アゾフ大隊
アゾフ大隊
前稿、前々稿と私見を交えながら言論について書きましたが、言論関係は幾ら書いてもキリがないので、本稿からウクライナの話に戻ります。
ウクライナでは戦闘の中心がキーウからマリウポリに移っています。
戦況は極めて悪く、攻囲された状態が継続しており、補給はおろか市民の生活物資も底をつきかけていることから、陥落は時間の問題とされています。
マリウポリでは、民間人の死者が数万人に及ぶとされており、建物の多くが破壊され、C兵器の使用も取り沙汰されています。
ウクライナ側は民間人を避難させるため、人道回廊の設定を求めているものと思いますが、ロシア側が応じる可能性はほぼありません。
マリウポリに残されている十万人単位の民間人避難は数日では終わりませんし、その間の生活物資供給も認める必要が出てきます。そして、何より、民間人はマリウポリでロシア軍が行った行為の目撃者であり、民間人に紛れた軍事関係者の脱出も想定されるからです。
ロシア軍は、マリウポリを実効支配下に置くための準備を数日前から進めています。既に「マリウポリ新市長」まで選任済みで、後は残存する軍事的戦力を完全制圧するのみ、と言った状態です。
現状、マリウポリ残存戦力が自力で攻囲を突破するのは不可能です。
マリウポリは、この戦争のもう一つのキーとなる可能性が高く、ウクライナ軍中央部も何らかの作戦を準備していると思いますが、時間との戦いになるでしょう。
この戦争のもう一つのキーとは。
極論すれば、プーチンが勝利することです。
私は、この戦争の着地点を、開戦時において「ウクライナ解体」一択と考えていました。
初期の段階で、ウクライナ側の対空施設を全て破壊した、とするロシア側の発表を(不覚にも)鵜呑みにしてしまったからです。
多少の移動式・携行式対空兵装が残っていてもロシア側航空優勢は変わらず、場合によってはロシアが制空権を確保してキーウを蹂躙すると予想していました。
しかし、蓋を開けてみれば、現実はご覧の有様。
貴重な航空戦力は新鋭機に至るまでポロポロ堕とされ、地上戦力は道に迷って立ち往生する。
百年前の軍隊かよ!と西側軍事関係者は驚愕したのではないでしょうか。
ウクライナはご存知の通りソ連の一部でした。使用する兵器もソ連時代の物やロシア製を多く使っています。西側の支援があったとしても、装備面で、全体としてロシアに劣るのは否めません。
では、ウクライナ軍はどうしてロシア軍に伍する戦いができるのか。
様々な要因がありますが、戦術的な話をすれば、非対称戦の鉄則をあらゆる局面で堅持しているのだと考えられます。
かなり大雑把な説明になりますが、大小や強弱は相対的なものです。小が小のまま大に、弱が弱のまま強に戦いを挑むのではなく、相対的に小が大に、弱が強になる局面を創り出し、有利な条件で戦う。ということです。
言うは易し行うは難し。そんな簡単なことじゃないだろ、と思われるでしょう。その通りです。ロシアと同じことをしては勝ちようがありません。事前の準備を含め、軍制から変えていかなければならない。1年や2年の準備期間で対応できるものではないのです。おそらく2014年以降、ロシアとの戦争を想定して準備と改革を進めてきた。その結果と考えています。
軍隊というものは、司令官の命令一下、一兵卒に至るまで機械の如く任務を遂行する組織である、、、、、、といった認識をお持ちの方もいらっしゃるのではないでしょうか。
頭が真っ白になるまでシゴキあげ、上官の命令に機械の如く従う人間を作るのを「軍隊式訓練」などと言ったりもします。
実際に、軍隊組織ではそういった類の訓練もあります。戦争など極限状況では、思考より反射で動く必要のある局面が存在するからです。
では、モダンウォーフェアは何か違うのか。
1991年、国連の多国籍軍が湾岸戦争に参戦しました。この戦争を遂行するにあたって多国籍軍に導入されたのが、OODAループと呼ばれるプロセスです。
