全方位戦争その3
全方位戦争その3
いよいよウクライナへのF16供与が直近になってきました。
「その3」では航空戦について触れていきます。
これまでも繰り返し述べてきた様に、近代戦において航空機は不可欠と言っていい。
ウクライナ戦争は新たな基軸、即ちドローンが戦争の態様を変えつつあるが、依然として航空機に取って代わる存在には程遠い。
まぁ、それどころか最新鋭ドローンと第ニ次世界大戦レベルの塹壕と砲弾が混在するカオスな状況が出現しているんですけどね。
それもこれも、ウクライナ・ロシア両軍共に航空優勢を取れない均衡が招いた特異な事態と言えます。
この戦争の最序盤、ロシアがキーウ攻略に失敗したのは、破壊したとする対空施設・装備の多くが健在で、ウクライナに倍する航空機戦力投入を以ってしても制空権どころか航空優勢すら得られなかった事にある。
昨年のウクライナの大反攻が失敗に終わったのも、諸兵科連合の要とも言える航空戦力を欠き、逆にロシア側のヘリなどからの攻撃で衝力を潰されたからです。
そして、ロシアが攻勢を強める東部方面において、ウクライナが押し込まれている要因の一つが、滑空爆弾による爆撃にあります。
滑空爆弾自体は特段目新しい兵器ではありません。
能力的に見ても空対地ミサイルと無誘導爆弾の間、無誘導爆弾寄りといったところで、命中精度を高め、射程が少しばかり伸びる程度の代物なんですが、これが現状に上手く嵌まって戦果を挙げる事に成功している。
無誘導爆弾は、精々安定板が付いている程度で精密爆撃には向きません。射程、というか自由落下するだけなので、水平爆撃時の航空機の速度と高度で到達距離が変わります。当然ながら、高高度からのローンチだと命中精度は低下してしまいます。
その分、構造がシンプルなので量産し易い(コストが低い)、炸薬量が多い、といったメリットがあり、懸架してリリースできれば運用可能な汎用性も魅力と言えるでしょう。
半導体不足などからミサイルが足りなくなったロシアも、無誘導爆弾であれば潤沢な在庫がある。
尤も、無誘導爆弾が幾ら有っても、ウクライナ戦争では当面の間は大きな脅威にならないと考えられていました。
無誘導爆弾は、航空優勢を得た状態で上空を我が物顔で飛び回り、逃げ惑う敵兵を思う存分蹂躙する形で運用するものです。対空砲火や地対空ミサイルに怯えながら射爆地点まで重い爆弾抱えて飛ぶのは自殺行為に近い。
しかし、この出番は少ないと思われた無誘導爆弾が大化けします。
大量にある無誘導爆弾に滑空・誘導モジュールを装着することで誘導式の滑空爆弾へと変貌したのです。
滑空爆弾はその名の通りグライダーの様に滑空して到達距離、即ち射程を伸ばす事ができます。流石に有人グライダーの様に上昇気流を捕まえて滑空する様な器用な真似は出来ませんが、高高度からローンチすれば数十kmの滑空が可能。
そこにGLONASS(ロシア版GPS)を活用した誘導機能が加わることで、安価なミサイルもどきとなる訳です。
実のところ、この滑空爆弾化キットと呼ばれるモジュールは「ロシア脅威のメカニズム」と言える様な大層な代物ではないのですが、生産性が良好らしく、既に数千基のモジュールが投入されていると推計されています。速度域がミサイルほど速くないので、使用されている半導体などはそれ程高性能のものは使われていませんが、半導体などの調達には中国の影もチラチラと見え隠れしています。
決してスーパーウェポンではないものの、数十kmの射程延長はロシア側航空機を危険空域からそれだけ遠ざける効果があり、衛星誘導機能はローンチ直後から退避機動を取らせる事を可能にします。
また、無誘導爆弾は炸薬が重量の4〜5割ほどを占めるため、定番の500kg爆弾でも炸薬量は200kgを超えます。これは、一般的な155㎜榴弾の炸薬量が10kg程度である事を考えれば、一発の爆弾がどれ程の脅威かお分かりになるでしょう。
とは言え、本来なら航空優勢下で運用すべき兵器であることに変わりはなく、ウクライナ軍が対抗できない程の遠距離からミサイル攻撃すれば安全であるものを、ミサイル不足から「リスクに幾らか見合う戦果」を得るために使わざるを得ない、リスキーな爆撃手段に過ぎません。
結果として、ロシア航空宇宙軍は、航空優勢を得られない状況下で、多大な損害を負いながらも航空支援を実行し、ロシア軍の攻勢を支えている、、、というか、まぁ、支えさせられている。
対するウクライナは、旧ソ連時代の対空ミサイルやペトリオットなどで対抗していますが、数が全く足りていない。
地対空ミサイルの追加も必要だが、F16を加えた複合防空体制の構築が待たれる。
そのF16供与を前に、ウクライナはエイタクムスやストームシャドウによるロシア側対空装備への攻撃を激しくしている。
ストームシャドウなどは射程が長いものの、いかんせん数が足りておらず、目標設定は戦略的に行われてきました。逆に言えば、長距離ミサイルの目標動向でウクライナ軍の方向性がある程度類推出来ます。
導入当初は地上司令部施設や兵站関連施設などが主でしたが、クリミア港湾施設などが加わり、現在は対空施設・装備へと重点が移っている。
先日、ロシア領内の航空基地でロシア航空宇宙軍最新鋭戦闘機スホーイ57が駐機中に攻撃を受けたのも、F16の脅威の一つであるスホーイ57を事前に潰しておく狙いがあることは間違いないでしょう。
ウクライナはF16運用に向け大きく動いている。当然のことです。ロシア側対空装備を念入りに潰していかなければ、開戦当初のロシア軍の轍を踏む事になる。
F16が機能するか否かによって地上戦は大きく変わる。
繰り返しになりますが、その鍵は航空優勢にあります。
エイタクムスなどの迅速な供与、F16には対レーダーミサイルが求められている。
ウクライナの戦況は世界各国の政治、特に選挙結果に少なからぬ影響を及ぼす。逆に、選挙結果によりウクライナ支援も影響を受ける。
ただでさえ選挙イヤーのとこに加えイスラエルやフランスまで参戦しやがった。辛い。
ここ暫くの間にウクライナに供与される航空優勢を得るための各種装備の質と量が、政治的リスクにまで相互作用を及ぼす状況となってきた。
質と量、そしてスピードが分水嶺となる。




