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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ヒロインは悪役令嬢に虐げられたい!

 

「おほほ! 皆さんご覧になってくださいなっ。古き歴史と格式ある王立魔法学園に相応しくないみすぼらしい平民がいらしてよ!!」


 まさしく高圧的な令嬢の言葉であった。


 人を威圧する鋭い赤眼に豪勢な金の縦ロール。着飾るのは当然と言わんばかりに煌びやかなドレスを身に纏った彼女の名はシルヴィア=スカイローズ。王国でも王家に次いで絶大な権力を誇るスカイローズ公爵家の長女にして王立魔法学園でも首位を独走する才女である。


「希少なだけの光属性魔法を扱えるというだけで王立魔法学園に特待生として足を踏み入れるなど身の程を弁えるべきですわ!!」


 シルヴィア=スカイローズ公爵令嬢の言葉に周囲の令嬢たちが悪意ある合いの手を入れるが、件の平民──タルマは周囲の令嬢たちには視線さえ送ることはなかった。


 そう、希少魔法の使い手たるタルマはじっとシルヴィア=スカイローズ公爵令嬢だけを見つめていたのだ。


 その真っ直ぐな、臆することのない目がシルヴィアは苦手だった。


 今までは声をかけることはなく遠巻きに眺めるだけだったが、ふと目があった際に言いようのない悪寒を感じるものだった。


 多くの令息令嬢に囲まれ、それでも自己を見失うことなく堂々と立ち振る舞う強さに気圧されているのだろうか。


 そこまで考え、シルヴィアは弱気を振り払うように首を横に振る。びしっと指を突きつけ、公爵令嬢かくありきと言い放つ。



「わたくし、シルヴィア=スカイローズがはっきり言いましょう。伝統ある王立魔法学園に貴女の居場所はございません! 即刻立ち去ることですわ!!」



 決まりましたわ、と胸の内だけで呟くシルヴィア。


『スカイローズ公爵令嬢』という力をかざし、ここまで言えば流石のタルマと言えども逃げるように学園から立ち去ることだろう。


 そう、あの真っ直ぐな目だって恐怖に歪み、視線を外すに決まっている──はずだったのに、だ。


「わあ……っ!!」


 なぜ両手を組み、目にきらきらとした色を乗せて、いっそう真っ直ぐにこちらを見ているというのだ!?


「高貴にして高慢っ。うん、貴族とはかくあるべきだよね!」


 うっとりと、それこそ憧れの存在を見つめるような顔でもって平民の少女は勢いよく詰め寄り、そして、


「シルヴィア様、是非私の()()()になってくださいっ!!」


「お、お姉様?」


「何ならご主人様でも可、だよっ」


 これが全ての始まりだった。

 高貴にして高慢たるシルヴィア=スカイローズ公爵令嬢の人生の分岐点はまさしく今日この時だっただろう。



 ーーー☆ーーー



 優雅にして華麗。まさしく権威社会の象徴とも言える王立魔法学園にはすでに『魔の真髄を学び、もって常人では太刀打ちできない脅威に打ち勝つ人材を育てる』設立当時の理念など失われていた。


 権威主義に呑まれたがために高位貴族が最高峰の学舎である王立魔法学園に所属していたという箔をつけるためだけに『裏口』を構築していき、今では社交場の縮図と化している。


 ……王都近くの祠に封じられし破滅をもたらす『闇』を筆頭に世界を揺るがす何かなど長らく表舞台に出てきておらず、戦乱も起きていないことから平和ボケした弊害である。


 そんな王立魔法学園には王家に次ぐ高位貴族であるスカイローズ公爵家の令嬢が所属していた。


 シルヴィア=スカイローズ公爵令嬢。

 高貴にして高慢な令嬢であり、現在王立魔法学園内で絶対的な地位を築き上げている女王であった。


「ごきげんよう」


『例の件』の翌日。

 校門付近に止まった馬車から降りたシルヴィアの言葉に近くの学生たちが揃って姿勢を正して恭しく挨拶を返す。


 これが日常。

 シルヴィア以下の身分の者はすべからず平伏すのが世界の常識なのだから。


 そのはずなのに……、



「はいはいごきげんようっ、おっ姉様あ!!」



 それはもう元気いっぱいに突っ込んできた影が馴れ馴れしくシルヴィアへと声をかけてきた。


 タルマ。

 格好も容姿も平凡な、まさしく一般的な平民なのだが、少々希少な魔法を使えるということで特例として王立魔法学園に通うことを許された少女である。


 シルヴィアは前からタルマが苦手だった。

 どんな状況でも臆することのない真っ直ぐな目が苦手だった。


 だからこそ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだが、タルマには全然通用しなかったばかりか──


