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孤立のコスト

孤立のコスト


ロシア人は耐乏生活に慣れてるから、経済制裁も効果が薄い。とする根強い意見があります。

一面の事実ではありますが、根本的な意味では的外れと言わざるを得ません。


そもそもの話、日本や欧米諸国が自国経済へのダメージを覚悟してまで経済制裁するのは、「ロシア国民」にダメージを与えるためではありません。

兵站に係るサプライチェーンの急所を締め上げ、戦費の源泉となるエネルギーマネーを絞る事が最大の目的です。

ついでにプーチンを始めとするロシア支配者層の財布を痛めつければ音を上げる?かも?せいぜいがそのくらいです。

「攻撃」という意味で経済制裁の対象となっているのは誰かを知りたければ、日本の財務省のHPに「資産凍結等の措置の対象となるロシア連邦の団体及び個人」として公表されています(正にノーメンクラトゥーラ)。彼らが現代ロシアの赤い貴族であり、その関連組織です。


それが何故、(一般的な)ロシア人は貧乏に慣れてるからセーフ!に繋がるのかと言えば「ロシア人が苦しんでいるのは欧米がウクライナに武器を送り、経済を攻撃しているからだ」が「攻撃されているのはロシア人の方」に繋がり「ロシア人は欧米には負けない!(貧乏に慣れてるから)」という論旨。


実のところ、この手の論理展開は初めてのことでは無いし、ロシアに限ったものでもない。

ソ連がイキリまくってた冷戦時、西側はCOCOMを組織して共産圏への技術移転を制限しています。

しかし、冷戦真っ只中にあっても「善きエネルギー資源供給者」であったソ連は莫大なエネルギーマネーを得ていました。共産主義の定番、労働生産性の低下もエネルギーマネーでカバーできていたのです。油価が高値安定している間はね。


ソ連末期、社会を支えていた油価が低迷するとビックリするほど急激にソ連は行き詰まります。実際には、ソ連のシステムに最初から無数の問題点があり、エネルギーマネーで覆い隠されていたものが表面化したに過ぎませんが、ソ連指導部は「西側によるソ連社会への攻撃によるものだ!負けるな同志諸君!」とか言って自分達はエネルギーマネーで西側の贅沢品を貪りながら、国民に耐乏生活を強いました。

ぶっちゃけ、ロシア人が耐乏生活に慣れているのは国民性によるものではなく、この時の苦い経験があるからです。

COCOMもソ連社会を攻撃する悪辣な取り組みだ、と槍玉に挙がりましたが、COCOMは技術流出を制限するための仕組みで、実のところ抜け穴も多く、そもそも国民生活に直結するようなものではありませんでした。


ため息がでるほどのデジャヴュ。


中国や北朝鮮など共産党が支配してるとこはどこも似たり寄ったりです。いや、まぁ、失政を他国のせいにするのは共産党には限りませんが。


つまるところ、欧米諸国が「ロシア人」を攻撃し、苦しめている、というのは、加害者が被害者面する定番の欺瞞でしかない。

しかし、こういうのは意外とロシア人に刺さるものなのです。

誰しも、今のこの苦しみが、言わばとばっちりみたいなもので、欧米はロシア人そのものを攻撃する意図も無ければ意味も無い、などと言われても素直には受け入れられない。それは、ある意味で「お前達は取るに足らない存在」と言われているようなものだからです。


ロシア軍がウクライナの民間人を攻撃するのは理由があります。

ウクライナの主権者は国民であり、国内に厭戦気運が高まれば停戦せざるを得ません。プーチンはそれを狙っているのでしょうが、ウクライナでは民間人への攻撃がロシアへの憎悪に繋がっているだけです。


対して、なんちゃって民主主義のロシアで、民間人を武力的・経済的に攻撃すること自体に意味はありません。厳しい現実ですが、現在のロシアにおいて、国民は主権者ではないからです。