OODAループは、本来数百頁に及ぶテキストと講義を経て学び、導入するべきもので、安易な説明は誤解を招きかねないのですが、誤解を恐れずに言うなら「戦場における状況判断を常にアップデートして柔軟に任務を遂行する」手段。になるでしょうか。
敵側の状況判断を阻害することまで踏み込んでこそ真価を発揮するのですが、キリがないのでここまでにしておきます。
旧来のトップダウン型軍隊とは明確に異なるプロセスで運用されるOODAループですが、湾岸戦争の「砂漠の嵐作戦」成功を契機としてNATO諸国を中心に拡散しました。NATO経由でウクライナにも導入され、軍制改革が行われます。
OODAループは理論成立の過程において、非対称戦の戦訓が取り入れられており、前述の非対称戦の鉄則を堅持することに繋がるのです。
一方で、従来、ロシアにおいてもOODAループが導入されているものと考えられていました。
しかし、数十kmに及ぶ車列の停滞や無謀な航空戦力投入は、明らかにトップダウン型軍隊の悪弊の現れです。
百年前の軍隊かと驚きはしましたが、考えてみれば、OODAループのように実動部隊に大きな裁量を与える組織作りは、プーチンをトップに戴くロシアには困難なのかも知れません。
さて、ウクライナ軍懸命の抵抗により、キーウ方面からロシア軍が後退したことで、戦争の着地点をどう見るべきか。
4月2日の時点では二つの着地点があると考えていました。
一つは、ゼレンスキーが一定の譲歩をして早期停戦を図るというもの。
しかし、キーウ近郊ブチャなどの惨状を目の当たりにし、ウクライナ側としても停戦オプションはほぼ消滅しました。
何故なら、ロシア軍が撤兵しても住民の生命は保障されないことが明らかになったからです。
停戦に漕ぎ着けても住民の生命が保障されないのであれば、後は、一刻も早くロシア軍を叩き出す。と覚悟を決めるしかありません。
では、停戦という着地点がロシア軍撃退に取って代わるかと言うと、様々な理由からそう簡単にいきません。現状から想定できる着地点は一つ、「プーチンの勝利」だけです。
プーチンの勝利とはどういうことか。
プーチンは、当初のゼレンスキー政権幹部確保に代え、当面の目標をマリウポリとアゾフ大隊に絞ったと考えられます。
マリウポリは2014年のウクライナ政変でも戦闘の舞台となりました。そして当時からマリウポリ方面の防備を担い、親露派武装勢力と交戦していたのがアゾフ大隊です。
親露派武装勢力にとって因縁の都市であり部隊ということになりますが、もう一つ。
アゾフ大隊はネオナチとしてアメリカ議会にも報告されている部隊だということ。
プーチンとロシアにとって、申し分ない勝利のトロフィーになるのです。
マリウポリを制圧し、アゾフ大隊を壊滅させたらプーチンの勝利です。
停戦合意もなく、戦後処理もしないまま「ロシア軍は」順次撤兵するでしょう。ロシアに言わせれば、これは戦争ではないからです。
そしてプーチンは高らかに宣言するでしょう。
「特殊軍事作戦は成功した!」
「ロシア人を虐殺していたネオナチは壊滅させた!」
「ウクライナには友好的な正しい国家が次々と誕生するだろう!」
とね。
ゼレンスキー政権が残っていることを除けば、ウクライナ解体と同じ状態です。付け加えるなら、ゼレンスキー政権幹部は、暗殺リスクが飛躍的に高まります。
交戦中の現在は、ロシアも敵国のトップ暗殺を疑われれば自身の斬首作戦に繋がるリスクがあります。しかし、表向き、戦争も終わった単なる「非友好国」トップが暗殺されても知らぬ存ぜぬ、を決め込むでしょう。
これは最早、この戦争の勝者はプーチンということです。
ウクライナが勝利するには、ゼレンスキーらが生き延び、最終的に親露派武装勢力をウクライナから一掃しなければならなくなりますが、非常に困難です。
この戦争の行方がアゾフ大隊という一部隊にかかってきました。
ここ数日、下手をすれば本日中にも転機が訪れるでしょう。