20 魔女と騎士の連携プレー
「……ねぇ」
「ああ、……居るな」
持ってきていた木の桶に水と魚を入れ、お魚料理の妄想をふくらませていると、周辺で音がした。
川の流れる音。風がそよぐ音。
草木がかすれる音。
色々とさざめく中で、明らかに異質のもの。
「魔物、か」
「わあ久々」
決して、魔女の仕事をサボっているという訳ではない。
その特性から、風と炎の使い手が主に戦闘要員となっている。
わたしみたいな生活にも役立つ系の魔法は、人手が足りない時に駆り出されるのだ。
「行くか?」
「そうね……、わりと近いし。暴れてる? みたいだし」
異質な音というのは、魔物がその存在を明らかに示す音。
具体的にはなにかにぶつかったような音。……魔物同士、縄張り争いしてんの?
今いる場所は、人の街にも魔法使いの集落にも近い、ちょうど中間の位置。
……そんなところで暴れるなっての。
「準備はいいか?」
「いつでもっ」
「──行くぞ!」
音のする方へ、急ぎ足で向かう。
◇
「──人!?」
「あれは! サベージボアか!」
川辺を離れて、音のする方へ向かう。
マイハウスとは違う場所の森に入れば、魔物と人が対峙していた。
……少年?
彼から魔力は感じない。
恐らく……、ここに一番近い街──ラドリスから来た者だろう。
ぶつかる音は、イノシシが三倍くらいの大きさになったような魔物、サベージボアが木にぶつかる音だった。
「助けるわよ!」
冗談じゃない。
こちらから攻撃しなければ、なんてことはないボアと違い。
サベージボアは、とにかく獰猛。
徒党を組まず数は多くないが、一体一体が強靭な体と荒々しさを持つ。
魔力がなくても倒せるとはいえ、ふつうは大人が何人かで隊を組んで罠とか地形を利用したりとか。
いろいろ作戦を立てて倒す。
ダオやエボニーのような知り合い以外に出会うのは久々だというのに。
目の前でケガされたら、……目覚めがわるい!
「俺が引きつける!」
お、一緒に戦うのはなんだかんだ初めて。
お手並み拝見といきますか──!
……その前にわたし、腰をやらないといいんだけど。
「そこの人ぉ! どいてぇ!」
「!?」
わざと大声で叫ぶ。
そうすれば、こっちに注意が向くでしょ。
「だ、だれ──」
「そんなのは後だ、下がってろ!」
少年とサベージボアの間、横から乱入するようにダオが少年の前に出た。
そうすれば、「何だお前はぁ! 邪魔すんなぁ!」とでも言いそうにサベージボアが怒り狂う。
それはもう、本当に怒ってらっしゃる。
「よっ」
ダオにいい感じに気を取られてる隙に、地面に触れる。
「いっけぇ!」
土は徐々に盛り上がり、音をたてながら魔物めがけて隆起し襲いかかる。
「ま、魔法……!?」
『──!』
少年と同様におどろいたらしいサベージボアは、間一髪で横方向に逸れた。
意外と身軽だね……!?
でもね、その先には──。
「余所見する暇があるのか?」
剣を構えたダオが待つ。
騎士っぽい!
体勢を整える前に、その刃が切り裂こうとする。
……けど、また寸でのところでバックステップで避けられた。
ほんとに身軽だね!?
皮一枚は捉えたのか、その体にうっすら鮮血が見える。
おかげで怒りが頂点なのか、めっちゃ唸ってる。
「ハニティ!」
「分かってる!」
大きい体に反して、動きは早い。
なら、ダオが正確に捉えれるようサポートをする。
もう一度、土に触れる。
だけど、今度は土そのものではなく……周りの木々まで魔力を行き渡らせる。
「はい、動けませんよ~」
彼らもまた力を貸してくれ、枝という枝を伸ばし動きを制限してくれた。
「行くぞっ!」
逃げ場のないサベージボアは逆上し、そのままダオへと向かって突進した。
うわぁ、体格差えげつないけど大丈夫かな……。
「──ふっ」
そのまま行けば力比べ! ってところで、余裕のダオ。
不意に手を伸ばし、……大きな氷で真正面から貫いた。
「おっ」
てっきり、剣でぶった斬る! とわたしもサベージボアも思っていたから……。
まさか、氷で貫くなんて思わなかった。
サベージボアが向かってくる力も合わさって、容易に倒した。
「油断したな」
「わたしもです」
普通にだまされました。
「斬っても良かったが、まだ近くの鍛冶屋の場所を確認してない。こっちの方が……な」
「あー、たしかに?」
うーん、近々集落……リースに連れて行ってあげないとか?
剣士なら武器のお手入れ大事よね。
……というかわたしも、お願いできたら便利キッチン用品作ってもらおうかな。
「あ、あの……」
あ。少年のことを忘れていた。
魔法つかっちゃったし、予想していたとはいえ……相当怯えてるな。
「大丈夫だった? 怪我はない?」
「あっ、えっと……。ちょっと、だけ……」
そういうと少年……、というか美少年!?
足をちらっと出し傷を見せてくれた。
「あ、怪我しちゃったか。……ちょっと待ってね」
ごそごそと鞄から取り出す。
「じゃんっ。タイム」
「……?」
「タイム?」
「そ、タイムの精油」
緑の葉っぱに白いちいさな花。
タイムには、強い抗菌・殺菌作用がある。
ハーブティーだと風邪とかにいいんだろうけど……。
小さな小瓶に入れた精油は、このまま使うには効能が強すぎる。
ので。
「はい、ダオ。手をこうして」
「……? こうか」
「そうそう、で水をお願いします」
「ああ、なるほど」
ダオに薄める用の水を出してもらい、そこに数滴タイムの精油をたらす。
「ちょっと混ぜれる?」
「おう」
魔法で水がそのまま手の中で、ゆったりとした渦をえがく。
ほんと、便利ね。
「で、綺麗な布を取り出して~」
鞄から今度は布をとりだし、それをちょいちょいとつける。
「うーん、しみたらごめんね?」
「っ」
傷口に必要以上に押し当てないよう圧に注意しながら、とんとんと消毒する。
深い傷じゃなくてよかった~。
「んで、これ。カレンデュラ軟膏」
こっちはエボニーの作ったもの。
たまに良い商売関係を~とか言って、わたしが卸した薬草やハーブで作ったものをタダでくれる。
ええ子や。
鮮やかなオレンジの花びらがきれいな、和名キンセンカ。
トウキンセンカとも言われ前世だと、店で売ってる切り花ってイメージ。
炎症を抑えて肌を整える作用が期待できて、刺激もそんなにないからこのくらいの傷ならすぐ治るでしょ。
……これって腰に塗ってもいいやつかな。
消毒したところに塗って~、……おっけい!
「あ、ありがとう……」
「いえいえ、どういたしまして」
さすがに命の恩人に罵声は飛んでこないか。
久しぶりに魔力がない人に会うけど、こう……気まずい!
少年だし!
「どうしてこんなところに、一人で居たんだ?」
「ご、ごめんなさいっ……!」
「何もしないから怯えなくていいって。……でも、一人は危ないじゃない?」
見たところ……、小学生? 十歳くらい、だろうか。
ふわふわの金髪がマジ天使。
瞳はおおきく、潤んだ様子も相まってかわいらしい。
おいおい、わたしより可愛いんじゃない?
とてもじゃないけど……、一人で街の外に出れる年齢ではない。
「それはっ……」
魔物に襲われ、今度はおそろしい魔女にも出会ってしまって恐怖が振り切った美少年は、逃げ場がないことを悟って身の上を話してくれた。




