就任演説
就任演説
1月20日、世界中が注目したトランプの大統領就任。
私も「その一日」の映像を延々と見ていました。
私が常々、言ってる事ではなく、やってる事で判断すべき、と言っている様に演説や声明、それもサマライズされたものを読んでもプーチンやトランプの様な連中の思考は理解できない。
言葉が中心の演説にしても、可能な限り映像や音声から身振りや表情、口調そして聴衆の反応などなどなどを統合して評価すべきだ。
ありがたい事に、一昔前に比べ、この手の映像データの入手は圧倒的に容易となった。
外電頼りだった情報が地元メディア、なんなら個人撮影のものがSNSなどでも入手できる。
映像分析手法を重視している私としては本当に助かる。
「百聞は一見にしかず」私がモットーとする言葉です。
勿論、現地で実際に見聞きするに如くは無し、でしょう。
しかし、若い頃の様に半ば気ままにあっちゃこっちゃ行ったりは出来んよ、流石に。(おっさんの言い訳)
その就任日の映像には思うところも多かったのですが、本稿では就任演説の気になった点を一つ挙げましょう。
演説の中身として、これまでのトランプ路線から変わった所は余りないのですが、宇宙開発の月探査から火星進出への方針転換には若干の驚きがありました。
ご存知のとおり、火星進出はマスクが熱望する事業であり、再選の立役者であるマスクへの「リップサービス」なら充分に有り得るとは思っていましたが、どうも単なるリップサービスで終わりそうにない。
演説の終盤、トランプは宇宙開発の文脈で「マニフェストディスティニー」と言っています。
マニフェストディスティニー、日本では「明白な使命」などと訳されますが、アメリカにおいては少しばかり重い意味を持ちます。
アメリカは北米東海岸の13州から始まり、領土を西海岸まで広げ、現在では50州を有している。
その過程ではネイティブアメリカンを駆逐し、北米西海岸部を有していたメキシコとも戦争に及んだ。
アメリカが西進し、虐殺や戦争を正当化するスローガンとしたのがマニフェストディスティニーです。
即ち、明白な使命とは、アメリカが北米を領土とするのは神から与えられた使命であり、神聖な権利である、という主張。
なお、この主張には続きが有って、最終的にはアジアまでが拡張の範囲に収まります。
言って置きますが、新旧聖書にマニフェストディスティニーの直接的な根拠となる記載がある訳ではありませんし、預言者が現れて神が新たな言葉を授けた訳でもない。
コラムニストのジョン・オサリバンがデモクラティックレビュー誌に投稿した記事が始まりとされていますが、個人的にオサリバンは民主党の誰かの意を受けて書いたんじゃないかなぁ、と思っています。(妄想)
旧約聖書で神がイスラエルの民に約束の地カナーン(パレスチナ)を与えた様に、北米大陸はアメリカに神が与えたと「勝手に」主張する言葉がマニフェストディスティニーであり、トランプは就任演説でこの言葉を使った。
私の記憶の限りでは、トランプがマニフェストディスティニーと発言したのは今回が初めてではないかと思う。
前述のとおり、マニフェストディスティニーはアメリカの帝国主義・拡張政策を神の名を借りて正当化するものです。
使われたのは一度、それも宇宙開発に係る文脈での発言ですが、この発言にギョッとなった方も居られるでしょう。
アメリカの国策としての宇宙開発はアルテミス計画などの月探査がメインだった。
それが一気に火星有人探査にジャンプアップする。
マスクは当然大喜び、興奮して子供の様にはしゃいでいた。
演説ではグリーンニューディール政策を終了させるとも言っているが、全く気にも留めていない。
グリーンニューディールは左翼的思想だが、バラク・オバマが推進した事で一躍アメリカのスタンダードとなった。
マスクの資金力の源泉は、言うまでもなく保有するテスラ社株に依存する部分が大きい。
そのテスラ社はグリーンニューディール政策の恩恵を十全に活用して飛躍した。この政策が無ければ今のテスラ社は無かったと言っていい。
グリーンニューディール政策の終わりはテスラ社には無視し得ない痛手だろう。
しかし、マスクは意に介していない様に見えた、というかその後に続く火星進出発言への期待の色しか見受けられなかった。
こうして見るとマスクにとってはテスラ社すらも火星計画のための資金的な足掛かり、踏み台に過ぎないのだろう。
オバマのグリーンニューディール政策でテスラ社を自動車会社として時価総額世界一とし、世界一の富豪になった後は、トランプに乗り換えてスペースX社で火星に行くのか。
いやはや、正直、凄まじい政商振りに恐怖すら感じます。
マスクに比べると就任式に列席していた錚々たるテック企業の重鎮達が小さく見えたほどです。
現実問題として、トランプ政権はテック企業にとってリスクの振れ幅が上にも下にも大き過ぎる。
特にアップル社などの製造系は顕著です。関税で輸出先がどう動くか分からないし、中国などで製造した製品にも関税が掛けられアメリカ国内での販売にも影響がでる。