(いえ、いいえっ。一度で駄目なら何度でも繰り返せばいいだけですわっ)


 昨日の『例の件』を思い出して、慌てて自らに言い聞かせるシルヴィア。臆しそうになる心を叱咤して、びしっと言葉を放つ。


「貴女、己の身分を自覚していて? 貴族間であってさえも言葉をかけるための『作法』があります。ましてや平民ごときが公爵家の令嬢たるわたくしに声をかけるなど言語道断っ。『作法』も知らないような教養のない貴女は王立魔法学園に通うに値しないと自覚することですわ!!」


 今度こそ決まったと、シルヴィアは内心鼻を高くしていた。


 間違ったことは言っていない。それこそ無礼なその態度一つで平民の命など軽く捻り潰せるのがスカイローズ公爵家の『力』だ。


 それは少々希少な魔法を使えるタルマであっても変わらない。流石に光属性魔法の使い手ともなると命を奪うまでは難しくても(そもそもそんな物騒なことシルヴィアは間違っても実行できないが)、それ相応の罰を与えるくらいは容易い。


 だから。

 それなのに。


 なぜかタルマは頬を赤くして、そう、何かに感動するように瞳を輝かせていた。


「わあ……っ!! すごいすごいっ」


「な、何ですか?」


「あっ。ごめんねお姉様っ。大丈夫、私はちゃんとわかっているからっ」


 今にも跳ね出しそうなタルマはえへへっと誤魔化すように笑っていた。その態度に違和感はあったが、それ以上に『わかっている』という言葉がシルヴィアの頭に残っていた。


(ふふ、ふっふふっ。そうですか、わかってくれましたかっ。自らが王立魔法学園に所属するに値しないということに!!)


 自覚したのならば話は早い。その足で王立魔法学園から立ち去り、二度と立ち入らな──


「はいどうぞっ」


「? どうぞって、それは何ですか???」


「鞭」


 言葉の通りだった。

 タルマはそれはもう禍々しい鞭を両手に乗せてシルヴィアに差し出しているのだ。まるで主君に献上するかのごとく。


「さあさ、お姉様っ。薄汚い腐れ平民にお姉様の手で罰を、是非にビシバシお仕置きしちゃってくださあい!!」


「なっななっなぜそうなりますの!?」


「え? 不敬にもお姉様に馴れ馴れしく接する卑しい雌豚女には肌が腫れ上がるまで鞭でビシバシやるのが普通だよねっ。大丈夫、私はわかっているから!」


「怖い怖い怖いですわっ。どこからそんな発想が出てくるんですかぁ!?」


「……? 常識じゃない???」


「そんな常識ありませんわよお!!」


 鼻息が荒くて仕方なかった。

 何をそんなに興奮しているのか、タルマは鞭をぐいぐいとシルヴィアに押し付けながら、


「あ、もしかして道具を扱ったことはないとか? 大丈夫大丈夫。お姉様なら鞭だって見事に扱えますって。そもそもお姉様の手でビシバシやられるというだけで超絶に興奮しちゃいますし!! 多少不慣れでもそれはそれでアリだし、何より、ほらっ! 私を練習台にすればお姉様は鞭の扱いが上手くなるし私はお仕置きされるしで良いこと尽くしだよう!!」


「どこにも良いことなどありませんわよっ。いや、にじり寄らないで、鞭なんて押しつけてこないでですわあ!!」


 令嬢にあるまじき悲鳴と共に令嬢にあるまじきダッシュでもって逃げ出すシルヴィア。そんな彼女をタルマは鞭を両手で掲げながら追いかけるのだった。



 ーーー☆ーーー



 タルマ。

 幼き頃に彼女の目の前で両親を惨殺した盗賊を光属性魔法の暴発によって『消し飛ばして』以降、孤児院に引き取られる(当時は目撃者がいなかったこと、本人の記憶が曖昧だったことから単なる魔力の暴走と考えられていた)。


