第28話 オロチ復活 Aパート
紅蓮菜の家。
2階にある彼女の部屋は、酷く殺風景だった。
あるのは学習机と、ベッド、タンス、そして一台のノートパソコンのみ。
女子高生が使っているとは思えない部屋は、生前の頃からまったく変わっていない。
「今日は満月か」
紅蓮菜は窓から夜空を見上げ、そう呟いた。
それからベッドに横たわり、昼間の出来事を思い返す。
自分を殺した男が生きていた。
しかもその際の動揺を、亜夢二亜たちに見られてしまった。
自分の弱い部分を晒してしまった。
「クソッ! つくづく不愉快な男だ」
紅蓮菜は悪霊で、まるで生きているかのように人と触れ合い、物事を思考し、行動できている。
だが、死んでいるのだ。彼女は死後、一切年を取らないし、彼女が纏う悪霊の邪気は、無意識に人に恐怖心を与える。
永遠に止まった時のなかで、紅蓮菜は彷徨い続けているのだ。
誰かが家に入ってくる気配がした。
律儀に玄関からということは、ウーではない。人間である。
肝試しに来たのか? 苛立ちを覚えながら無視していると、やがて侵入者は階段を上がり、部屋の扉を開けた。
「あ、こ、ここにいたんだ……」
「亜夢二亜?」
亜夢二亜が部屋の明かりを付けようとするが、照明は光らない。電気が止まっているのだ。
「何しに来た」
「も、もしかしたらここにいると思って」
「だから、何しに来たんだ」
亜夢二亜は恐る恐る紅蓮菜に近づくと、勇気を振り絞って告げた。
「紅蓮菜と、話がしたい。もしかしたら、落ち込んでいるかもしれない、と思って」
「元気付けると? ふん、手懐けたいわけか」
「違うよ! ただ……紅蓮菜も私みたいにコンプレックスがあるなら、お話すればそれも解消されて」
「仲間になると期待しているわけか。小賢しい。1人で来たようだが、もしウーがいたらどうするつもりだったんだ? あいつはそうとうお前を憎んでいるぞ。裏切り者の石田亜夢二亜」
「あ! 確かに言われてみれば……」
亜夢二亜の愚策に思わず笑みが溢れる。
この様子では誰かの入れ知恵ではなく単独での判断らしい。
「相変わらず頭が悪いな」
「わ、悪かったわね!」
亜夢二亜はわざとらしく咳き込むと、再度告げた。
「教えてよ、紅蓮菜のこと。私は頭が悪いけど、力になれるかも」
「適当な慰めで変わるほど、私は甘くはない」
「じゃあ、どうすれば紅蓮菜の心が晴れるの?」
「そうだな」
今度は紅蓮菜から亜夢二亜に迫ると、彼女の小さな腰に手を回した。
「お前を存分に可愛がれば、少しくらいは」
鋭い眼差しが亜夢二亜を捕らえて離さない。
きっと顔を赤くして拒絶するだろう。そう予想した紅蓮菜だったが、亜夢二亜は覚悟を決めた眼差しで、紅蓮菜の腕を掴んだ。
「それで、紅蓮菜が癒やされるなら」
「……」
本能的に、紅蓮菜は亜夢二亜を突き飛ばした。
こんな形で亜夢二亜を抱いても面白くはない。
「本当にバカだなお前は。出ていけ」
「紅蓮菜!」
「出てけ!」
亜夢二亜は躊躇いつつも、これ以上は無駄だと察し、ドアノブに手をかけた。
「1つだけ教えて。どうして紅蓮菜は、私を気に入ってくれたの?」
「お前は私と真逆だが、少しだけ似ている。それだけだ」
「そっか。……ずっと人に嫌われてばかりだったから、嬉しかったよ」
亜夢二亜が退室し、玄関から出ていくのを窓から見送ると、紅蓮菜はベッドに腰掛けた。
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生前の紅蓮菜は、完璧であった。
顔立ちもスタイルが良く、自慢の髪はいつだって美しかった。
勉学にも優れ、運動も得意で、何事にも物怖じせず、器用にこなしてみせていた。
ただ短所があるとすれば、人間関係が散々であること。
まず、心許せる友がいなかった。
こんな性格である。我が強すぎて人を寄せ付けず、衝突ばかりを繰り返した。
親しくしてくれるものはいたが、表面的な薄っぺらい友情でしかない。
そして親とも仲が悪かった。
父は愚かで、しょっちゅう人に騙されては時間と金を無駄にしてきた男である。
この家だって、勧められて無理に購入したものだ。
そんな父のせいで、母はうつ病を患った。紅蓮菜が話しかけると、決まってヒステリックを起こしていた。
それでも、紅蓮菜は世界に絶望などしていなかった。
自分には才能があるから。どれだけ今が最悪でも、大人になって社会に出れば、必ず成功できる自信があったのだ。
どんな職種だろうが関係ない。だって何でもできるから。
誰にも言っていなかったが、実はこっそり漫画を書いて賞に投稿し、絶賛されたこともある。
漫画家になるつもりはなかったので、それっきりだったが。
とにかく、紅蓮菜は未来に希望を抱いていたのである。
それが、忌々しい父親に奪われた。
仲が悪くてもずっと気がかりだった母も、殺されたのだ。
閉じた人生に残されたのは、絶望のみ。
どうしてこんな目に遭わなくてはならないんだ。どうしてしょうもない人間たちは笑顔で生きているんだ。
それが、紅蓮菜が世界を絶望に染める原因となった理由である。
「しょせんは八つ当たり。だけど、いまでは……」
エラリーの暴走が止められ、彼女は悟った。
魔法少女たちがいる限り、悪事を働くのは無謀だと。
半ば、諦めているのだ。
冷静に分析すればわかる、武力では勝てない。
策を練っても潰される。
じゃあこれからどうすればいい。悪霊として、何をすればいい。
どうすれば、自分は報われて、成仏できるのだ。
「亜夢二亜……」
無性に寂しくなって、枕を抱きしめた。
そして悩みに悩みに抜いた末に紅蓮菜は、
「世界は、私が終わらせる」
枕を引きちぎり、覚悟を決めた。