更に、トランプが、iPhoneを中国で製造するなど許されん!アメリカ国内で製造しろ!とか言い出したら大変です。
製造コストは数倍に跳ね上がり、経営が傾きかねない。そんな事はあり得ない、と言い切れないのが何ともはや、、、
アマゾンやグーグル、メタなどのインフラ系は複雑な所でしょう。
これまで、これらインフラ系テック企業は社会的圧力から自社サービスに様々なチェック機能を付与してきました。
これは、コスト的に非常に負担が大きく、言論の自由などをお題目としてスポイルされる事で経営上は間違いなくプラスに働きますが、トランプから掛けられる圧力には抗しきれないという事でもある。
彼らも当然ロビー活動を行なっていますが、トランプを操るのは一筋縄ではいかない。
テック企業重鎮達の顔色は、一人を除き、余りよろしくはありませんでしたね。
少し横道に逸れましたが、マニフェストディスティニー、この言葉はマスクの入れ知恵、サジェッションによるものではないかと妄想しています。
例え再選の立役者であっても、否、立役者であるからこそ、マスクが火星進出を「要求」したならトランプは突っぱねたでしょう。トランプは就任演説で自身に投票した有権者への感謝の言葉を再三述べていましたが、列席していたマスクに関して名前やそれらしき発言は認められませんでした。
マスクはその辺は充分に理解しており、トランプに要求するのではなく「トランプが求める」偉大なアメリカの偉大な大統領の足跡として、火星進出という人類史上においても比類なき偉業を、神から与えられた「トランプの」明白な使命だとそう吹き込んだんじゃないかなぁ、とね。
そう考えると、トランプが就任前に言い出した、カナダはアメリカ51番目の州に「なるべき」だ、という発言やメキシコ湾をアメリカ湾にする、という発言は単なるディールのネタとも言い切れなくなってくる。
言うまでもなく、北米大陸にはカナダもメキシコも含まれている。アメリカが火星を目指すだけなら特段の問題はない。私個人としては応援さえしたい。
しかし、はっきり言って火星計画には幾つもの無理がある。
その無理筋の火星計画でも火星有人探査は2030年だ。トランプの任期を超えている。
宇宙開発は金食い虫で失敗も付きもの。マスクは政府効率化省を使って大鉈を振るい、その宇宙開発のための資金を浮かせる積もりだろう。
アレなマスクはドラスティックな経費削減をやるだろうが反発も相当なものとなるのは間違いない、というか避けようがない。
冷戦期の宇宙開発にはソ連との競争というアメリカの安全保障に直結する理由があり、国民からの理解も得られた。何よりアメリカにはそれが出来るだけの充分な余力があったのだ。
それを今、マスクは行政サービスのカットという手段で捻り出そうとしている。
この手段・手法が比較的冷静に受け止められているのは、トランプ再選の狂熱と影響そのものへの理解が及んでいない面が大きいと考えられる。
この状態が長く続くとは到底思えない。結果が出るのはトランプの任期が終わってからだというのに、金だけはジャブジャブ注ぎ込まれていくのだ。
ウクライナへの支援額より多くの資金が事実上マスクの夢に注ぎ込まれる事に不満と怒りを持つものは必ず出て来る。
少なくとも、マスクは早晩不満の出る事は想定しているだろう。対応策も考えてはいるハズだ。
問題は、アレなマスクが手段を選ばないリスクが計り知れない所にある。
火星有人探査のマイルストーンの代わりに、分かり易いトランプの実績を示す事は一つの手でしょう。しかし、経済の回復が上手くいかない事は分かり切っている。
なら、どう出るか?
可能性は高くはないし、流石のトランプも実行には障害が多すぎるが、カナダ併合、グリーンランド併合、パナマ運河奪還、、、マニフェストディスティニーが宇宙開発を指すものだとは限定していない。
マスクは火星計画実現を夢見ているが、十年二十年で実現するものではない。
考えても見てほしい。アルテミス計画は2024年に月に女性宇宙飛行士を送り込む計画だったが頓挫している。
スペースXの看板とも言えるスターシップは7回中3回打ち上げに失敗しており、大爆発して大騒ぎになったりもした。
もっと言えば、テスラ社は全自動運転技術すら予定通りに完成させる事もできていない。
月はざっと40万kmの彼方にある。大変な旅だ。
対して、火星までの距離は近い時でもざっと6千万km、遠い時は4億kmにも及ぶ。
距離だけではない。火星には地球の1%程度だが大気が存在し、メリットと共にデメリットともなる。重力は地球の約40%、これも無視できない。
マスクの火星計画がスケジュール通りに行く可能性はほぼゼロと言っていい。そして、おそらく、計画実行にはアメリカの金だけでは足りない。
しかし、マスクが火星計画を断念する可能性もほぼゼロだろう。そして、計画実現のためにはどの様な手段も厭わない事が大統領選などで明らかになっている。
「目的のためには手段を選ばず」私の苦手な言葉です。