 孤児院に引き取られてからの数年は会話すらおぼつかないほどに周囲全てを拒絶していたが、それでも孤児院を管理しているシスターをはじめとした多くの人たちのお陰で徐々に心を開くようになった。


 希少な光属性魔法に目覚めてからは王立魔法学園に特待生として編入して現在に至る。


 ちなみに王立魔法学園で行われている希少な光属性魔法の研究に関わることで得た報酬のほとんどを孤児院に寄付している。


「──以上が例の平民に関する調査報告です。弱みがあるとすれば……お嬢様? いかがいたしましたか?」


 タルマの身辺調査の結果を報告し終わったメイドが鼻を鳴らして目を赤くしている──つまりは泣きじゃくっているシルヴィアに窺うように声をかけるが、当のシルヴィアは気づいてすらいなかった。


(両親が目の前で惨殺って、そんなのあんまりですわっ)


 タルマがお姉様云々と騒ぎ始めて一週間。

 毎日のように高飛車お嬢様さいっこう!! だとか、ここは蔑むように睨んで平手打ちする場面だよう!! だとか、階段から突き落とすくらいは序の口だってっ。だから、ほらっ早く早くう!! だとか元気いっぱいなタルマではあるが、あそこまで立ち直れたのは奇跡なのかもしれない。


「誰かが殺されるような悲劇を防ぐためにわたくしにできることはきっとありますわよね。公爵令嬢という地位は、影響力は、大きいはずですもの」


「もちろんです」


 しっかりと力強く頷くメイド。

 彼女は目の前の主人の姿に感動を覚えながらも『それはともかく』と話題を元に戻す。


「今回の調査でお嬢様の敵を撃破する弱みは発見できましたね」


「弱み?」


「はい。例の平民は自身を引き取った孤児院に多額の寄付をするくらいです。その孤児院を潰すなりと脅しをかければ、王立魔法学園から追い出すことも──」


「おほほ」


 そっと。

 ゆっくりと、それでいて明確にシルヴィア=スカイローズ公爵令嬢はメイドの言葉を遮る。


 高貴にして高慢。

 まさしく人々が想像する『貴族』なりし空気を纏い、こう言ったのだ。


「それは、貴族の行いではありませんわ」


「……、お嬢様ならそうおっしゃいますよね。失言でした。申し訳ありません」


 シルヴィアならそう言うとメイドは確信していたのだろう。驚くことはなく、どこか誇らしげにしながら低頭する。


「ですが、例の平民の弱みにつけ込んで脅しをかけないことには毎日のように付き纏われる現状を変えることはできませんよ?」


「そ、それは……何か他の方法を考えるしかないですわ!! そもそも身辺調査を頼んだのもあのふざけた平民のことを知りたかっただけで、弱みを見つけたかったわけではございませんからっ」


 他の高位貴族であれば目的のために孤児院の一つや二つ簡単に潰すだろう。それが『普通』だ。


 だがシルヴィアはそんな『普通』には流されない。彼女の中にある理想を曲げることはない。例えその結果自身が不利になろうとも、逆境など己の力で切り拓けばいいと胸を張って断言するのが高貴にして高慢なシルヴィア=スカイローズ公爵令嬢なのだ。


 ……実行するしないは置いておいて、脅すだけでも効果はあるだろうに、それさえも自身の品位が下がると考えられるシルヴィアだからこそメイドをはじめとして公爵家の従者たちは誇りをもって付き従っているのだ。



 ーーー☆ーーー



『裏口』を使わず、正規のルートで大陸でも最高峰の学舎たる王立魔法学園に入学し、首位を独走するだけの頭脳と魔法の実力があるシルヴィア=スカイローズ公爵令嬢だからこそわかることもある。


「お姉様あっ!!」


「仮にも女の子なのですからいきなり飛びかかってくるものではありませんわよ!!」


 今日も今日とて元気いっぱいなタルマのタックルを社交界でのダンスで鍛え上げた身のこなしで避けて──今日も今日とて追尾魔法もかくやといった鋭利な切り返しでシルヴィアへと抱きつくタルマ。


