がなまめかしい。カナブンとは幼稚園からの幼馴染で喧嘩ばかりしている割にはいつも一緒にいる。
カナブンが面倒くさそうに声をかける。
「なんだ、ショウ。浴衣なんか着て」
「ぷっ! お祭りだから当たり前でしょ? あんたは何でジャージなのよ。ウケ狙い?」
カナブンは上下黒のジャージはいつものことなのだが、お祭りくらいはもうちょっとましな服装で来てほしかった。
今崎が代わりに応える。
「だよなー。部活じゃあるまいし。お祭りくらいそれ相応の格好をすりゃぁいいのにな」
「なんだよコウガ。お前こそプルメリア柄のアロハに白スラックスって、ハワイの観光案内か?」
「うるさいなー。夏らしくていいだろ!」
「ふふふ。ほらほら三人ともケンカしない。みんな似合ってるわよ」
美智子がなだめる。
美智子は軽音部でリードギターを担当している。今崎達と同じクラスだ。
明るい性格なのはいいとして、ちょっと天然なところがある。
ちょこちょこ歩く細かい足取りと、時折聞こえてくる小さな鼻歌は美智子のクセだ。近づいただけですぐわかる。
その美智子の隣にいるのが松尾千穂だ。
「ねえ。あなたたちもかき氷食べる? 行列が長いからちょっと時間がかかるけどね」
一瞬、今崎の心臓がどきっと音を立てた。
千穂は今崎達の隣のクラスだ。美智子の親友で同じ軽音部のヴォーカル担当。
今崎は千穂に思いを寄せている。しかし困ったことに美智子は今崎に気がある。
三角関係といいたいところなのだが、千穂の方はさっぱり今崎に興味がない。
美智子は今崎に思いを寄せつつも、今崎と千穂の仲を取り持とうと陰に日向に応援している。
しかし一年後、今崎は美智子と付き合うことになるのだが、これはまた別の話。
今崎たちがかき氷の屋台の列に並んでいると、隣のたこ焼きの屋台の前で何やら騒ぎ声が聞こえてきた。
やくざ風の男が肩を怒らせながら歩いている。スキンヘッドでタンクトップ。薄い色のサングラスに金のネックレスが痛々しい。背が高く、どっぷりとした腹回りと太い二の腕に威圧感を感じる。廃業した関取りといった感じだ。
たこ焼きのテキ屋のアンちゃんたちが男に挨拶する。
「ちわっす! お疲れさんです! 文蔵親分」
「おう。しっかり稼げよ」
通行人がいぶかしげに見ながら、小声で「いやーね、ヤクザよ」とささやいている。
突然カナブンが何を思ったのか、「あのやろー」と言いながらやくざ風の男のいる方に向かった。
翔一郎は小さく「あっ」と言ったっきり男とカナブンを眺めている。
人ごみをかき分けながらやくざ風の男に詰め寄るカナブン。
今崎たちはびっくりして、走っていき、やめろよと言いながらカナブンを止める。
しかしカナブンは構わず、やくざ風の男のところに行ってしまった。
やくざ風の男の背中に向かって、「おい」とカナブンが声を掛けた。
男は「ああー?!」と言いながら太い首を大きく回して振り返った。