ネプチューンってどうなん?
ネプチューンってどうなん?
ロシア海軍黒海艦隊旗艦モスクワが沈没しました
海上の対空施設とも言うべき巡洋艦で、ウクライナ南部で航空戦力に睨みを効かせていた存在です。
現在の焦点であるマリウポリ攻囲に対する直接的影響は不明ですが、海上司令部施設でもある旗艦喪失による影響はウクライナ側、ロシア側両陣営の物心両面に及ぶでしょう。
沈没の原因を、ウクライナ側はネプチューンミサイル2発による攻撃で深刻な被害を受けた。と発表し、ロシア側は火災と荒天によるもの。としており、(例によって)食い違いがありますが、黒海艦隊がウクライナ側沿岸部から後退している現状に鑑みれば、まぁ、そういうことかと思います。
これは、軍事関係者には割と大きな事件で、情報収集が盛んに行われているハズです。
モスクワはスラヴァ級のミサイル巡洋艦で、主任務はミサイル攻撃による敵艦撃破と艦隊防空になります。この戦争では、ミサイル防空能力を以って黒海側から防空網の一翼を担っていたわけです。
自艦を対艦ミサイルなどから守る装備として機関砲による近接防御火器システム(CIWS)を装備していることが確認されています。そのほか、対艦ミサイル迎撃用のミサイルが配備されている可能性もありますが現時点では未確認です。
いずれにせよ、ウクライナのネプチューンは、巡洋艦の対空兵装を掻い潜って2本が着弾し、沈没に至る被害を与えたことになります。
沈没前のモスクワの映像を見ましたが、左舷に傾斜し、火災のものと思われる黒煙と消化作業のものと思われる白煙で判然としないものの、船体中央前方寄りにある艦橋付近に破孔らしき跡と焼損。目に見えて大きな損害箇所はそのくらいですが、傾斜している状況から左舷喫水下にも相当の損害があるものと思います。
対艦ミサイルは、着弾直前にホップアップする仕様でない場合(ホップアップ仕様だと一度上昇し目標箇所に着弾するが、迎撃される余地も増加する)、喫水線から概ね3m以上上に着弾するため、もう1本当たったとされるネプチューンが艦橋以外の箇所に着弾していたとしても、破孔が直接浸水被害をもたらしたとは考え難いです。
おそらく艦橋側部にズラリと配置されていたモスクワの対艦ミサイル群が誘爆し、弾薬庫などに延焼、浸水などの被害が発生した可能性の方が高いと思っています。
このモスクワの沈没がなぜ注目されるかと言えば、第二次世界大戦以降、戦闘で喪失した戦闘艦は数が限られている上に、直近の事例が40年前のフォークランド戦争まで遡るからです。
近代兵器、特にミサイルなどは最新技術の塊ですが、逆に言うとほとんどの対艦ミサイルは大型艦艇を撃破した実績を持たないのです。
兵器というものは、常に最新のものが好まれるとは限らず、信頼性や扱い易さ、コストなどを勘案して採用されます。
中でも軍隊において最重要視されるのが信頼性です。生死を分ける一発勝負で作動不良など有ってはならず、長期にわたる作戦行動にも対応しなければならない。軍用兵器とは非常に過酷な要求を満たす必要があるのです。
海上にある艦艇を撃破するには、対艦ミサイルか潜水艦による魚雷攻撃が現在の有力な選択肢です。
フォークランド戦争においてもイギリスの潜水艦がアルゼンチンの巡洋艦に魚雷2発を命中させ、撃沈しています。
そして、アルゼンチンの艦上攻撃機シュペルエタンダールに搭載され、イギリス駆逐艦シェフィールドに深刻な被害を与えるなど、一躍名を馳せたのがエグゾセ対艦ミサイルです。
軍事関係ではコンバットプルーブンという言葉が使われます。実戦で証明済、という意味合いですね。これはかなり強力な価値を有します。
シェフィールドに被害を与えたのは2発発射したエグゾセの内の1発です(もう1発は海面に突っ込みました)。このエグゾセは不発で、シェフィールドの被害は炸薬の爆発ではなく、着弾の衝撃とミサイルの残存燃料の燃焼によりもたらされました。
最終的に火災は鎮火したものの、荒天の影響(モスクワ沈没の原因をロシア側が火災と荒天と主張しているのもコレから発想を得たんじゃないか、と思ってます)などもあり、エグゾセ着弾から6日後、沈没に至ります。