 うへへえっ、とだらしないとしか表現のしようがない緩みきった顔のタルマは希少魔法の使い手ではあるが、自身の力をろくに発揮できていない。


 彼女は(半ば権威主義に汚染されているとはいえ)未だ大陸最高峰の王立魔法学園で魔法実技において中間程度、筆記においては最下位を独走していた。


 最高峰の学舎で実技だけでも中間程度ならば高い能力の持ち主に見えるが、光属性魔法の本領はそんなものではない。


 希少なだけの魔法であれば王立魔法学園に特待生として編入できるわけがない。


 光属性魔法には希少性だけでなく、普通の魔法が霞むほどの伸び代が秘められているのだ(古い文献には魔力の他に『何か』を力と変えるからこそ魔力のみで構築される通常の魔法よりも伸び代があるとされているが、詳細は不明である)。


 だからこそ、シルヴィアはタルマを認めない。

 才能があるくせにそれを開花させようと努力せず、半端なレベルで満足できるような向上心のない者が王立魔法学園に通っていいわけがない。


 権威主義の汚染、くだらない『裏口』も認めるわけにはいかないが、才能があるだけの少女が持て囃されるのも許されるべきではない。


「お姉様ぁ。ここは暑苦しいんですわよと侮蔑の目を向けて、お仕置きする場面だよう!!」


「貴女の中のわたくしはどうなっているんですか」


 とはいえ、だ。

 本当に嫌であれば、敵であれば、もっとやりようもあるだろうが……。


「あ、ロウソク持っているんだけど、使う?」


「ろう、そく? ……待ってください。まだ昼なのですがロウソクを何に使うつもりですか?」


「それはもちろん熱々のロウをお姉様が私にぶっかけ──」


「ですから発想が怖いんですわよっ!! どうすればそんなことを考えつくんですかっ」


「こんなの常識なのにい」


「そんな常識あるわけないでしょう!! やはり貴女のようなふざけた方が王立魔法学園に通うのは許されませんわ!!」


「わあっ。今のはいい感じだったよ、お姉様っ」


「どうしてそこで喜ぶんですかっ」


 貴族としてはともかく、シルヴィア個人としてはなんだかんだと悪い気はしていない……のかもしれない。



 ーーー☆ーーー



 そして、その日はやってきた。



 ーーー☆ーーー



 何でもない平日であった。

 予兆などどこにもなかった。

 破滅は、唐突に姿を現したのだから。



 ゾッッッン!!!! と。

 王都の外れにある封印の祠が粉々に吹き飛び、封じられし脅威たる万物呑み込む終焉の『闇』が噴き出したのだ。



 数千年以上前、魔物の支配者にして大陸を鮮血と死で覆い尽くした殺戮の王、すなわち魔王が死する寸前に自身の魂を代償として具現化したその闇は鋼鉄だろうが生命だろうが魔法だろうが関係なく呑み込み、抹消する。


 現在より遥かに魔法技術の優れていたその時代であってさえも聖女と呼ばれる魔の真髄を極めし者が封じるしかなかった脅威たる『闇』の封印は代々王国が管理しており、綻びなど確認されていなかったが──代を重ねるごとに管理技術が低下していったのか、それとも外から確認するだけでは観測できない小さな綻びでもあったのか。


 原因は不明なれど、現実は変わらない。

 封印は破れた。現代よりも優れた魔法技術を持つ過去の魔法使いたちでさえも封じることしかできなかった脅威が大陸を席巻する。



 ーーー☆ーーー



 その結果は、ともすれば当たり前のことだったのかもしれない。


 王都の外れより噴き出した闇は王国が誇る魔法使い部隊や賢者と呼ばれる魔の真髄を極めし者の魔法攻撃、王都を囲むように展開された極大防御魔法さえもいとも簡単に抹消した。


 あるいはそうなるとわかっていたのか、高位貴族のほとんどは我先にと逃げ出しており、迫る脅威に対して見捨てられた多くの平民はなす術もなく死滅するだろう。


 今でこそ迫る闇から逃げ出していた王都の住人たちに犠牲者は出ていないが、それも時間の問題。大した魔法も使えず、優れた魔法使いを配下に持つ特権階級でもない平民たちは闇の侵食速度に敵わず、いずれは呑まれて死滅する。


