ロシア、というかプーチンがウクライナに戦争を仕掛けました。
ロシア、というかプーチンがウクライナに戦争を仕掛けました。
この戦争についての議論は至る所で為されています。
しかしながら、ロシアとウクライナ、日本から遥か離れた土地のことでもあり、国名こそ認知度は高いと思いますが、戦争の背景については必ずしも一般的でないものと考えます。
このため、議論の前提として見過ごされがちな事項について述べていきます。
基本的に、ファクト或いはほぼファクトであろう内容を中心としますが、私の個人的な認識や意見も入っていることをお断りしておきます。
まず、これは戦争です。
ロシア側は戦争どころか侵攻という言葉すら使うことに反発していますが、主権国家の領土を侵し、市民の生命財産を奪い、首都を制圧しようとする行為を戦争以外の言葉にはできません。
厳密に言えば、法律上の表現として「戦争」は存在しませんが、ここでは戦争とします。
この開戦には世界中が驚きました。
アメリカはかなり早い段階で開戦を予測し、ウクライナ側に警告もしていましたが、そのウクライナすら不安を煽っていると反発するほど予想外の出来事だったのです。
アメリカはロシアが17万の兵力を集結し、ウクライナを北部・東部・南部の三方面より侵攻すると予測しました。
17万の兵力についてはファクトであり、否定する余地はありませんが、三方面より侵攻するという予測は、紛争といったレベルを超える全面的な侵略行為であり、主権国家の首都が脅かされる非常事態を意味します。
残念ながらアメリカの予測は侵攻ルートに至るまで非常に高い精度であったことが実証されましたが、これを俄かに信じられなかったとしても無理からぬことで、実のところ私もアメリカの警告は過剰ではないかと思っていました。
戦争行為には様々な予兆があります。
単なる演習や威嚇とは異なるそれらを察知したからこそアメリカはウクライナに警告したのであり、侵攻そのものは可能性が高いと思っていました。
しかし、南部やベラルーシ側の配備は威圧的なもので精々陽動に留まり、本命は東部親露派実効支配域の安定と拡大にある。
というのが私の当初の認識でした。
この根拠は幾つかありますが、まず、
戦争行為を国際社会が認めない。
ロシアは欧州のエネルギー政策に多大な影響力をもつ資源国家ですが、逆に言えば欧州各国がロシア産天然ガスや石油を拒否すれば国家として立ち行かなくなる不安定さを有しているのです。
ロシアは(世界中どの国も同じで当たり前のことですが)国際社会を無視して国家財政を成り立たせることができません。
ロシアは石油価格が上昇すれば国家財政が上向き、下落すれば下向く、非常にシンプルな構造となっており、開戦前にロシアの景気が悪くなかったのはプーチンの手腕でも何でもなく、単に石油価格が一服したからです。
戦争になれば不安感から資源価格が上がってロシアに利益をもたらすのでは?という考えもありますが、価格の上昇はロシア以外からの調達という選択肢にも繋がり、実際、欧州各国は多少高くとも別の資源調達先を模索しています。これが東部侵攻に留まっていれば、ここまでの反発は無かったと思われます。
二つ目は戦力不足。
ロシアとウクライナが戦争すればロシアが勝つ。と考えるのはロシアの全戦力を前提としているか核兵器の使用を考慮した場合です。
兵力17万(増派により20万規模)は大戦力ですが、対するウクライナ軍も20万規模の人員を擁しています。装備においてロシア軍が圧倒しており単純比較に意味はありませんが、戦争となり地の利を有するウクライナ軍全軍と衝突した場合、必勝を期す規模にはほど遠い上、市民からの抵抗も想定しなければなりません。
そしてロシアと比較されるので小さく思われがちですが、ウクライナは小国ではありません。日本の1.6倍ほどの面積を持ち4千万人からの人口を擁するこの国を20万程度の戦力で三方面から制圧することは非常に困難です。
ちなみにウクライナの2/3ほどの国土(人口は同規模)のイラクをアメリカはイラク戦争で制圧しましたが、当時最新最強のアメリカを中核とする30万規模の通常兵力で全土制圧に要した期間は1ヶ月強。当時、その侵攻速度は電撃的と言われました。
では何故プーチンは開戦したか。
プーチンの主張は「ゼレンスキー(大統領)はネオナチで東部に住むロシア人を虐殺している」です。
その他にも色々言っていますが、主としているのはこちらです。というかそれ以外はウクライナを侵攻する理由として筋悪に過ぎます。
まぁ、この主張からしてちゃんちゃら可笑しいのですがね。
まず、大前提としてプーチンがウクライナ東部に住むロシア人と称しているグループはウクライナ人です。
彼らは2014年のウクライナ騒乱で市民に追われた親露政権の残党で、親露派武装勢力としてベルクト(元ウクライナの特殊部隊)やロシア工作員指揮の下、ウクライナ東部を武力により実効支配しています。
このウクライナ人を何故ロシア人と称するかと言えばロシア国籍を持っているからです。
ロシアは2014年以降、親露派武装勢力にロシア国籍を付与する政策を採りました。これはウクライナに限ったことではなく旧ソビエト国家に存在する分離・独立派をロシア人と認定したのです。
このパスポーティゼイションにより、ロシアは侵略・戦争の大義名分を幾らでもでっち上げる事ができます。
つまり、ロシアは紛争(これ自体ロシアが関与している)地域の住民(というか武装勢力や工作員)にロシア国籍を与え「自国民保護」の名の下、戦争を仕掛けたのです。
