音楽奇譚集〜大好きな歌を聴く耳が変わる〜
香水
3年振りの新宿、歌舞伎町は以前と変わらず様々な人間が自分の欲望や夢を満たすために行き交っていた。
何も持たない10代の俺が、憧れ挫折した街。
成功を求める人間には、ずる賢さを誠実さを求める人間には試練と苦難を与える。
きっとこの街は、100年先もこの街であり続けるのだろう。
父親の家庭内暴力に耐えかねて、歌舞伎町に流れ着いたのが3年前。
楽に稼げるという気持ちで19歳でホストになった。集団生活でのストレスと酔った客の扱いに慣れたころに不思議な客が来た。
その女は一晩中、マニアックなアニメの話をして、締めくくりに俺の身体に盛大にゲロを吐いた。
ひとしきり謝る彼女が帰り際、奇妙な事を言った。
「この香りがしたら、思い出して、そこが、あなたの居場所だから」
聞けば彼女が自分でブレンドした香水だという。
安いバニラの香りがして、笑顔で受け取った後に捨ててしまった。
妙な客の扱いには慣れていたし、よくある事なのに、いまだにその女の事を覚えているのは、オタクだったからでもなく、ゲロを吐かれたからでもなく、その客がホストとして接客をした最後の客だったからだ。
懲役1年6ヶ月、執行猶予3年。
それが、俺に下された罰だ。仲間から遊び半分で手を出した違法薬物で逮捕され犯罪者として、この街を出た。
ほとぼりが冷めるまで、父親に土下座をして実家に帰り、コンビニでアルバイトをしながら独学でプログラムを学んだ。何回目もの失敗のあとに開発したアプリが当たり、なんとか自立することができた。
ゴジラの大きな看板を眺めながら、自宅に帰ろうとして、苦笑する。
安いバニラの香りがした。