Bパート
晴子姉さんの良心削ぎ取り自己中化計画がはじまって2日。さっそく禁断症状が現れはじめていた。
その日の晩のことである。3人で晩御飯を食べているとシャノワが悪霊の気配を感じだした。
「ねり、駅の方にいる」
「まったくご飯食べてるってのに。しょうがない、行ってくるか」
私が立ち上がると、晴子姉さんが腕を掴んできた。
「わ、私も」
「だーめ。おとなしくしてて」
「……はい」
晴子姉さんはものすごく不満そうに眉を寄せて、歯ぎしりをしはじめた。
それからというもの、晴子姉さんは1時間おきに歯ぎしりをするようになった。
長年一緒に住んでて初めて知る晴子姉さんの悪癖。
さらに日に日に落ち着きがなくなって貧乏ゆすりをしまくったり、空になったペットボトルを握りつぶしたり、ため息が増えたりと、タバコを取り上げられたニコチン中毒者みたいになってしまった。
正直めっちゃ怖いんですけど。いつか八つ当たりでぶん殴ってきそう(そんなことしないとわかっちゃいるが)。
たぶん晴子姉さんにとっての人助けは、潔癖症にとっての部屋の汚れや、心配性にとっての子供のお留守番みたいなものなんだろう。
気になって気になってしょうがないんだ。
「は、晴子姉さん、大丈夫?」
「……いたい」
「はい?」
「戦いたい」
「こわっ」
人を襲う悪霊は放っておけないから戦いたいって意味ですよね?
戦闘狂になったわけじゃないよね?
ドン引きしていると、シャノワがやってきた。
「モモノキ公園に、悪霊でた」
「わ、わかった」
晴子姉さんが心配だけど、いまは悪霊退治が先。
私はロリティングスーツを着装し、近所のモモノキ公園へ飛び出した。
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公園についた直後、私は驚きのあまり目を見開いた。
公園にいた悪霊は1体、でも、かなりデカイのだ。
普通の悪霊が2m程度だとしたら、5mはあるだろう。
どうやら悪霊の標的は公園に来ている家族のようである。
幸せそうな家族にコンプレックスがある悪霊、といったところか。
しかも悪霊の近くには、あの黒い仮面をつけた金髪の子供、アムーニアがいた。
「あんたは!」
「くくくっ、来たわね。今日は容赦しないわよ!!」
「なにが目的なのよ!!」
「いまから倒されるのに聞く意味あるかしら?」
いやあるでしょ。
そっちの要求次第では争わずに折衷案で決着つけられるかもしれないじゃん!!
「しょうがない。まずはあの悪霊をーー」
私がインパクトハンドガンを握ったとき、
「ねりー!」
晴子姉さんとシャノワが走ってきた。
「ちょ、晴子ねーさん!? なんで来たの!!」
「もしものとき私が戦えるようによ! 今日私オフだから!!」
でもいまの晴子姉さんは一般人。もしものことがあったら……。
ふとアムーニアの方を見ると、じっと晴子姉さんに顔を向けていた。
「晴子って、まさか……」
「晴子姉さんを知ってるの?」
「い、いいえ知らないわ! やっちゃいなさい悪霊!!」
巨大な悪霊が標的を私に変え、襲いかかってきた。
私もインパクトハンドガンを構え、弾を連射する。
やはり大きいだけあって、耐久力も通常の悪霊より高い。
これは苦戦しそうだ。
晴子姉さんがもどかしそうに唇を噛んだ。
「あぁねり、1人で傷ついて……。くっ、私が戦えさえすれば……」
悔しそうに跪き、拳を握る。
「戦う力さえあれば!」
そんな晴子姉さんにシャノワが告げた。
「力がほしいか」
「ほしい! 力がほしい!!」
力に溺れて暗黒面に堕ちちゃうやつのセリフじゃん。
シャノワが私をチラリと見やった。
あーもう、まったくしょうがないな。
「今日は特別だよ」
シャノワが手をかざすと、晴子姉さんはいつもの魔法少女姿に変身した。
「戻った……。ふふ、ふふふ、これよ、これが私の求めていた『力』なのよ!! ハーッハッハッハアアアア!!!!」
ダース・晴子姉さんの誕生である。
「いくわよねりぃ!」
「あ、はい」
強力な仲間も参加して、多少時間が掛かったもののどうにか巨大な悪霊を消滅させることができた。
アムーニアが舌打ちをする。