元々、エグゾセはあまりパッとしない対艦ミサイルでしたが、コンバットプルーブンのご利益は絶大で、フォークランド戦争後、かなりのセールスに成功します。
実際には命中しても不発となる事例が多く、個人的には「微妙」カテゴリーに分類される装備ですけどね。
近年、コンバットプルーブンを付された装備としては、イスラエルのアイアンドームが挙げられるでしょう。
ハマスのロケット弾飽和攻撃を9割方迎撃した(味方ドローンを撃墜しちゃったりもしたみたいですが)性能は世界中の注目を浴びました(ゼレンスキーも欲しがってますね)。
そして、排水量で駆逐艦シェフィールドの2倍に及ぶ巡洋艦モスクワを沈めたネプチューンは間違いなくコンバットプルーブンの仲間入りするでしょう(この戦争全体で活躍しているトルコ製ドローン=バイラクタルなども)。
イギリスがスターストリーク、アメリカがスウィッチブレードなど新鋭の装備を供与するのは、何も善意100%ではないという事でもありますが、そんな話はウクライナも重々承知で、やらない善よりやる偽善なのです。まぁ、戦争で善悪を論じるのも虚しい話。
そのネプチューン。本当のところはどうなんだろう?というのが本稿のお題です。
2発で巡洋艦沈没に至る被害が発生しており、被害の外観からも損害評価は大破としていいでしょう。
ドローンを囮に使用していたとする情報もありますが、逆に言えば、モスクワの対空監視は戦闘体制に入っており、まるっきりの無警戒というモスクワ側の超大失態という可能性は低いと考えます。
モスクワのミサイルに対抗する兵装は機関砲によるCIWS6基。
正直に言うと、このCIWSが実戦において機能したのか否かが一番気になるところなのです。
対艦ミサイルへの対応は、チャフやデコイなどでミサイルを躱すかミサイルをミサイルや機関砲で撃ち落とすかのいずれかになります。
逆に対艦ミサイル側がどうこれを掻い潜るかというと、マッハ5以上の飛翔速度で強引に突破する極超音速ミサイルか海面スレスレを亜音速で忍び寄るシースキミングのいずれかという流れになっています。ネプチューンは後者ですね(極超音速ミサイルは現在各国で開発中)。
海上艦艇は遮蔽物の無い海上に存在するので、水平面より上の物体を探知するのは得意です。しかし、地球は丸いため水平線下に隠れる遠方の物体は探知できません(実は、電波は完全に直進するものではなく、ごく僅かではありますが光より湾曲します。このため、同じ高さから視認する場合とレーダー探知する場合では、レーダー探知の方が僅かに遠方まで見通せます)。
諸条件により異なりますが、概ね30km先のシースキミング方式のミサイルは見えないという事です。
30kmという距離は亜音速でも2分もあれば着弾しますし、現実的には探知から2分かかる事は無く、数十秒の勝負になります。人間が判断して迎撃する時間は無いので、防空兵装最期の砦であるCIWSは自動化され、ミサイルに対抗して弾幕を張る仕組みです。
CIWSは各国の艦艇で御守りのように搭載されているのですが、実戦で対艦ミサイルと対峙した実績がなく、馬鹿にならないスペースをとってまで搭載する価値があるのか誰にも分かりませんでした(つまりCIWSというカテゴリー自体がコンバットプルーブンでない。ということ)。
今回、ウクライナ側は2発のネプチューンとしていますが、発射したのが2発かは不明です。ネプチューンのキャニスターは4連装になっており、初の実戦投入で試験的に2発発射した可能性もあります(だとしたら超大金星)が、4発発射して2発命中、もっと言えば、必倒を期して2セット8発発射している可能性もあります。
シースキミング方式のネプチューンは海面に突っ込むリスクもありますが、仮に8発の内6発をCIWSが迎撃していたので有れば、こちらも想定外の充分な戦果と言えます。
ネプチューンは、発射したのが2発でも8発でも評価は大きくは変わりません。充分にコンバットプルーブンと言えるでしょう。
しかし、CIWSは2発を素通りさせたのか、8発中6発は仕留めたのかで評価は全く別になります。
モスクワ沈没は、CIWS不要論に拍車をかけるか、一定の効果があるとした上で今後の改良に繋がる戦訓をもたらすのか、非常に注目されているのです。