事実だけを言えば、ロシア国民はプーチンを大統領に選んだのではありません。

プーチンというチンピラ皇帝を「受け入れた」に過ぎない。少なくとも事実上の選択肢が無い中で行われたプーチンの二度目の戴冠はそうとしか言えないでしょう。


「そんなことはない!俺たちはプーチンを大統領として支持しているんだ!」

と言うロシア人もいるでしょう。実際、熱烈に支持しているかもしれません。しかし、問題はそこではない。

プーチンを支持しているロシア人がプーチンを支持しなくなった時、大統領選などの正式な手続きでプーチンを排除できるのか、という話です。


それが出来ないのであれば、それは主権者として選んだのではなく、プーチンという支配者を受け入れただけです。


何度か同じ話をしていますが、ソ連は世界を二分する一方の雄、共産圏の盟主でした。

二大超大国としてアメリカと覇を競うだけではない、資本主義(民主主義)より進んだ共産主義であるソ連は、いずれアメリカを凌駕し、世界を共産主義で統一する理想社会、、、のハズでした。


ソ連、延いては共産圏において貧困や飢えは存在しない。

人種差別も搾取される労働者も存在しない。

人々は文化的で自由な人生を謳歌し、身体障害者は存在しない、資本主義の産物である快楽殺人者も存在しない、犯罪も自殺も(ごく僅かしか)存在しない、宗教など最初から存在していないから当然弾圧も存在しない、存在しない、存在しない、存在しない、しない、しない、しない、、、、、、


んなわけあるか!


現実のソ連は共産党に支配されている事以外、他国と違いなど有りません。

貧困地区もあれば浮浪児もいる。ソ連は中国と並ぶ他民族国家でしたが、支配者層はロシア人などのスラブ系が多くを占めていました。

猟奇殺人や連続殺人が起きるのは資本主義国だけと考えられていたので、チカチーロは10年以上にわたり少なくとも40人以上殺害しましたが、逮捕されるまで一連の事件とは思われていませんでした。

パラリンピック開催にあたり、ソ連の委員が「我が国に身体障害者などいない」と言い放った時、その場に居た西側諸国の委員全員の胸中察するに余りある。


現実とは余りにもかけ離れた虚像でしたが、ソ連の国民は受け入れ、自分達は世界に誇る理想社会の一員だと信じるしかなかった。正に共産カルトな訳ですが、それがソ連国民のアイデンティティであり、誇りでもありました。

それでも「ロシア人」は、まだ大分マシな方です。少数民族は最初から見向きもされず、最下層の兵卒やエッセンシャルワーカー、農奴に近いソフホーズなどの就農者になるしかない。

第二次世界大戦で捕虜となったドイツ兵や日本人兵、思想犯などは完全に奴隷で、労働力として使い潰され、その多くがシベリアの凍土に果てた。


そのソ連が崩壊した時、超大国という化けの皮は剥がれ、共産主義とは全く関係の無い、石油やガスという天然資源によって支えられた軍事力に全振りしているだけの発展途上国だった、、、この事実に世界で一番驚いたのは当のソ連国民でしょう。

アメリカと熾烈な宇宙開発競争を繰り広げ、オリンピックでもアメリカに負けないスポーツ強国であり、世界で最も進んだ社会。

第三次世界大戦が起きればソ連が世界を統一すると本気で信じていたソ連国民は多かった。


その全てが虚飾と不正、莫大なエネルギーマネーによる上げ底でしかなかった。


世界で最も進んだ理想社会の一員という幻想から一夜にして覚めたソ連国民は茫然自失します。

大して働かなくとも暮らしに困ることの無かったソ連時代と異なり「後は自分達で勝手に生きていけ」と、いきなり放り出されたのです。

代わりに渡された「自由」と国家財産などを証券化するなどした「権利」は文字通り宝の山でしたが、国家に飼われ抑圧される不自由を自由と思い込まされていた国民は本当の意味での「自由」を手にしても、どう扱えば良いのか理解できず、大半の国民は誰かに隷属する、というソ連崩壊以前の生活から抜け出すことが出来ませんでした。

