Bパート
天才といえど睡魔には勝てない。
できれば毎日8時間は寝たいものである。
てなわけで23時にはベッドに潜り、深い眠りに入っていたにも関わらず、シャノワに叩き起こされた。
「ん〜、なによ〜」
「悪霊」
「え〜」
「晴子はもう行った」
「わかったわよまったく」
寝ぼけ眼でロリティングスーツを着装し、窓から夜の街に繰り出した。
「エラリー、GPSで晴子姉さんの居場所を捜して」
「かしこまりました」
晴子姉さんがいるのは駅前広場。
この街、平板町で最も栄えている場所だ。
辿り着いたとき、私は不自然な現象に眉をひそめた。
ステッキを握り、じっと上を見つめている晴子姉さん。その視線の先で、紅蓮菜が空に浮かんでいた。
何もせず、なのに警戒が解けないほど禍々しい邪気を放っている。
「ねーさん、あいつだけ?」
「うん。話しかけても無視されて、ずっとあぁしているの」
「はあ?」
遅れて亜夢二亜が合流してきた。
「ねり、紅蓮菜はなにしているの?」
「さあ? 瞑想?」
紅蓮菜が私達を見下ろした。
「来たか」
「今度は何を企んでるわけ?」
「亜夢二亜、私と戦え」
決闘の申し入れに、亜夢二亜は驚きで目を見開いた。
「今度は逃げない。正真正銘、どちらかが滅びるまで」
「どうして、そんなこと……」
「戦わないなら、街を破壊する。私が勝っても、皆殺しにする」
そんなことさせるわけがない、と叫ぼうとしたが、晴子姉さんに阻止された。
「待ってねり、あの子、いつもと違うわ」
「どこが?」
「上手く言えないけど、まるで最後の授業に挑む教師のような……」
まったく伝わってこない。
亜夢二亜を見やれば、悲しげに視線を落とした後、紅蓮菜がいる高さまで上昇した。
「どうしても戦わなきゃダメなの? 私は紅蓮菜と……もっと仲良くなりたかったのに」
「生きていた頃なら、喜んで友人になっただろう。だがいまの私は悪霊なのだ。人として過ごすわけにはいかない」
「なんで!? 関係ないじゃん!」
「ただ何も生産せず永遠の時を歩むのは耐えられない。悪霊になったのなら、悪霊として何かを成したい」
アイデンティティの問題、なのだろうか。
彼女は憎しみの集合体。憎悪を晴らすために存在し、行動してきた。さんざん、悪に尽くしてきた。
それをいまさら辞めるのは、自ら存在理由を、居場所を捨てるということ。
仮に亜夢二亜と友達になったとして、そんなぬるま湯に浸かって、無責任にこれまでの自分をなかったことにするのは、彼女のプライドが許さないのかもしれない。
「私の恨みからはじまったこと、恨みを抱いたまま終わらせたい。どちらに転ぼうがな」
「紅蓮菜……」
「お喋りは終わりだ亜夢二亜。私が死ぬか、私に殺されるか。お前の未来はそれだけだ!」
紅蓮菜が氷弾を放った。
それをバリアで防いだ亜夢二亜だが、追撃の飛び蹴りが顔面に当たる。
「い、嫌……戦いたくない」
「戦え亜夢二亜!」
紅蓮菜が腕に氷を纏わせる。
先が刃状になった、氷の刃である。
「お願いだ亜夢二亜、戦ってくれ! それが私の望みなのだ!!」
刃を振り下ろそうとした瞬間、亜夢二亜が放ったビームによって紅蓮菜は吹っ飛んだ。
目に涙を浮かべた亜夢二亜が、ギュッとステッキを握り直した。
「紅蓮菜……」
体勢を立て直した紅蓮菜が、ニヤリと笑った。
かつての仲間で、敵同士となった2人の決戦が始まった。
「ねーさん、私たちは……」
「見守りましょう。あの子たちの世界に、私たちは踏み入れないわ」
と言いつつ、晴子姉さんは心配そうな眼差しで亜夢二亜を見つめていた。
それもそうだろう。亜夢二亜は弱い。まだドレスが青色だった晴子姉さんより劣る。
普通の悪霊相手なら苦戦はしなくても、相手は紅蓮菜。おそらく、これまで戦ってきたどんな悪霊より強い。
「どうした亜夢二亜、防いでばっかだな」
「くっ!」
紅蓮菜の猛攻に亜夢二亜はなかなか反撃の糸口が見つけられず、防御に徹している。
「こうなったら……」
亜夢二亜が展開したシールドに、紅蓮菜が氷の刃を打ち付けた。
瞬間、亜夢二亜がステッキを振ると、シールドが前方へ飛んだ。
突然接近したシールドに直撃し、紅蓮菜が仰け反る。
「紅蓮菜!」
さらに亜夢二亜はステッキから魔力の剣を生やすと、紅蓮菜の胸を切り裂いた。
「ぐっ!」
やった! この一撃は大きい!
「ぐ、紅蓮菜大丈夫!?」
「ふっ、敵を心配するなど、どれほどバカなのだ」
「だって!」
「さあ、まだ終わっていないぞ亜夢二亜!!」
紅蓮菜が再度氷弾を撃とうとした瞬間、
「あぁ、終わってもらっては困る!」
ウーがその場に現れた。
紅蓮菜が呼んだ? とも思えない。驚いている彼女の顔を見るに、紅蓮菜すら予期していなかったようだ。
「ウー、なにしにきた!」
「お前の言う通り、オロチ様を完全復活させるのは難しい。だったらせめて、完全ではなくても呼び戻す! そのための生贄となれ紅蓮菜あああ!!」
ウーが6体の悪霊を召喚すると、その中心に黒い玉が現れた。
玉はブラックホールのように悪霊たちを吸い込むと、ぐんぐんと大きくなっていく。
やがてウーも取り込まれたが、紅蓮菜は必死に吸引に抗っていた。
「くそっ、ウーのやつ! うわ!」
玉に吸い込まれる紅蓮菜の腕を、亜夢二亜が掴んだ。
「紅蓮菜!」
が、玉の吸引力は凄まじく、亜夢二亜ごと取り込もうとして止まらない。
「なんかマズい。ねーさん!」
「うん!」
私たちも加わり、紅蓮菜を引っ張るが、吸い込む力はどんどん強くなっていく。
このままでは、私たちまで!
と、
「亜夢二亜」
慈愛に満ちた声で、紅蓮菜が告げた。
「お前は、人として幸せになれよ」
その言葉を最後に、紅蓮菜は私たちの腕を振りほどき、玉に吸い込まれていった。
「紅蓮菜!!」
8体の悪霊を吸収した玉はいっそう巨大化し、形を変え、8つの首を持つ大蛇へと変化した。
紅蓮菜や、怪獣になった鉄一郎先生が纏っていたオーラより、遥かに禍々しい邪気。
ウーが復活を目指した最凶の悪霊が、私たちの眼前に姿を現した。




