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OODAループ

OODAループ


戦争における情報の重要性(戦争には限りませんが)は論を俟たないでしょう。

前稿のウクライナ軍による渡河阻止が極めて効果的であったのも、渡河状況の詳細な情報あってのことですし、最近では、侵攻初期のキーウ防衛に、15歳の少年によるドローン撮影が貢献していたという報道もありました。


良くも悪くも、実戦は、貴重な気付きを提供する機会でもあります。

朝鮮戦争では、第一世代ジェット戦闘機による格闘戦(ドッグファイト)が繰り広げられ、当初の想定では拮抗する性能と考えられていた米軍F86と中国軍Mig15の被撃墜数に非常に大きな差異(Mig15はF86のおよそ10倍の被害)が生じました。様々な要因はあるものの、F86のパイロットであったジョン・ボイドは「F86の方が視界が広く、パイロットの意思決定 (のスピード)に大きな差異をもたらした」と考えました。

戦時中の日本軍で九六艦戦や零式艦戦を駆った坂井三郎も、何より重要なのは「いち早く敵機を見つけ(、有利な位置を占め)ること」としています。

ボイドは、後にエネルギー機動性理論によりF15やF16の開発に影響(というか同理論の集大成がF16)を与え、「勝敗論」によってOODAループを世に送り出した人物です。


OODAループについては、第10部でも少し触れましたが、Observe(観察)→Orient(状況判断)→Decide(意思決定)→Act(行動)という行程をループさせる軍事行動理論です。

中でも、ボイドが特に重要としたのが状況判断。自らは観察と行動により状況判断をより精緻なものとし、敵には、行動を観察させることにより状況判断を誤らせる。


一例で示すと、敵兵が背を向けて逃げている。これを観察して状況判断しなければならない。潰走しているのであれば、追撃により戦果が拡大できるし、逃走が欺瞞であれば、追撃は危機を招く。さらに、事態は複雑化します。敵兵が敵軍幹部など重要人物であったら?逃走方向が敵領方面か自国重要拠点かでどう変わる?

或いは、自身が逃走する立場であれば、逃げ切るにはどう行動するか?囮であればどう見せれば全うできる?


実際の戦場はこんなシンプルな世界ではありません。彼我の兵力差は?残弾は?疲労は?負傷は?時間は?地形は?etc etc etc etc etc しかも、それらは刻々と変化します。

旧来のトップダウン型の指揮命令では「敵兵を追撃し、戦果を拡大すること。敵軍幹部はなるべく捕虜とし、不可能なら殺害せよ」とするのが関の山でしょう。兵力一千万人の国家・時代なら、これで問題ありません(あります)。


「数は最も基本的な『質』である」は、一面の真実です。

しかし、兵士に対する充分な教育などは望むべくもない。精緻な指揮命令は部隊を混乱させるだけです。本来、戦場で「進め」「構え」「撃て」の動作さえ、統制を保って行わせるのは大変なことなのです。

だからこそ、「軍隊式」訓練を施して、命令には機械的に従う兵士を造ることが、一つの解決策になります。


このトップダウン型指揮命令の何が問題なのでしょう?

兵士を人間扱いしていない?

まぁ、確かに問題ではあります。しかし、戦争という極限の合理を求められる状況においては、我々が金科玉条のように言う、人道や人間性などは後回しになります。

命令が無ければ何もできない?

いやいやいや、そもそも、命令無しに行動する軍は存在しませんし、命令無しに行動するのであれば、それは最早、軍事組織ではありません。

突発的事態に対応できない?

まぁ、つまりはその辺りに問題がある訳ですが、もう少しブレイクダウンしましょう。


冒頭で述べたように情報は大事。情報を基に意思決定を行う訳ですから、情報が誤っていたり不充分であれば、正しい意思決定にはならない。

そして、戦況は時間経過により変化し、それに伴い情報は加速度的に増大していきますが、トップダウン型では、ほとんどの情報が顧みられる事なく無視されます。

当然の話ですが、指揮命令権者が受け取り、処理し、判断できる情報量には限りがあるからです。だからこそ、トップには「大局観」に基づく判断が求められます。


誤解される方もいますが、これはこれで充分に合理的な制度です。

前線が独自に判断して行動する(OODAループは導入していない)軍とトップダウン型の軍が対戦すれば、高い確率で後者が勝利するでしょう。なぜなら、下手にアレコレ考えて判断するより、何も考えずに行動する方が早く、躊躇なく、しかも的確な戦果に繋がる場合が多いからです。前線では非合理に思える命令も「大局的に見れば」最適解かも知れない。


