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バリスティックミサイル

バリスティックミサイル


バリスティックミサイル、即ち弾道ミサイル、弾道弾ですね。

冷戦時、米ソが競った宇宙開発の中核技術の一つがロケットの能力になります。

ご存知のとおり、アルコールや石油製品といった燃料を燃焼させるには酸素が必要です。ロケットエンジンとジェットエンジンの大きな違いは燃焼のための酸素を何処から供給するか、にあります。

ジェットエンジンは酸素を大気から供給します。エアインテークから大気を取り込み、燃料と混合して着火・燃焼させることで推力を得ます。

対して、ロケットエンジンは酸素(酸化剤)も機体内に格納することで、大気を必要とせず、結果として酸素が希薄な超高高度においても推力を得る事ができる訳です。

なお、燃焼(酸化)させずとも推力を得る方法は存在し、利用するエンジンも有りますが、ここでは置いておきます。


さて、ウクライナはロシアがICBM、即ちインターコンチネンタルバリスティックミサイル、大陸間弾道弾を六発ぶっ放した、として騒ぎになりました。

しかし、実際のところ、使われたのはIRBM、即ちインターミディエイトレンジバリスティックミサイル、中距離弾道弾に分類される新型ミサイルのオレシュニクらしい、という事が分かってきました。

ICBMとIRBMの違いは能力的なものではありますが、多分に政治的な意味合いがあります。


冷戦時に米ソは互いどころか世界を滅ぼしかねない量の核兵器を作った訳ですが、アメリカは北米大陸、ソ連はユーラシア大陸に別れているので、相手を攻撃するには大陸間を横断する手段が必要となり、その決め手として開発されたのがICBMになります。

サイロ(地下埋設型の大型ミサイル格納・発射筒)に納められ、都市を壊滅させうる核弾頭を搭載した巨大ロケットは正に最終兵器の威容を誇り、地球の裏側まで手が届く、その速度はマッハ20を超え、当時迎撃は事実上不可能とされた。怖い。


しかし、実のところ、ICBMは完成された兵器とは言い難い。

繰り返しになりますが、ICBMは核弾頭を搭載可能なでっかいロケットな訳で、ロケット開発の歴史は事故の歴史とも言われる程失敗が付きものとなっている。

これは、地球の重力が現代の科学技術では突破するのが困難な程度には大きい、というのがあります。

宇宙のスケールで見ると地球はお話にならない程に小さな存在ですが、地上に住まう私達にとって9.8メートル毎秒毎秒の重力加速度は充分に大きく、こいつを振り切らなければ上昇できません。

そのため、ロケットは膨大な推力を必要としますが、現状、燃焼により噴射する反作用で推力を得る、以上の実用的な最適解は見つかっていない。

この、燃焼という基本的な化学反応が曲者で、人類は火という燃焼からエネルギーを得るようになって100万年が経過したというのに、未だこの化学反応を完全には制御できていない。

大推力を得るという事は、燃料を短時間の内に大量に効率良く燃やして噴射させるという事で、燃焼というよりほとんど爆発です。この爆発的なエネルギーが大きすぎるとロケットが耐えきれず爆発四散するし、小さいと充分な推力が得られません。この調整が難しい。


実際、ロシアは2020年代に入ってから確認されているだけで3回ICBMの発射実験を行っているが、曲がりなりにも成功したと言えるのは1回だけで、残る2回は爆発するなど失敗に終わっている。

核弾頭を搭載したICBMはこれまで一度も使用されていませんが、それは、核兵器忌避というより「核弾頭載っけたICBMが打ち上げに失敗して自国内で爆発したらえらいこっちゃ」というのも少なからずあると考えられます。

ロシアは昔から結構いい加減なとこがある国で、大量生産に向いた工業製品の設計・製造は得意なのですが、高い精度が求められる製品を大量に作ると、まず間違いなく不良品がボロボロでてきます。

言うまでもない話ですが、核弾頭もICBMも高い精度が求められる非常に繊細な兵器です。一発やそこらを高品質に作るのは充分に可能ですが、ロシアに配備されている数百基のICBMが高い品質を保っているなどというのはラシアンジョークに等しい。

