Bパート
「お前……なぜ生きているんだ……」
珍しく、紅蓮菜の声が震えていた。
まるで戦争の凄惨な光景をはじめて目にした子供のように、困惑と、恐れとが入り混じった表情で、父親を見つめている。
「すまない。俺だけが、こんな形で生きながらえてしまって……」
父親は申し訳無さそうに涙を流しだす。
ところで悪霊は?
とっくに晴子姉さんが倒してました。
「まさか紅蓮菜まで生きていたなんて……。でも、どうしてここに?」
「ふざけるな……」
「え?」
「ふざけるな! 生きながらえただと!? お前のエゴで私と母さんは死んだのだから、お前も後を追って自殺するべきだろ!!」
「紅蓮菜?」
「命が惜しくなったんだろ!」
「ちがっ! 俺もそうしたかった。でも、何故だかできなくて」
「それが命惜しさというのだ!」
紅蓮菜が父親に手をかざした。
「死ねえええ!」
放たれた氷球を、亜夢二亜がステッキで弾く。
「やめて紅蓮菜! お父さんなんでしょう!?」
「退け! 関係ないやつが関わるな! 不快だ!」
「魔法少女は人を守るものよ!」
「そんな人非人の犯罪者すら守ると? バカの一つ覚えじゃあるまいに」
一旦話を整理するが、要は一家心中は父の独断であった。
しかし妻と娘だけが亡くなって、本人は生き残った。
もちろん心中を図るなど犯罪なので、彼はこうして刑務所にいる。と言ったところか。
紅蓮菜は怒りで顔を歪ませ、父親を指差した。
「こいつはな、バカで融通が効かず、おまけに無駄に楽観的で、散々私たち家族を振り回した挙げ句に勝手に絶望して死を選んだんだ。こんなやつ、生かしておいてはいけない! 神すら生存を許さない!! お前なら分かるだろ亜夢二亜!!」
「だけど!」
「もういい! 殺す、そいつは殺されなければやがて己の罪さえ忘れる! そういう男だ!」
父親は娘からの憎悪、そして犯した罪に打ちのめされ、唇を震えさせて膝から崩れ落ちた。
「俺は、俺は……」
「お前は死ぬ! お前が生み出した悪霊の手によって!」
紅蓮菜が父親へ突っ込むと、晴子姉さんが立ちふさがってバリアを張る。
「させないわ!」
「させろ!」
しかし紅蓮菜がバリアに激突する寸前、
「紅蓮菜あ!」
父親はゴリラの悪霊が割った窓ガラスの破片を手にし、自らの腹部を突き刺した。
滴る血がグラウンドを濡らす。
「これで、許してくれ……」
突然の異常事態に、その場にいた全員の動きが止まった。
最初に動き出したのは、晴子姉さん。父親に駆け寄り、「大丈夫ですか」と声をかけた。
「刑務官さん! 早くお医者さんに!」
超常現象の連続で呆けていた刑務官が、ハッと我に返って医者を呼びに行く。
私も冷静さを取り戻し、インパクトハンドガンを父親に向けた。
追い打ちをかけるのではない、私が開発した止血弾を発射するのだ。
特殊な止血ジェルが入った弾が発射と同時に破裂。ジェルが負傷した箇所に触れると一時的に傷口を塞ぎ、尚且消毒もしてくれるのだ。
一般人が戦闘に巻き込まれたときを想定して作っておいたものである。
いくらこの男が人殺しであろうと、黙って見殺しになどできない。
一方、紅蓮菜は父親の行動が理解できず、動揺したまま硬直していた。
彼女の言う通り、生への執着心が強いのなら、こんな自殺行為はしないはずである。
「くっ、そのまま、死んでしまえ」
それだけ言い残し、紅蓮菜は逃げるように去っていった。
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その後、父親はどうにか一命を取り留めた。
だが、もしこの情報が紅蓮菜の手に渡れば、彼女は今度こそ命を奪いかねない。
いよいよ、あいつとの決着をつけるときが来たのかもしれない。