 生き残れるのは優れた魔法使い当人や彼らを配下と支配する特権階級たちだけか。闇の侵食速度を上回る魔法で空を飛ぶなりして逃避はできるかもしれないが、いずれは大陸そのものが抹消される可能性もあるのでじわじわと衰弱死していくだけなのだが。


 それでも、とりあえずは生き残れる。

 ゆえに特権階級の者たちはとっくに逃げ出している。それはスカイローズ公爵家の当主や夫人も同じであり──しかし、シルヴィア=スカイローズ公爵令嬢はその流れに乗ることはなかった。


 ついて来ようとしていたメイドたちを力づくで逃がした彼女は王都を進む。


 後悔がないかと言えば嘘になる。

 今だって脇目も振らずに逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。


 それでも、その足は『最後尾』に向かっていた。迫る闇が王都の街並みを呑み込み、抹消していく破滅から逃げる者たちのしんがりを務めるように。


「貴族とはかくあるべし、ですわ」


 これまで公爵令嬢という立場がもたらす利権を享受してきたのだ。恵まれている自分は、だからこそ果たすべき責務がある。


 ノブレスオブリージュ。

 貴族たらんとするのならば、利権だけでなく責務も果たすべきだ。


 ……現実として大多数の者たちは責務を放り投げていたが、だからといって自分もその流れに従っていいわけではない。


 非難されることはないかもしれない。なぜなら非難するのは弱い立場の者たちであり、その者たちは闇に呑まれて死ぬのだから。


 馬鹿正直に生きたって損をするだけかもしれないが、それでもとシルヴィアの魂が叫ぶのだ。


 誰が、ではない。

 他ならぬ自分がここで逃げ出すような生き様を許せないから。


 公爵令嬢として生まれた。

 ならば、それ相応の生き様を貫け。


「せめて」


 建物だろうが地面だろうがお構いなしに呑み込み、抹消する闇が迫る。果たしてシルヴィア=スカイローズが魔法を展開し、壁としたとしてどれだけの時間が稼げるか。それで本当に救える命があるのか。