しかし、最前線の兵士が独自に状況を判断し、行動しなければならない戦場があります。一例が、航空機による空中戦です。

航空機は一機一機が重要な任務を帯びており、大きな権限が与えられています。そのため、尉官以上が搭乗し、任務を遂行します。

空中戦では、兵士(尉官以上ですが)が最前線で空域の天候、地形、敵軍の対空監視網の状況を注視し、レーダーや哨戒機などの情報から敵機を発見したなら彼我の諸条件を基に交戦の是非を決定。

交戦するのであれば、勝つためにどう行動するか判断し、実際に行動して結果を観察、状況を判断して次の行動を決定、と、決着がつくまで行程を(猛スピードで)ループさせるのです。


この空中戦をモデル化したものがOODAループです。

ボイドがF86搭乗時に得た知見などをベースに完成させた理論ですが、軍事行動一般に適用可能であり(というか意思決定を行うものには、原則適用可能)、OODAループを含む「勝敗論」に最も興味を示したのは、空軍ではなく、海兵隊でした。


米軍も基本的に物量で押すタイプではあるのですが、ソ連の様に兵士を軽々に扱うことは許されません。兵士は戦場から帰れば国家の主権者であり、その家族や友人・知人も同様です。

そして、米軍の主戦場はオーバーシーズ。つまり、アウェイでの戦いになります。その敵地に乗り込む先駆となるのが海兵隊で、充分な戦力が期待できない場合もあります。

この前提では、トップダウン型は本領を発揮できず、劣勢を覆すことは困難を究めるでしょう。


この打開策を海兵隊は求めていたのです。

そして、ボイドの「勝敗論」から繋がるマニューバウォーフェアは非対称戦の解法であり、ジャイアントキリングを可能とする戦術の中核となるのがOODAループでした。

OODAループは前線指揮官に大きな権限を与えますが、それだけでは軍事組織として統制がとれません。前線において情報処理を行い、後方にて統合し、調整する。縦にも横にも情報を連結し、無数のOODAループを作って高速で回すことにより、初めてジャイアントキリングへと繋がるのです。


世界最大の軍事力を保有する米軍がジャイアントキリングを必要とするなど可笑しな話ですが、最小の損害で最大の戦果を追求するのは、軍事組織永遠の課題です。

実際問題、OODAループの導入は、海兵隊にとっても大きな決断であったことは想像に難くありません。

指揮命令権者にとって前線部隊が独自の判断(当然ながら大枠の命令と交戦規定の範囲内ですが)で行動するのは不安もあるでしょうし、不快に思う者もいるハズです。軍制改革や前線指揮官の質的向上など解決すべき事項も多い。

それでも導入に至ったのは、やはり海兵隊任務の特質によるところが大きいでしょう。


そして、ウクライナも海兵隊と同じです。

2014年のクリミア紛争により、ロシアは明確に敵であることが理解できました。同時に、まともにやり合っては勝てないことも。


この戦争におけるウクライナの頑強な抵抗は世界を驚かせましたが、その一因に、NATO経由で取り入れたOODAループを始めとする軍制改革・意識改革があることは確かです。

非対称戦に徹する極めて強固な意志、そして士気がウクライナの戦線を支えています。


さて、本稿でOODAループを改めて取り上げたのは、この戦争に無関係でない事も理由ですが、ジョン・ボイドが、現在公開中の映画「トップガン・マーベリック」でトム・クルーズ演じるマーベリックのベースモデルなんじゃないかなぁ〜、、、と個人的に想像しているからです(理由にはなってない)。


ボイドは、朝鮮戦争でパイロットとして活躍 (エースパイロットではなかったようです)した後、空軍版トップガン(こう言うと反発する声が上がったりしますが)であるFWS(本来のトップガンは海軍。設立自体はトップガンの方が後)の訓練生となり、その後、教官を務めます。

戦技訓練でボイドは無敗を誇り、尊敬を集める一方、ちょっとアレな性格や行動が、上層部には非常に受けが悪く、左遷させられたり、実績や戦闘機開発へ与えた影響(まぁ、影響が大き過ぎるので煙たがられたんですけど)に比して最終階級は大佐どまり。

この辺、マーベリックも似たような感じで「マーベリックはボイドしてるなぁ」というのが第一印象でした(いや、映画の方も面白かったですよエンタメとして)。

ちなみにボイドもマーベリックも(最終)階級は大佐ですが、ボイドは空軍大佐なので「カーネル」、海軍大佐のマーベリックは「キャプテン」になります。空軍で「キャプテン」は大尉なので、ちょっと気を使います。軍制の違いからきているので仕方ないのですが、、、

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