下手をすると北米大陸に到達するよりロシア国内を核汚染するICBMの方が多いかもしれません。なにそれ怖い。


冷戦が終わると、当然「作ったは良いけど、どーすんのコレ」となる訳で、向こうが持ってるとやっぱり怖いし、自分が持ってるのも維持管理だけで北朝鮮など吹き飛ぶレベルの金がかかる。

そんなこんなで「お互いこんなやべーもんは減らしていこーよ」と歩み寄り、相手を攻撃可能な射程距離5,500km以上のミサイルはICBMと規定して製造に制限をかけることとした訳です。

つまり、アメリカとソ連の物理的距離を基準に定義されたもの。


その最終兵器とも言えるICBMをぶっ放したという事で一時騒然となったのですが、実のところ「アメリカ」には、ご丁寧に「こ、これは、あ、ICBMじゃなくてIRBMなんだからっ!か、勘違いしないでよねっ!」とロシアから事前通告があったようです。

バイデンがキーウを訪れた時もそうですが、ロシアは口ではご大層な啖呵を切るのに、核兵器を使うどころかICBMと思われる事すら怖れてアメリカに事前通告している。

そんなビビったりせずとも、アメリカはICBMや核兵器の所在は把握しているし、発射されるのがIRBMだと通告が無くとも察知していたでしょう。

付け加えるなら、IRBMが発射されてからドニプロに着弾するまで、アメリカは飛翔状況を逐次モニターしていたであろう事は間違いない。

察知していた情報、事前通告、どちらも確度の高い情報と認識していてもリスクは最後まで潰すのがアメリカのインテリジェンスというものです。


発射されたオレシュニクらしき六発のミサイルは射点から900km離れたドニプロに15分程で着弾しています。着弾時の速度はマッハ10から11。

チンピラ皇帝は「新型IRBMの発射実験に成功した。マッハ10で飛ぶオレシュニクを迎撃するのは不可能だ」と誇らしげに語っています。

しかし、状況から確認できた限りでは、これは「嘘ではないが、正確でも適切でもない」

まず、ロシアは、そう簡単に新型のIRBMを開発できる程の能力を持っていない。

では、このオレシュニクは何かというと射程距離6,000kmの弾道弾として開発中だったルベーシをリビジョンしてIRBMに寄せたもの、と見られている。

ウクライナが当初ICBMが発射されたとしたのも、ルベーシの射程がギリICBMにカテゴライズされる弾道弾である事によると思われる。


そして、オレシュニクの飛翔能力だが、IRBMは概ね3,000から5,000kmの射程を持つ弾道弾のカテゴリーとなる。

射程距離6,000kmのルベーシをベースとしたオレシュニクなら余裕と思われるかも知れないが、弾道弾の最大射程はその名の通り弾道飛行時のもので、今回、ドニプロに着弾した状況とは異なる。

以前にも少し解説したと思うが、弾道弾をマッハ10までもってく事自体はそれほど難しいものではない。

高く打ち上げて落とすだけです。これはロフテッド軌道と呼ばれ、そのスピードで防空網を掻い潜るには有効ですが、射程は大幅に短くなる。

フルサイズのICBMなら分からなくもありませんが、確認されているルベーシの諸元から見るに3,000km超の射程とマッハ10の速度は両立はしない、と思われます。


今回、オレシュニクのターゲットがドニプロだったのも、ロフテッド軌道ではキーウには手が届かず、弾道飛行の場合はペトリオット等で比較的容易に迎撃される事を懸念したのではないか、と考えられ、今回の発射は多分に政治的な威嚇の要素が強いでしょう。

それも相手はアメリカを除くNATO諸国に対してのものです。

IRBM、それもおそらくは開発中で虎の子とも張子の虎とも言える微妙な兵器を持ち出したのは「アメリカとは敵対するつもりはない。ただしNATO諸国、テメーらはミサイルの射程内だ」という弱気なのか強気なのか分からんメッセージ。

チンピラ皇帝はオレシュニクを量産すると言ってますが、曲がりなりにもICBMベースのミサイルを大量に作る余力はロシアには有りません。


この何とも中途半端なバリスティックミサイルが戦局を変えることは無い、と評価してよいでしょう。

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