 それでも、だ。

 諦めるのは簡単で、そうして切り捨てられる誰かが死ぬのを許容できないからこそシルヴィア=スカイローズ公爵令嬢はこうして立ち向かっているのだ。


 貴族とはかくあるべき。

 利権だけを貪り、責務から逃げ出すような腑抜けに成り下がるのはごめんだ。


「一人でも多く救ってみせますわ」


「おっ姉様あ!!」


 どっばあん!! とそれはもう勢いよくシルヴィアの背中に突っ込む影が一つ。


 いきなりの突進に咳き込みながらも、聞き覚えがありすぎる声に姿を見ずとも後ろの少女の正体がわかった。


「タルマさん!?」


「あ、初めて名前を呼んでくれましたねっ。だけど、そこは単に呼び捨てでいいよ。っていうか『さん』とか絶対つけないで。もっと雑に扱わないとダメなんだからねっ!!」


「なぜここにいるんですか!?」


 心臓がうるさい。

 頭が混乱して仕方ない。


 なぜならシルヴィアは公爵令嬢であり、ゆえに責務を果たすために多くの民が逃げる時間を稼ごうとしている。


 だが、タルマは違うではないか。

 希少な魔法が使えるだけの単なる平民。

 ()()()()()()()()()()()()()()()。そういうことにすれば、逃げたって構わなかったはずなのに。


「希少な魔法が使えるからと脅威に立ち向かう必要でも感じましたか? 平民にそのような責務などありません。ですから、せめて貴女は生きて──」


「んー? お姉様なにか勘違いしてない???」


 キョトンとした声音だった。

 シルヴィアを庇うように一歩前に出て、くるりと振り返るタルマ。


「私はお姉様のために行動しているだけだよ。こんなところで私のお姉様を失ってたまるかって話だよねっ!!」


「な、ん」


「というわけで責務だなんだ関係ないからっ。私がやりたいからやる! それ以上も以下もないってね!!」


 だから、と。

 いつものだらしのないそれではなく、どこか優しい笑みを浮かべて、こんな時でもあの真っ直ぐな目でタルマはこう言ったのだ。


「命令してよ、お姉様。一言、命じてくれれば私はなんだってできるんだからさ!!」


「……、何なんですか、貴女は。本当変な人ですね」


「そう? 普通じゃないかな?」


「絶対普通ではありませんから」


 呆れたように返しながらも、シルヴィアの口元は緩んでいた。先程までの弱気に沈んだ心が活気付くのを感じていた。


 今までは苦手だったタルマの真っ直ぐな目に勇気づけられているのを自覚する。


 なんだかんだと、このおちゃらけた少女がそばにいることがシルヴィアにとって──


「タルマ。過去の魔法使いたちが残した脅威、今ここで粉砕してやりますわよ!!」


「りょーかいだよう!!」


 そんなことは不可能だと、わかっていた。

 それでもタルマと一緒ならばもしかしたら、などと考えているのだから不思議なものである。



 ーーー☆ーーー



 結果を言えば一発だった。

 希少な光属性魔法の本領は凄まじく、迫る闇をカケラも残らず吹き飛ばしたのだ。


 あるいは闇の対となる光が何かしら作用したのかもしれないが、それにしたって普段のタルマでは考えられない出力であった。


 学園でも魔法実技は中間程度、なんてレベルではない。首位を独走するシルヴィア=スカイローズ公爵令嬢が足元にも及ばないほどにあの時の光には莫大な力が宿っていたのだ。


『命令してよ、お姉様。一言、命じてくれれば私はなんだってできるんだからさ!!』というタルマの言葉を思い出し、もしかして本当に命じたからあれだけの力を発揮できたのでは? などと考えたシルヴィアはあり得ないと小さく首を横に振っていた。


「そんなわけ、ありませんよね……」


「んー? どうかした、お姉様?」


「何でもありま……いいえ、一つ聞かせてくださいな。『闇』を打ち破ったあの力は何ですか? もしかして今まで本気を隠していたんですか?」


「まっさか、そんなわけないじゃん」


「でしたら」


「お姉様のためだったからだよ。高貴にして高慢。理想そのもののお姉様が命じてくれたんだよ。そんなの限界なんて突破しまくって現実だろうが破滅だろうが運命だろうがぶち壊しちゃうよねっ」


「また、貴女はそうやって……」


「あれ? 信じてない? ひどくないお姉様っ。私真剣に答えたのにっ」


「どこが真剣ですかっ。貴女の言う通りだとするなら、まるで精神論で魔法の出力が増したようではありませんかっ」


「はっはっはっ! お姉様、愛は最強なんだよ?」


「あっ愛って、そんな……っ! ふざけるのも大概にしてくださいなっ!!」


 どことなく頬が熱いのを隠すようにぷいっとそっぽを向くシルヴィア。『ふざけてないのにい』とぶーぶー言っているタルマを無視して、無理矢理にでも話の流れを変えようとする。


「それよりそろそろ謁見の間に到着するのでいつものようにふざけないでくださいね? 流石に王様や国家中枢のお歴々が集まる中でやらかしたら冗談では済まないのですから」


「我先にと逃げ出した腰抜けどもに気を遣えって?」


「お願いですからそのような不敬でしかない台詞は控えてくださいね!? わかりましたか!?」


「はうあっ!! そんなに強く命令されたら従うしかないよねっ」


「……はぁ」


 場所は王城、謁見の間に続く廊下でシルヴィア=スカイローズ公爵令嬢は念入りに釘を刺していた。


 封じられし『闇』を払い、大勢の人間を救ったとしてタルマとシルヴィアには国王への謁見と褒美が与えられることとなったのだ(当初はタルマだけであったが、『お姉様なくして「闇」を破ることはできなかった!!』と熱弁するタルマがお姉様と一緒じゃないと絶対嫌だと強弁したことでシルヴィアも名を連ねることとなったのだ)。


 国王への謁見だというのに普段着で謁見に向かおうとしていたタルマをシルヴィアが無理矢理純白のドレスに着替えさせていた。……『プレゼントだやっふう!!』と騒ぐタルマを宥めるのに時間がかかるとは予想していなかったが。


 ちなみにシルヴィアといえば対になるように漆黒のドレス姿であった。……そんな彼女にタルマが『踏んでください!!』と縋りついて一悶着あったりとここまで辿り着くまでが大変であったが、なんだかんだと謁見の間まで到達することができた。