分配された国家財産も、長きにわたる共産党支配下で「値段を付ける」という感覚が失われ、その価値に見合わない二足三文で手離すことしか出来ません。

ロシア人は商売のセンスが絶望的に欠如している。と能く言われますが、これは共産主義の影響が未だに色濃く残っているのだと思います(中国は数千年にわたる商人の国なんで、高々百年にも満たない共産党支配で商売根性が失われたりはしませんが)。


手に入れた「自由」と「権利」は宝の持ち腐れとなり、安く買い叩かれ、ロシア国民となった旧ソ連国民は窮乏します。


プーチンは、この失われた「旧ソ連国民のアイデンティティ」を新たに「ロシア人の栄光」として再定義する形で戴冠しますが、結局のところ、これも旧ソ連共産党がやっていたことの再現に過ぎません。


1/5に削減された見掛け倒しのロシア軍は偽旗作戦や小国を叩くことで軍事大国面をし、ドーピングでオリンピックや国際大会の金メダルを掠め、遅刻マウントで虚勢を張るしょうもないマネをして発展途上国という現実を糊塗しています。

それすらも結局のところ資源エネルギー価格が比較的高値で安定したからこそ出来ただけです。

プーチンに何か優秀な面が有って、ロシアの国益に繋がる何かをもたらした、と言えるものなど無いと言っていい。


共産カルトの理想社会詐欺に騙されたロシア人は、今再びプーチンのロシアマンセー詐欺に騙され、NATOや欧米諸国が「ロシア人」を攻撃している、というある意味で甘美なファンタジーに溺れている。

それは、無視されてとばっちりを食っているだけの惨めな存在ではなく、巨大なNATOから敵手と認められる偉大な「ロシア人」という虚構が生み出すアイデンティティ。


大半のロシア人は半ば停止した思考の中で生きており、さらに言えば事実上の主権者ですらない。そんなロシア人を攻撃してもロシアは転覆などしないし、そんな実例もない。


NATOも欧米諸国もそんなものに最初から期待していない。


しかし、ロシア人が被るとばっちりは増大する一方です。

それは別に欧米諸国からの制裁だけが原因ではない。

仮に、この戦争が終わり、奇跡的に戦後賠償が超長期に分割されて欧米の経済制裁が解除されても、失われた信用は取り戻せない。

エネルギー政策の多くをロシアに頼っていたEUなど欧州はエネルギー資源の調達を分散します。

質の悪いロシア産原油価格は元から低めでしたが、需要の低下により更に価格低下圧力が高まります。これは経済制裁とは無関係なエネルギー政策の転換であり、市場原理に基づく価格低下であるため避ける事が出来ません。


そしてロシアは軍を立て直さなければならない。

この戦争で陸戦戦力はほぼ壊滅したと言っていい。

戦前から職業軍人やってる人の中で下士官、ベテラン兵卒はほとんど残ってないでしょう。

残っているのは戦場に出ない名ばかり将校が大多数のハズです。

戦争が終われば動員兵は帰さなければならない。軍に残るなんてのは極少数に留まるでしょう。

現時点でも少なくとも30万人近い補充を行い、失われた装備を調達し、訓練も行わなければならない。

それでやっとギリギリ戦前の水準に戻れるか、と言ったところ。

簡単に言いましたが、10年では不可能と言っていいし、軍事支出をこれまでの2倍程度まで増額しないと10年やそこらでは不可能以前の問題です。


そして航空戦力は更に悲観的です。幸い(?)なことに航空機は比較的残っていますが、それでも戦前の水準に戻そうとすれば、短期間では物理的に不可能ですし、中長期的に見ても経済的余力の点で非常に難しい。