その他、ロシア工作員、としている通り元々のロシア人も居ると言えば居ますが、東部で紛争を継続させるために入り込んでるロシア人を入り込ませているロシア側が被害者認定するなど滑稽な話です。
次に、虐殺という主張については、国際社会で一切確認されていません。
ゼレンスキー政権下で東部を攻撃した事実は存在します。トルコ製のドローン(一般に思い浮かべる4個程のプロペラが付いた物とは異なる、アメリカのプレデターにも似た戦闘用の無人攻撃機)を使用した事を「ロシアを刺激する」と批難(自国内の紛争でロシアを刺激と批難されるのも異常ではありますが、詰まるところ誰もが親露派武装勢力とはロシアの手先と認識していたのです)もされました。
ロシアに言わせれば、30%程度まで低下(大統領選では70%超の得票率で圧倒的な支持を得ていました)した支持率を回復させるための行為とのことですが、ゼレンスキーは元々東部の出身で、近年までロシア語しか喋れず、政界入りした際も東部との宥和を掲げていました。ウクライナで東部に対する強硬派は一定数存在しますが、ゼレンスキーのような経緯を経て大統領になった人物が東部住人の虐殺などで支持率が上昇する理屈がありません。
ゼレンスキーの政策方針としてクリミア半島奪還への意欲はありましたが、東部を積極的に攻撃するインセンティブは無く、前述のドローン使用も親露派武装勢力の攻撃に対する応戦とされています。
何より、ウクライナ東部での紛争は2014年から現在まで続いています。この間の死者は1万4千人とされ、クリミア半島を制圧し、ロシアに併合させた親露派武装勢力は、東部に陣取り戦闘行為を繰り返してきたのです。これは、ゼレンスキーが始めた紛争ではなく、ロシアの指嗾によるものです。批難されるべきロシアが逆に批難するなどロシアらしいと言えばロシアらしい可笑しな話です。
加えて、ゼレンスキーはプーチンからネオナチやファシスト呼ばわりされていますが、彼の祖父はホロコーストの生き残りで、彼自身の政治的行動にナチズムやファシズムは認められません。
と言いますか、第三帝国を標榜したナチズムに一番近いのはロシア帝国終身皇帝のプーチンですよね。
戦争は国家の主権を脅かす行為であり、相応の理由が無ければ国際社会から認められません。
プーチンの主張のほとんどがウクライナの主権に関わる事項で開戦の理由になりませんが、唯一「自国民保護」というお題目は国際社会も容認せざるを得ません。
しかし、その「自国民保護」すらもパスポーティゼイションという主権侵害の結果であることを国際社会は百も承知なのでロシアは批難されているのです。
こんな与太話に等しい主張に反論するのも虚しい(プーチンすら真面に騙そうなんて毛ほども思っていないでしょう)ですが、日本にもロシアのプロパガンダを堂々と拡めるグループが存在する以上、一通りの反論をしておく必要はあるものと考えます。
このため、プーチンがウクライナで戦争を始めた本来の意図とは(全く)異なりますが、引き続きプーチンの主張とそれに対する反論を述べていきます。
NATOの拡大
プーチンは以前からNATOの拡大に不満を述べてきました。言い分は「NATOは1inたりとも東方へ拡大しないとの約束を破った」とするものです。
事実として東方拡大はしないとする約束など存在しません。
そもそもNATO加盟は自由意志によるもので、加盟を望む国が審査を経て承認されるだけです。加盟が申請国側の意思に基づくものである以上、拡大しないなどという約束自体あり得ない話で、つまるところロシアあるあるの与太話なのですが、嘘も100回繰り返せば真になる。と言いますか、プロパガンダの恐ろしいところで、現在、東方不拡大の約束があったかのような報道が多く見られます。
繰り返しますが東方拡大はしないとする約束は存在しません。
これについては当時のソビエト、ロシアのトップであり約束の当事者とされるゴルバチョフ自身が、約束は無かった事、そもそも当時はNATOの拡大が問題とされていなかった事、について証言しています。
プーチン自身、ロシアのNATO入りを考えていたとする話もあります。
NATOはソビエトと東ドイツに対抗する目的で設立された軍事機構ですが、東西ドイツの壁とソビエトが崩壊したことにより存在目的を平和維持へと変えていきました。
このパックス・アメリカーナとも言うべきNATOに何故ロシアが加盟を考えたか定かでありませんが、ワルシャワ条約機構が解体され、NATOは世界最大の軍事機構となりました。そのNATOで重要な地位を占めて欧州の盟主となり、あわよくばアメリカを出し抜いてNATOを牛耳る。といった思惑があったのかも知れません。
ウクライナがNATOに加盟するとロシアにとってのキューバ危機となることから、挑発を繰り返すゼレンスキーに対し、ロシアとしてもやむを得ない判断だった。とする論調が日本にもありますが、ウクライナのNATO加盟は、少なくとも今回のロシアによる侵攻が起きるまでは不可能な状態でした。
これはウクライナやゼレンスキーに非があるのではなく、これまたロシア側の工作によるものです。
NATOの存在意義とも言うべき集団的自衛権は、加盟国が攻撃された場合にはNATOとして応戦する義務が生じます。このため、国内に紛争を抱えている国の加盟は認められません。ウクライナのように親露派武装勢力、実質的にロシアと紛争中の国を加盟させることは事実上できなかったのです。