18 知らない世界で
「あのさー」
「ん?」
考えた献立どおり。
上手に作れたそれらを頬張り、……ふと気になった。
あ、鳥肉からバジルの香り……いいね。
「ごはんの時にあれだけど、呪いをかけた魔女って……おいくつくらい?」
「年齢、か?」
「そう」
「歳は……そうだな、三十歳手前ぐらい。か?」
「うーん……そっかぁ」
「どうした?」
わたしは一つ、仮説を立てていた。
呪いって、呪った本人が死んだら……どうなるのって。
わたしはたぶん、消えるのでは? と思う。
だって、大魔女の魔力すら……主が死ねば、消えるんだから。
でも、三十歳くらいの魔女ならその線は無理だなぁ。
「いや、呪いって……術者が消えたら消えるのかなって」
「ああ、それについては俺も考えた。……でも、恐らくそちらの魔女たちの常識は通じないぞ」
「へ?」
どういうこと?
「貴女たちは、魔物こそ滅する意志はあるが……。人を弑する魔力の使い方なんて、習ってきていないだろう」
「それは、まぁ……」
使い方によってそうなり得るけど、それを目的として習うことは……ないなぁ。
「呪術を記したのは、テオレムの魔法使い。……むしろ、真逆の考え方だ」
「あ……」
そっか、戦争で最前線に立つって……。
魔法で、人を……。
「なんか……、ごめん」
「俺のことなら気にするな。だから、正直……。グランローズ殿が答えを持っているとは限らないんだ」
それは、確かに。
そもそも発展した魔法の形態が、テオレムとで違いすぎるんだ。
仮にグランローズ様やシークイン様が治癒魔法に似た魔法が使えても。
独自に発展した魔法に効く保障は、ない。
うーん。むずかしい。
「……だから、俺も迷っている。ここで過ごして気付いたこと、感じたこと。……それらをどう、受け止めるのか」
「……?」
ダオは、ダオなりに何か答えを出そうとしていて。
それでもやっぱり、迷ってるんだ。
……わたしに出来ることなんて、本当。無いんだろうなぁ。
「──ハニティ」
「うん?」
ちょ。真っ直ぐ、じっと見ないで欲しい。
いつになく真剣なダオは、より一層美しい。
思わず視線をそらしたくなる。
「ありがとう」
「え」
「俺を助けてくれて、ありがとう」
「ダオ……」
「俺は呪いがどうなるかってことよりは、……生き方が分からないんだ」
ここで過ごして感じたこと。
それはきっと、人と争わない世界での自分の身の在り方。
「いや、分からなかった……か。俺は、仕方ないこととは言え、この手を魔物以外の血で濡らしている」
「……」
「呪いが解けたとして、……解けなかったとして。魔法使いの、貴女たちと共に人を守る資格などあるのかと」
「でも、それは──」
言い掛けて、首を振って制止された。
「分かってる。それに……、ハニティを見れば他の魔法使いのことも良く分かる。拒絶されることはないだろう」
理屈では分かっていても、心が追いつかない。
そんな状態、なんだろうか……。
「だから、もう少し。……ここに居させてもらえないか?」
「……どうして?」
ダオは、多分。
永遠の樹までの残りの旅路はこなせるくらい、体力がもどっている。
それでもここにもう少し居たいと。
……なにが、そうさせるの?
「ハニティは、あれだろう? 呪いが解けそうになければ、今みたいに呪いを上回る力で……。俺のことを考えてくれた料理で、助けてくれようとしてるんだろ?」
「え゛。うん……ヨクワカッタネ」
わたし、というか。グランローズ様にそう提案しようと思っていた。
この方法なら、延命は可能って話を。
なんなら、魔法も無理ない程度に使えるし。
でも、ダオ自身が……自分が生きていていいのかを迷っている気がする。
今までの己を顧みて、なにが正しい道なのか分からなくなってる。
それだと、呪いにも打ち克てない。し、今ほど効力が発揮するか分からない。
わたしたちは、あくまで……自浄の力を助ける者だから。
生きる意志が、不可欠だ。
「その優しさを手放しで受け入れるには、……俺が俺自身を許せないと思う。だから、もう少し……時間をくれないか」
「……ぜんぜん、いいよ。……だって、ダオにしかできないこと。沢山あるから」
「俺にしか出来ないこと、……か」
料理で使う魔法。
それは、生きるひとつの理由になりそうだと。
自分の価値を認める要因になりそうだと、そう言っていた。
知らなかった世界、やっと見始めたばかりじゃない。
「──例えば……そうねぇ、ダオが居てくれたら。……料理も、庭の水まきも……楽できるもの!」
「っ……それも、そうだな」
冗談ぽく最大限の笑顔で返せば、うつむきながら発せられた「ありがとう」の言葉が耳に届いた。
生きる理由。
存在してもいい、理由。
本当はそんなこと、考える必要もない。
人生はその人のものだから。
でも今は、ダオはそれを欲してる気がして……。
どんな簡単なことでも言葉にして欲しいような、……そんな気がした。