【ショートショート】カタクリ子
ふと思い立って書きました。
本当に勢いだけのSSです。
「カタクリ子さん、あなたは粉モノパーティから追放よ!」
突然、冷蔵庫裏に呼び出されたカタクリ子に向かって、中力子が言い放った。
姉妹である強力子と薄力子がその両脇を固めて侮蔑の笑いを浮かべながらカタクリ子を見下していた。
「なっ……! 藪から棒に何を言ってるんですか、小麦子さんたち!?」
「「「一緒くたに『小麦子』でまとめるんじゃないわよ!!」」」
取り乱すカタクリ子に向かって憤然と言い放つ小麦子シスターズ。
「私たちはその役割に応じて細分化されているわけ。私はタコ焼き、お好み焼きと大活躍だし、強力子も餃子の皮として、そして手作りパンやラーメンに。そして薄力子に至ってはお菓子や天ぷら、その他の料理など毎日のように使われているわ! つまり、ひとりひとりが料理の主役になり得る、他に代えのない存在だけど、カタクリ子さん、あなたは違うでしょう。所詮は脇役。いてもいなくても大して変わらないじゃない」
そうせせら笑う中力子に向かって、ぐぬぬ……と歯ぎしりしながらカタクリ子が反論する。
「で、でも料理にはその脇役がいないときちんとしたまとまりが付かないわ! 例えば唐揚げのカリッとした触感は、私がいないと無理だし、かきたまスープやあんかけ焼きそば、麻婆豆腐とか、とろみを付けるのにも欠かせないじゃない!」
そんな必死の抵抗にも小麦子シスターズは馬耳東風で聞き流す。
「別に今どきは専用の唐揚げ子がいるんだから必要ないでしょう。あととろみについては、私たち小麦子でも代用は効くし」
「そうそう、アレなら使い切りタイプが主流で場所も取らないから、邪魔者がいなくなればその分余裕もできるわ」
せせら笑う中力子の言葉に、強力子がすかさず便乗し、薄力子が天然を装って追撃を放った。
「あたしお菓子作りをコーンスターチと共同でやってるけど、聞いた話ではトウモロコシ子でも代用できるって話だし~」
「そういうことね。カタクリ子さん、あなたがいなくなっても、すぐに欠員は埋まるわ。きな子さん、コーンスターチさん、パン子さん、コメ子さん、葛子様――は、さすがにお高いのでパーティに随時加入していただくのは無理そうだけど」
「くっ……そんな勝手な――って、待った待った! よくよく考えたら一般家庭で強力子さんの出番なんて、カタクリ子以上にないんじゃない? まだしもソバ子の方が趣味のソバ打ちで定年前の父親が突発的に買い求めたりするし」
パンなんて市販のパン屋や工場製のパンを買ってきた方が早いし、ラーメンに至っては製麺機を使わずに強力子をこねるなど不可能である。
「ギョーザの皮があるでしょう! つーか、強力子じゃなくて強力子よ! あてつけがましく言い間違えるんじゃねーわよ、このデンプン!!」
必死に唯一のアイデンティティにしがみついて、逆切れする強力子であった。
「えっ! 強力子だったの!? マジで?! いまのいままで素で強力子って呼ぶんだと思ってたわ……」
「なおさら失礼じゃない! だいたいなんで、『中力子』、『薄力子』と並んで、私だけ『強力子』ってなるわけよ!? 自分でもおかしいと思わないわけ!!?」
「いや、なんか字面で。さすがに『強力』ではないとは思ってたけど」
つーか、使用頻度でいったら確実に私よりもイラン子なんだけどな~、強力子。と思いながらも相手は姉妹でタッグを組んで、強制的にパーティから追放させようとしてくるわけだから、そのへんの理屈は通じない。
「ともかく、理由はいま述べた通り、主役である私たちの決定で、代替えが効くあなたは追放よ、カタクリ子さん」
うだうだ議論するのも面倒くさいとばかり、再び中力子が言い放った。
「いや、主役って……ぶっちゃけ粉モノの時点で主役じゃなくて全員脇役だと思うんだけど。関西ならともかく関東では粉モノって主食とおやつの中間みたいな扱いだし、いまどきの糖質制限状況下では目の敵にされているし――」
「何か言った!?」
ぶー垂れるカタクリ子を睨み据える中力子。
ため息をついたカタクリ子は小さく手を上げて最後の抵抗を試みた。
「質問~。私が添え物って言うなら、きな子やコーンスターチ、パン子やコメ子、葛子なんかはもっと限定された使い道しかないと思うんだけど?」
「限定されているからいいのよ。他にない味わいを醸し出す皆と違って、あなたはいてもいなくてもどーでもいいでしょう。あと葛子様と敬称を付けなさい。あの方は古くから延々と伝統として受け継がれてきた、生粋の粉なのですから」
うっとりと憧憬を込めて口に出す中力子と、うんうんと力強く頷く小麦子シスターズ。
「……いや、伝統ってことで言ったらカタクリ子も何百年と続く日本の伝統食なんだけど? あんたら小麦子が流通するようになったのは、せいぜい戦後でしょう?」
もっと敬わんかい! と言いたげな口調で一気にマウントを取ったカタクリ子であった――が。
「あなた本物の片栗から作られた片栗子様じゃなくて、ジャガイモからできた偽物じゃない。勝手に名乗っているけど。そこらへんも我慢がならないのよね」
「――うっ……!?!」
一瞬にしてマウントを取り返された上に、裏も表も完膚なきまで打ちのめされた。
「そんなわけで追放決定!」
「ふん、せいせいするわ」
「もう食品やめて、水と1:1で溶いてスライムになったら?」
やんややんやと嘲笑する小麦子シスターズを前に、ぐっと涙をこらえるカタクリ子。
◇ ◆ ◇
なお、その直後――。
「ママ―っ、こむぎこの中に変な虫がいるよ~」
「あら! ダニが湧いちゃったのね。知らずに食べたら大変だったわ。中力粉と薄力粉、強力粉もダメね。片栗粉は……うん、大丈夫みたいね。小麦粉に比べて圧倒的に虫が湧きにくいって話だし、片栗粉以外はポイしましょう。ポイ」
「「「あああああああああっ!!!」」」
使いかけの小麦子シスターズはまとめて袋に詰められ、ゴミに出されたのでした。
粉モノは夏場は特にダニが発生しやすいので、開封後は冷蔵庫で冷やしてなるべく早めにお使いください。
ちなみに本物の片栗粉もジャガイモの澱粉も、どちらも澱粉には変わりないので、ほとんど味は変わらない(無味)そうです。値段は天と地ほども違いますが。