例え経済制裁が解除されたとしても精密誘導ミサイルや航空機製造にかかる製品等のには一定の制限が掛かるのは避けられない。


さらに問題となるのは、自国の安全保障をロシアは国際社会と共有することが出来なくなったこと。北朝鮮が分かり易い見本でしょう。

北朝鮮が苦しい財源から弾道ミサイルの発射費用を絞り出しているのは、アメリカが怖しいからです。

現状、アメリカが北朝鮮を叩く必要性は極めて低いものの、アメリカが朝鮮半島で軍事演習するとなれば、アメリカによる斬首作戦の擬装では無いかという疑念を無視出来ない。

北朝鮮は対抗して軍の力をアピールしなければならない(と思い込んでいる)が、通常戦力は装備の大半が朝鮮戦争当時のもので、アピールどころか失笑を買いかねない。だからこそアメリカにも打撃を与えうると考える唯一の手段であるミサイルに力を入れ、虚勢を張るしか道がない。これは結局、中国すらも信じられず、自国の安全保障を自国一国で担わなければならない孤立が招いた重い負担に他ならない。


国際社会から孤立しつつあるロシアもそれを怖れていますが、現実は悪い方に転がるばかり、旧ソ連構成国との関係もその一例でしょう。

旧ソ連構成国は、この戦争でロシアが信用できない国であると再認識しました。何時ウクライナの様に侵略されるか意識せざるを得ない。同時に、ロシアも求心力低下を自覚する事でお互いが疑心暗鬼になっている。

こうなればロシアとしては軍備増強を図りたいところですが、そんな余力はどこにもないので、軍事力とも異なる非常手段に訴える可能性が高まります。モルドバで現在進行形で起きている事態は正にそういう事でしょう。何れにせよ碌な事は起きない。


民間企業活動もお先は暗い。

こちらも一度高まったカントリーリスクのマインドは容易に変わりません。


例えば、マクドナルドはロシアから撤退し、代わりにロシア企業がハンバーガーショップを始めて民間活動の健在ぶりをアピールしているが、上手くいくのか疑問も多い。

マクドナルドは言わずと知れた世界規模のファストフードチェーンであり、流通や商品開発、店舗運営等の膨大なノウハウに裏打ちされた品質と価格で商品を提供する事によって成功している。

これをビジネス音痴(失礼)のロシア企業が居抜きで真似をしても同じようには到底出来ない。

象徴的側面もあるので、なんだかんだで営業を続けるかも知れませんが、経営効率の大幅な低下は避けられない。


また、ロシアでは航空会社にリースされていた旅客機を接収して使い続けているが、当然ながら整備・交換用部品等が調達できないため、素性のしれない代替品や耐用期限切れの状態での使用が横行する事となり、事故等が懸念される。


その外にも、民間企業活動全般にわたって有形無形様々なダウンサイドリスクが想定され、ほぼ不可避と言える幾つかのリスクも待ち構えているので、中長期的に見て非常に厳しい。

外国資本の撤退は空白となった分野へのロシア企業進出の機会とも言えますが、ビジネス音痴(重ね重ね失礼)なロシアの民間企業活動がこの危機を乗り越えられたとしたら、ちょっとした奇跡と言っていい(まず無理)。多分、中国企業の食い物になるのが関の山。


だらだらと取り留めのない話をして来ましたが、これらはロシアが孤立する事によって生じた(そして生じる)コストです。

この孤立のコスト、北朝鮮も耐えているのだからロシアも耐えられるのではないか、との意見もあります。

自国民が餓死している状態を耐えているというのには抵抗感もありますが、北朝鮮が金王朝という政体を維持しているのは事実。

しかし、それは北朝鮮が小さいからこそ維持出来ているのです。

ロシアは違います。大国、というよりデカい。日本の45倍の国土と一口に言ってもデカ過ぎてピンと来ないと思います。

端から端まで11のタイムゾーンが有るのです。ほとんど地球を半周しているようなものです。


この様なデカい国ロシアでは、中印などの援護、旧ソ連構成国の協力が無い状態で北朝鮮化は絶対に保ちません。プーチン朝はともかく現在のロシアの領土保全が出来ない。まじカオス。想像するだけでヤバい。


いや、まぁ、中国とインドが完全にロシアを見離すことはないでしょうが、現在の焦点となっているのが中国。

習近平のロシア訪問、そしてウクライナ訪問が注目されます。

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