第29話 会いたい! Aパート
「は、晴子ねーさん」
巨大な悪霊を前に、私はつい助けを求めるように晴子姉さんの名を呼んでしまった。
姉さんは険しい顔つきで大蛇、オロチを見つめている。
オロチの姿は一般人にも見えているようで、終電帰りの人々は悲鳴を上げながら逃げ始めている。
一度、怪獣騒ぎで非日常を経験したことが、これが夢でも映画の撮影でもないと悟らせ迅速な避難を可能にしたのだろう。
ボソッと、オロチが喋った。
「腹が、減った……。力が、足りない……」
8つの首が同時にそう告げると、オロチは咆哮を上げた。
彼の纏う邪気が風船のように膨らむと、それに触れた人々が次々と気を失っていく。
「おぉ、力が漲る! これまでにないほどのパワーを感じる! しかしまだ、完全体には程遠いか」
オロチから漂う禍々しいオーラが、爆発的に増した。
「ど、どうなってるの?」
「生気を吸い取ったんだわ」
じゃあタイプとしては、怪獣になった鉄一郎先生と同じってことか?
だったらどこかに核があるはず。
「エラリー、核を探して」
「見つけられません。悪霊の反応が強すぎて、特定が困難です」
「仕方ない、とにかく攻撃よ」
ふと亜夢二亜を見やると、紅蓮菜との別れに打ちひしがれ、必死に涙を堪えていた。
無理もない。しかし、非情だが泣いている暇はない。
「亜夢二亜、とにかく戦いましょう。紅蓮菜の仇討ちよ」
亜夢二亜は腕で涙を拭い、頷いた。
一方、晴子姉さんは、生まれてはじめて、私の前で唇を震わせていた。
「ねーさん?」
「ねり……亜夢二亜ちゃん……絶対に前に出ないでね」
「え?」
晴子姉さんは深呼吸をすると、オロチに突っ込んだ。
「てりゃあああああ!!」
ステッキから生やした魔力の剣で首を切り落とす。
すると、切断された首の断面から、また新たな首が生えてきた。
私と亜夢二亜も加勢し、各々インパクトハンドガンや、ビームを発射する。
すべて直撃し、オロチの胴体に穴を開けたのだが、瞬く間に修復されていった。
柔い、でも回復能力が高いのか。
8つの首が晴子姉さんを睨んだ。
「魔法少女……我を封印した忌々しい存在。長き時を経て尚、まだ生きていたのか」
「私は、あなたなんて知りません」
おそらく、大昔に魔法少女をやっていた人物が、オロチを封印したのだろう。
「ふん、ならば思い出させてやる。真の恐怖を!!」
再度、オロチの邪気が膨らんだ。
しかも先程よりも範囲が広い。街1つ軽く飲み込んでいるだろう。
すなわちそれは、この街に住む人間の生気が一瞬にして吸われたということ。
さらにオロチは、集めた生気を邪悪なエネルギー弾に変換し、
「死ねい!」
稲妻の如き轟音を響かせながら姉さんに撃ち放った。
「ねーさん逃げて!」
回避が間に合わず、姉さんは全力のビームを撃って相殺を図った。
善と悪のエネルギーが衝突すると、その衝撃波が周囲の建物の窓ガラスを粉砕した。
晴子姉さんと同等のパワーを持っているなんて。
私が息を呑んだ瞬間、拮抗していた力関係が崩壊した。
オロチの弾がビームを押し切り、晴子姉さんを彼方までふっ飛ばしたのだ。
「そんな! ねーさん!」
亜夢二亜がオロチにビームを連射する。
「よくも晴子先生を!!」
エラリーに確認したところ、晴子姉さんは1km先でコンクリートの上に横たわっているらしい。
まさかあの晴子姉さんがパワー負けするなんて……。
「ちっ!」
HMMミサイルを発射し、オロチ全体にダメージを与える。
続けて神経凝縮モードと、インパクトハンドガンのソードモードにて、超高速の動きで8つ首を断首していった。
しかし、
「無駄なこと……」
首が再生され、さらに1個の首が私に頭突きをしてきた。
「ぐえっ!」
衝撃で体がビルに叩きつけられそうになった私を、亜夢二亜がキャッチする。
「サンキュ!」
「やばいよねり、どうやってあいつを倒せばいいの?」
「それがわかったらとっくにやってるつーの」
なにか策はないか。必死に思考を巡らしていると、オロチが笑った。
「子供のおもちゃを使っているやつがいると思えば、本当に子供だったとはな」
「おもちゃですって!?」
「キサマ、魔法少女ではないな」
「だったらなによ!」
「子供如きが我に歯向かうとは、面白い冗談だ」
「なっ! こいつ! あんたが何を企んでるか知らないけど、私たちが止めるわ!」
「ククク、愚かな。企みなどない。我はただ、己の内に溢れる破壊衝動に従うだけだ!」
断言の直後、8つの首はそれぞれビームを放ち、辺りの建物を破壊し始めた。
暴れたいから暴れる。壊したいから壊す。実に悪霊らしい自己中心的な行動理由。
こんなやつの好き勝手にはさせておけない。なんとかして倒さなくては。
そのとき、遠くで怯んでいた晴子姉さんが高速で戻ってきた。
「まだまだあ!!」
晴子姉さんはビームや剣、スワッターを駆使し連撃を加えていく。
最強の魔法少女が懸命に攻撃しているというのに、オロチにはまるで通用していない。
姉さんを上回るパワーを持ちながら、損傷してもすぐに再生する回復能力まで有している。
これでまだ完全体じゃないって、絶望しかないんですけど。
あまりにも強すぎる。もしかしたら本当に、惨敗するかもしれない。
「よくもまあ、昔の魔法少女様はよくもまあこんなやつを封印できたものね」
オロチの首が、私を見つめて舌なめずりをした。
「腹が減った……お前の瑞々しい生気、いただいてやろう」
「え?」
オロチの邪気が一点に集中されていく。
「ねり、逃げて!」
放たれた邪気を浴びたとき、私の意識は一瞬にして途絶えた。