 ──謁見自体は何の捻りもなく、お歴々が並ぶ中、玉座に座す国王が定型文を述べるだけだった。


 タルマは暇そうにぼーっとしていたのだが、国王の『タルマよ、此度の功績を讃えて褒美をやろう。何か望みはあるか?』という言葉にびくっと肩を跳ね上げた。


「望みって、何でもいいの?」


 完全なタメ口に隣のシルヴィアが目を剥くが、『闇』を打ち破り破滅を阻止した『使える者』が相手だからか、国王は特に指摘することなく『もちろんだ』と頷くに留めた。


「だったら、うん。私の望みは一つしかないよね」


 その時、シルヴィアは嫌な予感がした。

『闇』を打ち破り、大勢の人間を救ったとして世間では聖女の再来だと讃えられているタルマではあるが、その本質は決して聖なるなどと冠のつくほど清らかではない。


 止める暇はなかった。

 直後にタルマは胸を張って、王国のお歴々が集まる中、それはもう高らかとこう叫んだのだ。



「お姉様のものになりたいでっす!!!!」



 沈黙しかなかった。

 誰もが呆然とする中、タルマだけが真っ直ぐな目をキラキラさせて満足げにしていた。


 やがて国王は困ったように眉を顰めて、


「お姉様とは?」


「シルヴィア=スカイローズ様のことだよっ」


「そうか……」


 やはり相手が聖女の再来などと讃えられ、『闇』を打ち破るほどの希少魔法の使い手として世間の人気を集めているタルマであるからか、国王としても無下にはできなかったのだろう。


 捻り出すようにこう答えたのだ。


「そ、それではシルヴィア=スカイローズのメイドにでもなれるよう手を回しておこうか? 従者ならば主人のものであるしな」


「本当っ!? やったやったっ!!」


「あ、これでよかったんだ。そっかそっか。……最近の子はよくわからんなあ」


 流石に王命に逆らうわけにはいかない。

 だからぴょんぴょん跳ねて全身で喜びを表すタルマの横でシルヴィアは内心のみで絶叫するしかなかった。


(どうしてそうなるんですかぁーっ!?)



 ーーー☆ーーー



 社交界の華であるシルヴィア=スカイローズ公爵令嬢が聖女の再来との呼び声高いタルマをメイドとして侍らせているという話は瞬く間に広まった。


『闇』にも二人で立ち向かっていたことから様々な憶測──御涙頂戴の感動物語から下衆な勘繰りまで──が囁かれていたが、真実は意外と知られていない。


「おっ姉様あ!!」


 王立魔法学園にてメイド服姿のタルマが毎度のごとく元気いっぱいにこんなことを切り出した。


「はい首輪っ」


「どうしてわたくしに首輪など差し出しているんですか?」


「それはもちろん私はお姉様のものだと証明するためだよっ。さあさ、是非お姉様自身の手で私の首にがっちゃんとつけちゃおうっ!!」


「人間に首輪をつけるなど、どこからそんな発想が出てくるんですか!?」


「定番じゃない?」


「どこの定番ですか!? やめて、首輪を押し付けてこないでくださいっ」


「お姉様あ!! 大好きですっ!!」


「だいすっ、もうっ。でしたらもう少し普通にしてください! そうすればわたくしだって──」


「あ、もちろん首輪にはロープが繋がるようになっているし、イヌミミや尻尾も用意しているからいつでもお散歩いけますからねっ」


「お願いですから少しは人の話を聞いてくださいな!!」


 主従関係とするにはどこかはちゃめちゃで、だけどなんだかんだとこの関係性にシルヴィアは心地良さを覚えているのだから不思議なものである。


 ……絶対に調子に乗るのでタルマには言わないが。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「……最近の子はよくわからんなあ」に、微妙に好感度上昇。 タルマ、なんでここまで性格がねじ曲がってしまったんだろうか……。本人が幸せならいいか。シルヴィア困ってるし、ほどほどにね?
[良い点] あはははははははは! すごい! ありがとうございました! ありがとうございました! これは最初から最後までクレイジーでした。 タルマさんはこんなにオープンでエキサイティングなマゾヒスト…
[一言] 変態国家日本の遺伝子を感じますね。 本人が全力でワンワンしてるので判別がつきませんが。 正しく誇り高きお嬢様と、愛に全力のヒロインの婦妻漫才が楽しそうですね。 どちらも世間からズレてそうな…
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