「こうなったら私が直々にぶっ飛ばしてやるわ!!」
かかってこい! と言ってやりたいのだが、
「ふふふ、やるわよ、困っている人を助けまくるわよ!!」
晴子姉さんは抑圧された良心が暴走してしまったようで、とにかく人助けをしまくるために飛び去ってしまった。
「ちょ、晴子ねーさん待って!」
追いかけようとすると、アムーニアが吠えた。
「待てはこっちのセリフよ! 私が戦おうってのに!」
「あんたとの決着は後! また今度ね」
「えぇ……」
適当にあしらって、シャノワを抱きかかえながら晴子姉さんを追いかけた。
公園にポツンと取り残されたアムーニアを見ていると、なんだか可哀想な気持ちになってしまったが、構っている時間がないんだからどうしようもない。
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晴子姉さんの居場所は腕時計に仕込んだGPSのおかげで特定できる。
でも、姉さんはひったくりや必死でトイレを探している老人などを救ってはすぐさま移動してしまうため、なかなか追いつけなかった。
むこうは空を飛べるが、こっちはジャンプしかできないのも原因の1つである。
「ねり、晴子の変身無理やり解除する?」
「バカ言わないで。いま空の上にいたらどうするのよ」
しかし、どうやって晴子姉さんを止めたものか。
知恵を絞れ私! この世で一番晴子姉さんを理解しているのは私のはずでしょ!
「あ、そうだ」
私は適当な場所に着地すると、大声で助けを呼んだ。
困っているふりをすれば、むこうから来てくれるかもしれない。
案の定私の作戦は成功し、晴子姉さんがやってきた。
「ふふふ、助けるわよ。みんな私が助けるわよ!」
「シャノワいまよ! 変身を強制解除して!!」
晴子姉さんの変身が解かれ、通常の服装と髪の色へと戻っていく。
急に力がなくなったことで晴子姉さんは我に帰り、ぺたんとその場に座り込んだ。
「たくさん動いて疲れたわ〜」
私の方が疲れてると思う。
「無理に押さえつけるのはよくなかったみたいだね、晴子姉さん」
「ごめんね〜。なんか久しぶりに変身したら気持ちが高ぶっちゃって」
「まったくも〜。でも他に人助けを我慢できるようにする方法あるかな」
晴子姉さんはしばらく長考すると、立ち上がって頷いた。
「私決めた。これが私なら受け入れるわ」
「いやでもさ、また婚活失敗しちゃうかもよ?」
「ならしばらく婚活は諦める。私にとっては、魔法少女活動の方が大事だもん」
それじゃなにも解決してないんですけども。
「でも無理はしない。もし本当に手が離せないときはねりに任せる。ダメかな?」
うーん。個人的には婚活しなくなるのは、ぶっちゃけ嬉しい。
それに私が心配しすぎて抑制すれば、それもまた晴子姉さんがストレスを溜めてしまうこともわかった。
なら、好きにさせるのがベストなのかな。
「わかったよ。だけど、頼るときはちゃんと私を頼ってね」
「うん! ねりがいてくれると凄く心強いもの」
えへへ。褒められちった。
修行は無駄になってしまったが、より晴子姉さんを知れるいい機会になった。
これからも支えていこう。この狂人でもある善人を。
ちなみに公園に戻ったところ、アムーニアは消えていた。
独りぼっちにされて拗ねて帰っちゃったのかもしれない。
悪いことしちゃったな。めんご。
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アムーニアの部屋。
ウーは床に散らばった本やテスト用紙、ぬいぐるみにため息を漏らしながら、ベッドで怒りに震えているアムーニアを見やった。
「あのヘンテコチビ、私を無視するなんて何様よ……」
「ずいぶん気が立ってるな」
「適当に遊んでやるつもりだったけど、もう容赦しない! さっさと倒して跪かせてやるわ。気に食わないやつのいない、私が世界の頂点の世界を作るために!!」
「ウー。お前の野望もいいけど、俺たちの本来の目的も忘れるなよ」
ねりの血液型はB型です。
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