54 少年の心
「はい、座って~」
作業台の横にローズさんにす巻きにされながら座っていたレトくんを、ダイニングテーブルに誘導。
ローズさんはそのまま役目を終えて、消える。
ありがとう、ローズさん。
「……」
(お、……怒ってるの!?)
イスに案内してから、レトくんはずっと不機嫌なご様子。
そんなにローズさんに巻かれたいのか……!?
「ど、どうしたのかな~?」
「…………」
「気にしなくていいぞ、ハニティ。拗ねているだけだ」
「っちがう!!」
「す、拗ねる要素あった?」
「拘束を解かれたことに、戸惑っているだけだ」
「?」
……?
あ、あぁ! そういうこと?
わたしが無条件にレトくんを信じて拘束を解いたから、居心地がわるいってことかな?
あんだけ熱心にダオの作業見守ってたら、ねぇ?
野菜を水魔法で洗ったり、料理用の火を魔法で起こしただけで大層おどろいてたのが可愛かったな。
いや、失礼。
魔法使いの中では当たり前なんだけどねぇ。
……というか、ダオって相当実力者で通ってるみたいだし……元々ダオのこと殺すつもりなかったんじゃ?
この歳で、……自分が死ぬ覚悟で来た……とか?
「もう、ほんと無理」
「「?」」
色々しんどい。
呪い、ダメぜったい。
テーブルの上に木製の鍋敷きを置いて、ポトフ先生をお皿に取り分ける。
「俺がやるのに……」
「いいから、座って座って」
「……」
ポトフでご機嫌なおってくれるかな。
アツアツに湯気をたてたものをそれぞれの前にご用意、完了。
それじゃぁ、せーの。
「いただきます!」
「頂きます」
「……?」
「食べ物への感謝だよ、感謝」
「……」
ま、まぁ。仕方ない。
とりあえず自分で出来を確認。
ソーセージから出たであろう油が浮く、澄んだスープの中にはごろごろと野菜が。
けっこう噛みごたえある感じに切ったから男の子でも満足できるでしょう。
どれからいこう……。
よし、まずはじゃがいもから。
火傷しないように、息を吹きかけて──
「うーん、ほくほく!」
美味しい!
噛んだ感覚がないくらい、すぐに形を崩すじゃがいもにスープがよく馴染む。
口の中で噛むごとに一体感を増し、容易に体の一部となってくれそうだ。
「味もだが、色んな食感があって美味しいな」
「だねー」
ほくほくのじゃがいも。
良く煮えてスッと噛めるけど、形は最後まで崩さないにんじん。
あとに入れたから若干シャキッと感も残りつつ、ホロッと芯がほぐれるはくさい。同様のセロリ。
そしてそして、噛んで肉の旨みがでるジューシーさ担当のソーセージ。
異なる具材同士で一緒に口に入れれば互いを引き立て合い、最後にスープがまとめる。
さながら委員長。
そして、それぞれ別々に食べれば次に食べる具材が楽しみになる。
まさに、王道。飽きない。
拍手喝采もんだよ。
「ど、どうかな~……美味し──い!?」
一応食器の音は聞こえたから、食べてはくれているだろうと左に座るレトくんを見ると…………泣いている。
な、泣いている……だとおおおおお!?
「だ、大丈夫!? なんか、合わない食べ物あった!?」
「……こんなこと、……あってはならない……」
「え?」
「ハニティ、大丈夫だ」
「で、でもっ」
「俺が、初めて貴女の料理を食べた時のこと、……覚えているか?」
「……?」
たしか、敷地内に落ちててローズさんに運んでもらって、おかゆとごぼうの甘めきんぴらを提供したんだったかな。
「俺達にとって魔力や魔法がどういうものかは、言ったよな? その真逆をいくハニティの料理には心底驚いたし……それに。俺たちにとって、料理というものは赤の他人が作る、義務的なものだ」
「義務的……」
「ただでさえ疎まれる魔法使いに、美味しいものを提供しようという城の者はいない。……俺は、俺たちは誰かの愛情の元に育っていないんだ」
「……あ」
そういえば、言われたな。
『ハニティは俺の母親か?』
きっと、彼らにとって親は管理者。
愛情なんて、もってのほか。
母親は自分が生き残るために、王へ媚びるのに必死だっただろう。
あんなやりとりどころか、料理の一つも作ってもらったことはないはず。
ダオもレトくんも……、魔力が回復するという効果そのものにも驚いたし。
なにより、自分のために作られた料理。
……それが、わたしの想像する以上に衝撃的だったのかな。
な、なんか……そんなこと言われたら、わたしまで……!
「な、なんでお前が泣くんだ!?」
「だっ、だって! いろいろ無理ー!」
「ハニティは変わった魔女だからな」
テオレム。テオレム……かぁ。
なにがそんなに彼らを駆り立てるのかは分からないけど。
魔法使いへのふつう。
そこから、どうにか……変えられないかなぁ。