ちょっとした混乱、ではない
ちょっとした混乱、ではない
前稿にて、ウクライナ側は心理戦を仕掛け、ロシア軍のリソース配分を乱し、ちょっとした混乱を積み重ねている、という話をしました。
当然ながらロシア側も考える事は同じです。
キーウへミサイル攻撃を続けるのはウクライナの希少な対空兵装をキーウに貼り付けておく、という側面もあります。
そしてロシア軍は、ウクライナの大反攻とされる機甲部隊を撃退し、戦車や装甲車を破壊してウクライナ兵士を殺害した。と発表しています。
内容は、盛り過ぎというより架空の戦闘かよってレベルで「こいつら何と戦ってんだろうな」と溜め息が出ます。
これが心理戦だとしたら、前線で実際に戦っている兵士を舐めすぎ。まぁ、実態は、例によってチンピラ皇帝に吹き込むための耳触りの良い虚構なのでしょう。
問題は、ウクライナ軍を混乱させるためのインシデントです。
大規模な戦闘にあたり、ロシア軍が取るであろう策は、実のところ、その多くが散々実行済みで、既に効果もインパクトもほとんど見込めません。
例えばそれは、サイバー攻撃や民間施設への攻撃といったものになりますが、サイバー攻撃はウクライナでは軍民共にほぼシャットアウトされており、民間施設への攻撃もこの戦争の最初からやり尽くしているので、インパクトなどありません。
ロシア軍に残されているのは、もはや「禁断の」オペレーションに類するものだけでしょう。
その筆頭がザポリージャ原発などの「事故」。
その次がダムなどの重要インフラの破壊です。
ロシアの山賊どもは屁とも思っていないのでしょうが、民間人や民間施設を意図的に攻撃するのは戦争犯罪です。
民間人への攻撃も許されざる行為ですが、ダムの破壊は更なる「重大な」戦争犯罪として明確に定義されています。
言うまでもなく、ドニプロ川に造られたカホフカ水力発電所の決壊は、ロシア軍によるものとの(個人的な)認識です。
まぁ、この辺の認識は世界各国、概ね一緒ではないかと思います。
その根拠は報道等でも様々な指摘がなされていますが、私が最も重要だと考えているのが「タイミング」。
このタイミングについては二つの要素があり、一つ目はウクライナによる大反攻が想定されるこの時期、ヘルソンへの大規模な天災に等しい被害はウクライナ軍の作戦行動に少なからぬ悪影響を及ぼす。
大詰めの段階と思われるこのタイミングは最悪にかなり近い。軍事リソースの配分は乱され、兵站から見直しを迫られるでしょう。これは、ちょっとした混乱どころではない。
二つ目は被害の大きさです。
実のところ、カホフカ水力発電所の破壊は、可能性は高くなかったものの、想定されていた事態です。
昨年、ロシア軍がヘルソンから撤退した際、防衛主線がドニプロ川東岸付近ではなく、クリミア側に数十kmも後退しており、東岸付近には哨戒レベルの陣地しかありませんでした。
この時、カホフカ水力発電所はロシア側が支配しており、ロシア軍の手により爆発物が仕掛けられているとの情報が出ています。
ゼレンスキー政権もロシア軍によるダム爆破について懸念・警告を発しており、当初、ロシア軍の大幅後退は、ダム爆破を見越した防衛ラインかとも思ったのですが、その当時のダム決壊被害の想定ラインより更に大きく後退していたことから、兵站崩壊により塹壕を維持できないのだと判断していました。
しかし、この度の決壊被害は当時の想定を遥かに超える大惨事となっています。
なぜか?答えは簡単でした。
水位が異なるのです。想定時点から6ヶ月が経過しており、カホフカは満水位に達していました。
想定時、カホフカ水力発電所を支配していたロシア軍はダムの放水を進めており、水位は低い状態にあったので、ロシア軍の意図するところは判然としなかったものの、わざわざ水位を下げているところを見るとダムを破壊する可能性は低い、とも思っていました。
まぁ、結果はご覧の有様。いつの間にか(直に水位上昇を目の当たりにしていたウクライナ側は、さぞかし気が気では無かっただろうと思います)満水位まで溜め込んだタイミングで決壊。大惨事となりました。
この大惨事は今後十年単位でウクライナに禍根を残すこととなります。
更には、報道等によればザポリージャ原発冷却水への影響も懸念されるとの事。
これは、ちょっとした混乱などではない。




