57 ヴィダの祝福
「──リチアナ!?」
おいおいおい。
ゼノさんとやら、来ないんじゃなかったのかい。
予想外の来客に皆さん騒然。
「……妙ね」
ほら、メイラフラン様もなんでやねんって思ってらっしゃるぞ。
……というか、誰にも気付かれずによく来れたな?
一応敷地内はグランローズ様の魔力が通っているし。
「はっ、ハニティ! その、……お、おめでとう」
「え? あ、うん……ありがとう?」
継承の儀が、ってことだよね?
今日のリチアナはいつもの感じがまったくなくて……なんというか、しおらしい? な。
「あの、わたくし──」
「む、無理して応援しなくていいよ」
「その、試験では、……とても感銘を受けましたの」
「あぁ、料理?」
「そうですわ、だからわたくしも……。たとえ地の大魔女になれなくても、ハニティの魔法の使い方を見習おうと思って」
「……? なにこれ」
そう言って差し出されたのは、バラの香りのする飲み物。
「ローズコーディアルを薄めたものです。……ラヴァース様へ宣誓される前に、喉の渇きを潤してくださいな」
「コーディアル! ありがとう、実は緊張で喉乾いてたんだよね~」
コーディアル。
糖度の高いシロップのこと。
前世みたいな上質な上白糖ではないけど、砂糖はこっちにももちろんある。
水と砂糖をとろっとシロップ状になるまで火にかけ、ローズとレモン汁を入れて冷ましながら香りを移したもの。
そのままだと甘すぎるから、ソーダ水で割ると美味しいんだよねぇ。
(……しかし、このタイミングでとか……怪しいな?)
本当に、ほんとーに、お祝いの気持ちで駆けつけてくれた……んだよね?
信じていいのかしら。
まぁローズウォーターから着想を得たのは、素直に良いと思うんだけど。
「…………イフェイオン」
『ミエルカ?』
「────毒」
「え?」
シークイン様、そんな物騒な……んな訳ないでしょう。
「っ!?」
イフェイオン様のお力なのか、手元のコップに入っていた水が宙へと浮き上がり、そのまま霧散した。
……精霊の力、すごい! けど、毒って──
「──ハニティ!!!!」
「ダ、」
ダオの声がするなぁ、とのんきに思っていたのがいけなかった。
目の前にいたはずのリチアナが、急に視界から消えていた。
そのおかげで奥にいる彼らがよく見えるのだが、みな一様にこちらへ駆けてくる。
なんでリチアナいないんだっけ、と目線を下にズラせば……。
手には凶器を持った、彼女の姿。
一瞬だけ目があう。
今までに、一度も見たことのない……憎しみの色を宿している。
「っ!?」
ヤバイ、これは無理。
彼女は、本気だ。
魔法をつかう間もない。
わたしは来たる衝撃を耐えるため、目を瞑るしかなかった──。
「…………? ──っレトくん!? ダオ!!」
暗闇の中耐えても襲ってこない痛みを不思議に思い、目を開ければ。
なぜか包み込むような温かさと共に目の前には、ダオの顔が。
「っちょ、二人とも、怪我……!!」
「っ、大丈夫だ。心配するな」
「……ちっ」
レトくんが風の魔法で先行して、わたしを庇うように前に出てくれたのだろう。
肩に傷を負っていて。
それでもなお、勢いのおさまらなかったリチアナは再度わたしへ目掛けてナイフを突き刺そうとした。
それを、今度はダオがもろに受けたのだ。
「ゼノ! 離して!!!!」
「リチアナ! なにやってるんだ!」
「あんたに……あんたに、わたくしの気持ち、分からないでしょう!?」
「なにを──」
「あんたのために、わたくしは大魔女になりたかった! それだけが、……それだけが、わたくしの生きる意味だったのに──! ハニティさえ居なければっ!! ぜんぶ、ぜんぶっ!! あの女が──!!」
「なっ」
エボニーの言っていたことは、こういうことだったんだ。
リチアナは、自分と好きな人のために大魔女になりたかったということ。
それで、わたしが……邪魔だったということ。
「シークイン」
「…………是」
「あ……」
未だわたしを庇おうと手の中に収めるダオと肩を押さえるレトくんに、シークイン様が近づいた。
「…………」
彼女が無言で手をかざせば、傷口が浅かったのか彼らの傷ははじめからなかったかのように治る。
やっぱり、シークイン様は治癒魔法をつかえる。
それが効かない呪いって……なんなんだろう。
「グランローズ、曲者はどこ?」
「あちらに」
グランローズ様が言う方をみれば、オリーブさんのように具現化されたコニファーの精霊が枝で男を縛り上げている。
「く、くそっ!」
「様子をうかがっていたのは知っていたけど……、彼女を利用しようとしたのね」
(あ、妙だって言ってたのは……二人分の気配があったからってこと?)
「はぁ、……それにしてもなんじゃ。あやうく台無しにしようとしたのは、魔女の騎士志望の者に懸想しておったからか?」
「おおかた、そこの男がヴィダの祝福を授けたのでしょう」
「めんどうじゃのぉ」
「しかし、これではっきりしましたね」
「?」
「ゼノ、あなたに魔女の騎士の資格はありませんよ」
「──!」
「え、っと」
大魔女の皆さんは、けっこうなハプニングなのに……割と普通だな?
やっぱり彼女たちぐらいになると、このくらいで動じていてはダメなのか。
それとも……、わざと静観してた?
「あなたがもし魔女の騎士を目指していたとして。今、守るべきなのは……幼馴染の彼女ではありませんよ」
「!? い、いえ。……彼女を、止めようとしただけで──」
「そうですか。では、例えば彼女が知り合いでもなく、……そうですね。大男だったらハニティの前にでていたのですね?」
「そ、それは……」
「魔女の騎士とは、身命を賭して大魔女を守る者。ここに居る三人は、少なくともそうですよ」
そうグランローズ様が言えば、愛想の良いアトラ様が微笑んだ。
他二人はクールな表情はそのままに、無言でうなずいた。
……あれ、そういえば……グランローズ様の騎士だけ居ないな。
「リ、リチアナ……どうしたんだよ。お前、そんな奴じゃなかっただろ……」
「しかしゼノ、悲観することはありません。……彼女の行動は、この男がもたらしたものですから」
「ぐっ……」
「……テオレムの、間者だな」
「レトくん! 無理しないで……」
「平気だ……。ふんっ、僕が戻らないことに、はぁ。シビレを切らしたか? それとも……、これを機に世界を獲ろうとでも考えたか? あのバカな王は」
「……!?」
「おや、少年は知っていたのですね」
「あんな異常者を側で見ていれば、な。ダオレンも……、うすうす気付いていたのではないか?」
「……」
「……ダオ?」
「そうね、大魔女になるんだもの。ラヴァースから記憶を受け継ぐ前に、ひとつ。昔話をしてあげるわ」
メイラフラン様の、やさしく、それでいて芯の通った声が響いた。
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